球団別ストッパー20年史 +

大阪近鉄バファローズ

‐0か100かのチームカラー‐

*斜体はリーグトップ

最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1984年 鈴木康二朗 46 18 5 4 78 1/3 26 3.10
2セーブで二名
前年に移籍してきた鈴木康が二年続けての抑え。35歳のベテランが、難しい役回りを落ち着いてこなした。チーム成績は奮わなかったが、チームの総セーブ数はリーグトップ。
1985年 鈴木康二朗 47 12 5 2 57 28 3.00
石本貴昭 70 7 19 3 131 1/3 80 3.56
鈴木康が三年続けてチームトップ、二年連続リーグトップ。しかしこの年凄まじかったのは次点のサウスポー石本。すべて救援で19勝というとんでもない成績を残し、セーブ数が少ないのに最優秀救援を獲得。衰えつつある先発陣までカバーする活躍を見せた。
1986年 石本貴昭 64 32 8 3 117 89 3.38
谷宏明 33 2 5 3 82 1/3 43 4.04
前年の神がかりから、当然抑えは石本。今度はストッパーとして獅子奮迅の働きで、二年続けてのタイトル獲得。リーグ2位のアニマルでさえ19セーブ、近鉄のチーム勝利が66勝ということを考えれば、いかに石本が頼られていたかわかる。
1987年 石本貴昭 50 7 3 6 80 2/3 73 3.24
1セーブで三名
三年目に来て、石本の勢いが急激に翳った。この年で三年連続リーグトップの登板数。あまりの負担に疲労は限界だった。チームは石本と心中し、最下位低迷。投手陣の再編成が急務となった。
1988年 吉井理人 50 24 10 2 80 1/3 44 2.69
石本貴昭 32 2 3 3 54 2/3 25 3.79
仰木監督となり、チームは新時代を迎えた。衰えいく石本に代わって、新星・吉井が急台頭。チームが激しく優勝を争う中、時代を代表するストッパーへ成長していく。いまや伝説となった「10.19」の年。チーム全体が大きく変貌を遂げた。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1989年 吉井理人 47 20 5 5 84 1/3 44 2.99
佐藤秀明 47 4 7 3 81 2/3 34 3.64
前年の雪辱を果たしチームは優勝。吉井が引き続き抑えとして君臨した。タイトルこそ井上にさらわれたものの、存在感では上を行っていた。佐藤は左のリリーフとして活躍。
1990年 吉井理人 45 15 8 9 74 1/3 55 3.39
1セーブで四名
抑え吉井で三年目。しかし勤続疲労からかその力に翳りも見え始めていた。成績を見ても9敗を喫し不安定。しかしその中で二年目の赤堀がプロ入り初セーブを記録。次代の芽はすでに登場していた。
1991年 赤堀元之 26 9 1 3 53 1/3 38 3.54
加藤哲郎 21 4 6 0 37 2/3 24 3.11
吉井が精彩を欠き、ストッパーは若い赤堀に。赤堀は良く投げたが、シーズン中に骨折でリタイアするアクシデントでセーブ数は伸びなかった。しかし入来や加藤哲など持てる戦力を駆使し、しぶとく穴埋め。
1992年 赤堀元之 50 22 11 4 130 88 1.80
清川栄治 36 5 2 2 44 49 3.07
前年に悔しい思いもした赤堀が八面六臂の大活躍。勝ちゲームとなれば絶対の安定感を見せ、最後は先発完封なども記録して最優秀防御率のおまけつき。広島から移籍のベテラン清川もさすがの投球を再三見せた。
1993年 赤堀元之 46 26 6 6 82 2/3 60 1.52
佐野重樹 43 3 2 3 76 2/3 44 2.00
この年から鈴木監督就任、チームの空気がギクシャクし始めたが、赤堀はまさに絶頂期。二年続けて1点台の防御率で当然のタイトル獲得。かつての守護神吉井が先発で復活、新旧抑えのリレーという姿も見られた。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1994年 赤堀元之 45 24 9 4 94 73 1.82
佐野重樹 47 2 8 4 93 1/3 51 3.47
赤堀の時代は続く。三年連続のタイトル獲得はリーグをまたいだ江夏以来、同一リーグではプロ野球史上初の記録。防御率も依然1点台で、その存在感は今から見ても色褪せない。佐野も月間MVPを獲得するなど活躍。
1995年 赤堀元之 28 13 1 8 52 49 3.29
佐野重樹 44 6 10 4 79 2/3 55 3.50
顔ぶれは変わっていないが、内容はがらりと変わった。ここまで圧倒的だった赤堀も疲労から内容が不安定で、つなぎ役の佐野に任せるシーンが増えてきた。野茂退団のドタバタ劇から最下位低迷。セーブ機会も少なかった。
1996年 赤堀元之 44 21 9 4 73 1/3 67 2.09
佐野重樹 57 7 5 3 97 2/3 75 2.95
先発志願もなかなか叶えられない赤堀、前年の不振を払拭し華麗に復活を遂げた。成本と分け合いタイトル奪回。佐野もタフに投げ続け、佐野‐赤堀ラインは四年連続で機能した。過去これほど長続きした継投パターンもまずない。
1997年 赤堀元之 57 23 10 7 97 1/3 100 3.05
大塚晶文 52 7 4 5 82 2/3 127 2.07
赤堀はこれで7年連続チーム最多セーブ。その間5度のタイトルに輝き、これは現在でも佐々木と並んでプロ野球記録。しかしこの年は前半なかなか調子が出ず、内容はやや悪くなった。新人大塚が勢いある投球を見せ、待望の後継者誕生を予感させた。
1998年 大塚晶文 49 35 3 2 55 1/3 74 2.11
盛田幸妃 32 1 5 1 34 19 2.91
若い大塚の登場で赤堀は念願の先発へ。大役を任された大塚は、しかし期待以上の働きを見せた。驚異的な三振奪取率で相手をねじ伏せ30セーブ越え。35セーブはリーグ新記録(当時)。チームは苦しんだが抑えのスター誕生のシーズンとなった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1999年 カルロス・バルデス 48 8 3 3 57 2/3 35 4.84
香田勲男 55 8 5 4 99 2/3 67 2.44
万全の大塚が開幕前に故障、当座の穴は新外国人のバルデスで埋めることとなった。このバルデス、球速は圧倒的で序盤は良かった。しかしすぐに欠点をさらけ出し全く長続きしなかった。孤軍奮闘したのがベテランの香田。
2000年 大塚晶文 39 24 1 3 41 2/3 49 2.38
1セーブで二名
前年低迷した大塚が復活。しかし弱体化した先発陣が炎上しチームは最下位に低迷。セーブ機会は少なく、宝の持ち腐れ状態に近いものがあった。大塚は相変わらず高い奪三振率。
2001年 大塚晶文 48 26 2 5 56 82 4.02
岡本晃 61 8 4 4 102 1/3 73 2.73
打線大爆発で優勝したシーズン、しかし大塚は前半非常に苦しんだ。その負担を軽くしたのが岡本。先発から滑り落ちてのリリーフだったが、見事に再生。大塚もじき復調し、ダブルストッパーが形成された。
2002年 大塚晶文 41 22 2 1 42 1/3 54 1.28
岡本晃 65 18 7 2 69 1/3 41 1.82
大塚と岡本の二人で40セーブ。両者とも防御率1点台と圧巻。大塚は開幕で遅れたが巻き返し。岡本は大塚不在の穴を良く補った。近鉄の完投数は9とリーグ最少。勝っている試合にはほとんどどちらかの姿が見られた。
2003年 村祐 39 9 6 4 80 1/3 65 4.15
吉田豊彦 60 8 3 3 58 66 2.33
大塚がメジャー挑戦を謳って退団。当然代役になると見られた岡本が信じられない不調に陥り、抑え不在のままシーズン突入。様々な投手をテストしたが定着しきれず、村も波が激しすぎた。ベテラン吉田が若返った投球で安定したのが救いだった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2004年 福盛和男 43 10 2 5 48 2/3 27 5.18
ヘクター・カラスコ 53 5 8 8 76 70 5.57
合併騒動で揺れた「近鉄」としてのラストイヤー。新外国人のカラスコは豪腕で期待されたが思わぬ被弾癖で春先に失格。福盛が代役をこなしたが、決め球に欠けるタイプで絶対とは言えず、またベテラン吉田にも前年の安定感がなかった。

赤堀を始めとして、吉井や大塚、石本といった錚々たる名前が並ぶ歴史もこの年限りで終焉。前年のリリーフ主力は新球団楽天に引き継がれることに。定着すれば日本を代表するストッパーが産まれる極端な土壌も継承されるかどうか。

通算セーブ BEST5
1 赤堀元之 139
2 大塚晶文 120
3 吉井理人 61
4 石本貴昭 48
5 鈴木康二朗 44
2004−04−29
追加更新 2005−08−02

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