球団別ストッパー20年史 +

広島カープ

‐伝説の投手・精神的支柱‐

*斜体はリーグトップ

最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1984年 小林誠二 55 9 11 4 130 2/3 112 2.20
2セーブで二名
江夏の薫陶を受けた大野をこの年から先発に廻し、新外国人レーシッチを抑えに。しかしそのレーシッチは制球が悪く不安定。その間隙を付いて台頭したのがこの年西武から戻ってきた小林。横手からのパームを武器に大車輪の活躍で最優秀防御率も獲得。
1985年 小林誠二 45 7 4 5 95 72 3.88
川端順 45 7 11 7 162 1/3 109 2.72
前年大活躍の小林だったが、疲労からか切れがなく不調。実績ある先発陣も不調の中、二年目の川端が先発にリリーフに大車輪。投手陣を懸命に支え、新人王に到達。
1986年 津田恒実 49 22 4 6 69 1/3 81 2.08
2セーブで三名
プロ入り二年で20勝を上げながら故障で二年間くすぶっていた津田を阿南新監督は抑えに指名。炎のストッパーがこのとき誕生した。先発時代はフォークを良く使っていた津田は、抑えに廻るとこれでもかと直球勝負。投球フォームさえ崩れるほどの全力投球で強烈な印象を残した。
1987年 津田恒実 47 18 3 4 65 2/3 60 1.64
川端順 57 2 10 2 130 1/3 80 2.42
いささかも衰えを見せぬ津田が一本柱。さらに抑えの呼吸を会得したようなシーズンだった。二年目以降リリーフとして定着した川端が10勝を上げサポート。左の清川も含め、磐石のリリーフ陣を形成した。
1988年 津田恒実 47 20 5 9 72 1/3 56 3.86
川端順 41 2 4 5 75 1/3 47 3.46
抑え定着三年目の津田だが、この年10度のサヨナラ負けに立ち会うなどさすがに疲れが顕著になってきた。中盤の支え川端も疲労の色が見え、前年ほどの凄みはリリーフ陣に見えなかった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1989年 津田恒実 51 28 12 5 83 75 1.63
紀藤真琴 61 7 4 1 90 2/3 89 2.68
前年不調の津田が華麗に復活。ストッパー四年目にして念願のタイトルも獲得した。依然衰えぬ気合の投球はチームの活性源ともなった。ややマンネリ気味だった救援布陣にも紀藤が台頭。投手王国カープは健在。
1990年 佐々岡真司 44 17 13 11 151 1/3 129 3.15
3セーブで二名
津田が肩、膝の故障でダウン。ベテラン先発陣も精彩を欠く中、ただ一人チームを支えたのがルーキーの佐々岡。17連続セーブポイントという新記録を作り、終盤には先発もこなして13勝。同期の新人たちの活躍目覚しく、これだけの数字を残して新人王になれなかったのは不運としか言いようがない。
1991年 大野豊 37 26 6 2 46 1/3 58 1.17
近藤芳久 29 3 2 3 48 2/3 35 3.14
復活を目指す津田を襲った病魔。二年後に命を奪ったそれは当初「水頭症」と公表され、津田は治療に専念のため引退と発表された。佐々岡はこの年先発で最多勝。代わって抑えになったのはかつてのストッパー、ベテラン大野だった。大野は一気に若返った投球で圧倒的な存在感を見せた。
1992年 大野豊 42 26 5 3 59 77 1.98
望月秀通 41 2 4 5 87 56 3.72
二年続けて大野がリーグトップのセーブ。いずれも高い奪三振率を記録し、防御率も続けて1点台と圧倒的。すでに三十代後半とはとても思えない投球だった。ただ川端に以前の切れがなく、中継ぎ陣はもうひとつ平凡だった。
1993年 大野豊 31 23 3 1 38 46 2.37
2セーブで二名
三年連続で抑えは大野。防御率は徐々に落ちても2点台前半。しかしこの年チームは最下位低迷。登板機会はがたっと減り、せっかくの大野も、特に後半はそこまでもって行けない場面が多かった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1994年 大野豊 42 18 4 2 48 2/3 38 2.40
佐々岡真司 41 6 7 9 130 2/3 93 3.31
三村監督となり、そろそろ投手王国の終焉を迎えつつあった。この年も依然健在の大野は別として、他のベテランは軒並み衰えを見せていた。前年最多敗と苦しんでいた佐々岡がリリーフで復活の手ごたえを掴み、チームは夏場から急上昇。
1995年 佐々岡真司 44 17 7 7 127 110 3.05
井上祐二 52 5 4 3 77 1/3 57 2.68
抑え再転向五年目に突入した大野だったが、鉄腕も四十歳で不調。前半のうちに先発に廻り、ストッパーは再検討せざるを得なくなった。その窮地を救ったのが始め井上、後半は佐々岡。特に井上は90年の先発転向以降ずっと不調に喘いでいたが、この年は久々に力強さを取り戻した。
1996年 佐々岡真司 49 23 5 7 69 71 1.70
1セーブで四名
開幕から佐々岡は抑えで快進撃。最初から抑えに専念というのはこの年がはじめて。前年新人王の山内が先発で不調と見るやリリーフに廻り、救援勝利9勝(通算では11勝)を上げた。ただしチーム勝利の7割が救援勝利。先発陣の弱さは目に付いた。
1997年 佐々岡真司 39 21 5 5 57 2/3 64 2.65
横山竜士 56 1 10 5 93 2/3 104 3.27
即戦力が立て続けで加入しても、ここ一番で頼りになるのはやはり佐々岡。この年も抑えで21セーブ。一方前年まで一軍実績ゼロの横山がリリーフで台頭し、いよいよ投手陣若返りの空気も感じさせた。
1998年 小林幹英 54 18 9 6 81 2/3 105 2.87
佐々岡真司 29 6 5 11 121 96 3.79
懸命にチームを支えてきた佐々岡が開幕から不振、前年10勝を上げた横山も精彩を欠く。そんな八方ふさがりの状況を打破したのはドラフト4位ルーキーの小林。真っ向勝負の小気味よさで来る日も投げ続け、ハイレベルの新人王争いにも参戦した。ただ後半は調子を落とし、酷使の反動も不安視された。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1999年 澤崎俊和 25 14 1 2 24 16 6.38
小林幹英 35 10 3 7 66 63 5.86
大方の危惧どおり小林は球が走らず、5月には早くも抑えを再考せざるを得なくなった。代わったのが前年故障で泣いた澤崎。澤崎は当初調子良くセーブを稼いだが、そのうちに捉まる場面も出始め防御率は大幅悪化。先発に戻った佐々岡がノーヒットノーランを記録するなど復活したのとは対照的だった。
2000年 河野昌人 46 9 4 5 63 2/3 49 4.52
山崎慎太郎 25 6 2 2 37 22 5.11
小林は復活ならず、小山田も長続きせず。抑え役は時期によりコロコロ代わらざるを得なかった。しかし河野も安定しているとは言えず、ベテランの紀藤、山崎にしても多くを望むのは酷だった。
2001年 エリック・シュールストロム 22 11 0 1 22 14 3.27
佐々岡真司 32 7 7 10 140 1/3 92 3.59
故障で日本ハムを解雇されていたシュールストロムを獲得。6月末までに11セーブを上げ期待に応えてくれたが、それが最後のセーブ。7月以降は故障で姿を消してしまい、ベテラン佐々岡に頼らざるを得なくなった。しかし終盤に小山田が復帰して5セーブ。翌年に期待を持たせた。
2002年 小山田保裕 44 30 2 1 43 33 2.72
玉木重雄 52 2 6 1 56 2/3 47 3.34
これまで能力の高さは評価されながら、ほんの短い期間しか活躍できなかった小山田がようやく本領発揮。30セーブは球団史上初の快挙。小林も中継ぎで復活を遂げ、いかなる場面でも淡々と投げてきた玉木ともども小山田をサポート。
2003年 永川勝浩 40 25 3 3 41 2/3 50 3.89
佐々岡真司 29 6 8 8 110 1/3 81 4.89
もともと体力に不安のある小山田、好調は二年続かず一転不調に。しかし間髪いれずに新人の永川が定着した。永川は速球と落差の大きいフォークのいかにも抑えらしい投手。ただし不安定な面も強い。後半は年齢的衰えから佐々岡がリリーフに戻ってきた。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2004年 大竹寛 43 17 6 5 82 91 3.18
永川勝浩 22 4 3 4 41 2/3 48 7.99
定着してほしい、という願いもあった永川だったが開幕から不安定を極め早々に失格。困った時の佐々岡もすでに年齢的に一杯一杯。そこに登場したのが三年目の若い大竹。5月の終わりから抑えに定着して、やっと形が整った。ただ大竹につなぐまでが一苦労。
2005年 ジョン・ベイル 51 24 2 1 53 2/3 72 3.19
永川勝浩 57 2 3 5 69 79 3.13
前年先発勝ち頭のベイルを抑えに転向。大竹は先発に廻り、永川をセットアッパーに据える新布陣。ベイルは期待通りの働きを見せたが、チームは最下位低迷。不規則な登板間隔からか、後半はだいぶ調子を落とした。
2006年 永川勝浩 65 27 5 6 70 2/3 86 1.66
ジョン・ベイル 30 6 1 2 43 46 2.93
前年に引き続きベイルでスタートも、5月途中に故障リタイア。セットアップに廻っていた永川がクローザーに返り咲いた。永川は以前よりはるかに高い安定感で見事に一本立ち。ただしセットアップ役は完全に確立し切れなかった。
2007年 永川勝浩 61 31 4 7 61 2/3 74 3.06
なし
2年連続トップの永川が一本柱。球団史上最多の31セーブをマークする一方、粗っぽさもたぶんに残し失敗も多かった。セットアップは梅津を筆頭に複数の投手が務めたが、これもシーズン通して安定とはいかず、継投で落とす試合も少なくなかった。
2008年 永川勝浩 56 38 4 1 61 64 1.77
横山竜士 38 3 5 1 42 34 1.50
不動の存在永川がさらに凄みを増して数字を伸ばしてきた。3年連続トップで、前年自らつくったシーズン記録を大きく更新。開幕に出遅れていなければタイトルに届いていた可能性も。永川以外のセーブはすべてシーズン序盤に記録されたもの。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2009年 永川勝浩 56 36 3 6 56 48 2.73
マイク・シュルツ 73 1 5 3 75 72 2.28
4年連続でクローザーは永川。ただ6敗を喫したように前年ほどの安定感はなく、成績は全体的にダウン。永川以上にリリーフ陣の柱となったのがセットアッパーのシュルツ。73試合に投げて39ホールドを稼ぎ、欠かせない存在となった。
2010年 横山竜士 46 11 3 2 50 48 1.62
マイク・シュルツ 11 7 0 1 10 1/3 8 3.48
故障者続出でリリーフ陣崩壊。永川が戦力にならず、開幕から抑えのシュルツも5月に故障離脱。12球団唯一リリーフ防御率が5点台とボロボロの中、代役となった横山が安定した投球を見せた。しかしその横山さえ夏場に一時離脱と呪われたかのようなシーズン。

なんといっても、すでに伝説となった津田、そして津田のあとを大野、佐々岡がつないできた歴史。いずれもかなりベテランになっても抑えをやっており、そのタフさに感心する一方、その系譜が途絶えた98年以降はやや不安定に。近年は永川の独壇場で歴代トップに立ったが、昨年は壊滅状態。

通算セーブ BEST5
1 永川勝浩 164
2 大野豊 138
3 佐々岡真司 106
4 津田恒実 90
5 江夏豊 55
2004−05−16
追加更新 2005−08−05
追加更新 2006−02−01
追加更新 2007−03−18
追加更新 2008−03−23
追加更新 2009−04−01
追加更新 2010−04−11
追加更新 2011−04−17

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