球団別ストッパー20年史 +

オリックスバファローズ(ブルーウェーブ、阪急ブレーブス)

‐伝統的に弱体リリーフ、仰木監督時代が例外‐

*斜体はリーグトップ

最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1984年 山沖之彦 48 15 11 8 131 2/3 121 4.10
佐藤義則 33 1 17 6 210 1/3 136 3.51
過去二年抑えを務めた佐藤が調子いまいちと見るや、開幕直後にすばやく配置転換。佐藤は先発に廻って自己最多の17勝でリーグトップの奪三振。そして三年目の若き山沖がリリーフに専念してタイトル獲得。投手陣の質の高さを感じさせる。
1985年 山沖之彦 38 6 7 14 139 2/3 61 4.83
谷良治 25 5 0 1 48 2/3 30 6.84
山沖が最後のセーブを記録したのが6月の末。谷の5セーブ目も6月のはじめ。7月以降シーズン後半はもう完全にストッパー不在で、勝つときは大概先発完投。山沖が先発に廻ると、最後までリリーフの足並みは揃わなかった。
1986年 アニマル・レスリー 42 19 5 3 51 1/3 39 2.63
1セーブで二名
抑え不在に球団の手当ては早かった。新外国人のアニマルは闘志を前面に出す強烈なキャラクターで人気を博し、「強いけど地味」といった印象のチームに新風を吹き込んだ。また谷がリリーフで7勝を上げるなど、完投しなければ勝てなかった前年とはがらっと変わった。
1987年 アニマル・レスリー 18 5 2 2 17 2/3 19 4.08
3セーブで二名
アニマルは二年続かなかった。調子が上がらず、夏場に痛い逆転を食らうとそのまま姿を消す。全体的にまたリリーフには苦労し、抑え役には移籍の森厚や原田、最後は佐藤で必死にやり繰り。
1988年 山内嘉弘 29 11 4 3 47 2/3 31 2.27
伊藤敦規 20 1 1 4 49 28 5.69
アニマルの後任は候補もなし。新人の伊藤が7月後半に上げたセーブがチームにとっても初セーブと徹底的な抑え不在。しかし同じく新人の山内がフォークを武器に台頭。8月以降に11セーブで窮地を救った。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1989年 山内嘉弘 39 12 4 1 58 1/3 35 3.24
酒井勉 36 9 9 7 154 2/3 118 3.61
二年続けて抑えは山内。ブルーサンダー打線の破壊力で首位街道をひた走ったオリックス元年だったが、夏場から急失速。山内も前年ほどの信頼感がなく、新人の酒井が先発にリリーフにフル回転。
1990年 伊藤隆偉 48 6 1 3 82 78 4.72
酒井勉 31 5 6 5 105 1/3 80 4.10
チームは常に優勝争いに加わるも、どうしても抑えが固まらない。山内はこの年ほとんど二軍暮らし。酒井も前年の勢いがなく、伊藤隆にシュルジーにとめまぐるしく変わるストッパー。ここの弱さがオリックスのアキレス腱でもあった。
1991年 佐藤義則 28 8 3 8 70 1/3 62 4.22
ドン・シュルジー 24 7 3 2 36 2/3 24 4.66
起用法の一貫していなかったシュルジーを抑えにしてみたものの、内容は不安定。リリーフ失敗の副産物で決勝ホームランを放つという珍記録のおまけつき。途中からはベテランの佐藤が83年以来の抑えに廻った。
1992年 伊藤隆偉 29 6 2 4 57 1/3 54 2.98
野村貴仁 27 5 1 2 46 1/3 35 2.53
佐藤がシーズン中に先発に戻り、また抑えは不在。移籍の川畑も一時期使われたが、一番安定していたのは伊藤隆。そして新人の野村が勢いのある投球で注目を浴び、そろそろ「リリーフ日照り」にも出口が見えてきた。
1993年 伊藤隆偉 33 16 1 3 50 2/3 50 2.31
野村貴仁 36 8 3 3 70 2/3 83 1.53
地味ながらもリリーフで働き続けた伊藤隆はこの年が絶頂。土井監督はあまりリリーフを重視しない監督で、起用法がやや半端だったためセーブ数は伸びなかったが、ストッパーとして「暫定」とは決していえない成績を残した。野村も圧倒的な数字。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1994年 渡辺伸彦 37 11 3 2 64 1/3 55 1.96
野村貴仁 29 6 3 4 47 2/3 58 4.34
イチロー元年、つまり仰木監督元年。イチローのヒット量産で沸き立つ影で、ぱっとしないリリーフでも仰木マジックは炸裂していた。阪神時代は敗戦処理ばかりだった渡辺が11セーブで大化け。終盤には大事な場面で新人平井を投入する冒険も。
1995年 平井正史 53 27 15 5 85 1/3 82 2.32
鈴木平 50 3 2 4 59 53 1.83
「がんばろう神戸」で見事優勝。二年目の豪腕平井がリーグ記録となる42セーブポイントで獅子奮迅の働き。チームとしては山沖以来11年ぶりのリリーフタイトル。ヤクルトでは芽の出なかった鈴木平も素質開花し、野村とともにこれまでリリーフの弱かったチームのイメージを一新した。
1996年 鈴木平 55 19 7 2 74 58 2.43
平井正史 34 6 5 3 50 1/3 50 2.50
この年のチーム救援勝利はリーグトップ。まさにリリーフでもぎ取った優勝だった。平井の調子がいまいちでも、こだわりを持たずスパッと軸に鈴木平を据える切り替えの速さ。野村も非常に好調だった。
1997年 小林宏 53 15 7 3 81 47 2.56
鈴木平 42 6 3 5 47 29 3.83
平井が低迷期に入り、鈴木平もひじの故障で精彩を欠く。それでも人材は尽きず、95年の日本シリーズで名を馳せた小林がシーズンでは初めてリリーフに専念。これに野村を加えたリリーフ陣は依然強力。ただ登板過多の弊害も若干見え始めていた。
1998年 木田優夫 36 16 4 7 97 1/3 74 4.62
ウィン(エドウィン・ハタド) 49 7 8 5 113 73 3.74
陰りの見えてきた野村と引き換えに巨人から木田を獲得。その木田が初セーブを上げたのは8月に入ってから。当初は小林が抑えだったが前年と打って変わって不安定で、後半投手陣再編成でようやく調子を上げた。木田はわずか3ヶ月足らずで16セーブ。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1999年 小倉恒 48 11 5 2 103 2/3 84 2.17
ウィン 34 4 4 2 63 44 2.29
木田はわずか一年でチームを去ってアメリカへ。新外国人ウィリーは期待はずれで鈴木平にも既に往時の切れがなく、ウィンも制球がいまいち。そんな中台頭したのがヤクルトから移籍して三年目の小倉。後半はリリーフで孤軍奮闘し主力投手にのし上がった。
2000年 小倉恒 48 10 9 5 105 2/3 72 2.98
カルロス・プリード 42 4 7 4 104 1/3 80 5.26
優勝から四年が経過し、徐々に戦力後退が浮き彫りに。オリックスとしては初、阪急時代以来12年ぶりのBクラスのシーズン。この年も抑えは小倉、そしてテスト入団のカルロスが予想以上に働いてくれたが、救援陣の層はすっかり薄くなった。復帰の木田も全く機能せず。
2001年 大久保勝信 53 14 7 5 94 93 2.68
具臺晟 51 10 7 9 126 1/3 143 4.06
メジャーに去ったイチローに代わる目玉として韓国代表のストッパー具を獲得。しかしこの具、三振は取り捲るが制球が不安定でちっとも安定しない。終盤には抑えを諦めて先発に廻った。しかしその穴を見事に埋めたのが新人の大久保。完成度の高い投球で新人王に輝いた。
2002年 大久保勝信 28 10 1 5 27 1/3 30 3.95
萩原淳 48 10 3 4 64 2/3 55 2.64
石毛監督就任も、加速するチーム力低下に歯止めはかからない。39年ぶりという最下位低迷。抑えにもアクシデントが続出し、大久保は夏場にヘルニアで離脱、その穴を埋めた豪腕山口もすぐに肩を痛め、最後は野手から転向した変り種の本格派萩原が何とか形をつくった。
2003年 加藤大輔 43 9 4 4 69 2/3 75 5.17
小倉恒 51 7 4 13 125 1/3 104 4.52
6点近いチーム防御率では抑えもまともに機能するはずもない。大久保・山口はいずれも復帰できず、起用法すら一貫しない。新人の加藤にしてもベテランの小倉にしても、先発をしたかと思えばリリーフとめまぐるしい。チームの迷走がくっきりと浮き出ている。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2004年 山口和男 40 17 3 3 42 2/3 43 3.80
1セーブで二名
西武から伊原監督を迎えたものの、チームは三年連続最下位とどん底。大久保は復帰できず加藤も故障で、頼るはこれも故障から復帰の山口。ただチーム状態もあって勝ちゲーム限定とはいかず、山口自身もやや波が激しかった。
2005年 大久保勝信 39 22 2 2 39 1/3 40 1.60
山口和男 16 3 0 0 16 9 6.19
近鉄と合併し、チーム編成が大きく変わったシーズン。山口は大不振に陥ったが、大久保・加藤が故障から復活、移籍の菊地原の活躍で強力リリーフ陣が誕生した。大久保はセーブ失敗なしの安定感で君臨。先発が弱いこともあり、細かい継投策が目立ったシーズン。
2006年 大久保勝信 36 15 0 3 34 2/3 35 4.67
加藤大輔 61 4 1 6 61 41 3.10
二年続けて大久保が抑えも、前年とは程遠い不安定な内容。さらに夏場にはまた故障でリタイアし、それ以降は確固たる抑え不在。チーム全体のセーブ数は12球団最少で、オールスター以降はわずか6。リリーフ陣全体も、前年ほどの冴えを見せられなかった。
2007年 加藤大輔 63 26 3 4 73 71 2.59
ランス・カーター 34 6 3 5 86 1/3 50 4.48
開幕時は新外国人カーターでスタートも、球威が平凡投球も不安定とあって、5月には配置転換。以降抑えとなった加藤は、しかし本命とも言える存在だった。95年平井に次ぐ数字となる26セーブを挙げる活躍を見せた。
2008年 加藤大輔 63 33 2 5 63 65 3.29
清水章夫 34 1 4 2 24 14 4.88
2年続けて加藤が守護神。順調に数字を積み上げ、球団初の30セーブ突破、初のセーブ王に輝いた。チームからの救援タイトルは95年平井以来13年ぶりの快挙。通算セーブでも一気に球団歴代トップに。加藤以外のセーブは清水が一度だけ。完全に不動の存在だった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2009年 加藤大輔 48 13 4 4 51 2/3 53 5.23
金子千尋 32 4 11 8 171 2/3 165 2.57
前年タイトルの加藤がこの年は不振。同時に先発陣も大いに乱れ、チームは下位を低迷。加藤の状態は上がらず、終盤には先発勝ち頭の金子を配置転換するも、あまり意味のない転向で最下位に転落。投手陣全体が振るわなかった。
2010年 岸田護 57 12 6 5 104 2/3 96 3.27
ジョナサン・レスター 35 10 2 2 37 2/3 33 4.78
加藤は不振から抜け出せず、2年目のレスターは開幕直後こそ良かったものの長続きせず。それでも再編成の結果、先発から廻った岸田が後半は完全に定着を果たした。また低迷していた平野がセットアッパーに廻って復活し鉄壁の投球。

12球団で最もストッパーに恵まれていなかったチーム。近年の活躍で加藤が歴代トップに立ったが、ここ2年不振。外国人もいまいちはまらず、なかなか長期間安定する人が現れてくれない印象。

通算セーブ BEST5
1 加藤大輔 87
2 大久保勝信 63
3 佐藤義則 48
4 山口高志 44
5 山田久志 43
2004−05−30
追加更新 2005−08−02
追加更新 2006−02−01
追加更新 2007−03−18
追加更新 2008−03−23
追加更新 2009−04−01
追加更新 2010−04−11
追加更新 2011−04−17

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