球団別ストッパー20年史 +

讀賣ジャイアンツ

‐絶対の抑え誕生を阻む「先発重視」の伝統‐

*斜体はリーグトップ

最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1984年 角三男 49 14 3 4 58 2/3 51 3.22
鹿取義隆 48 6 4 3 88 58 2.45
もう何年も変わっていないリリーフの布陣だが、角にかつての勢いはなく、救援失敗も目立つようになっていた。この年満を持して就任した王監督の信頼は鹿取へと傾いていく。
1985年 斎藤雅樹 41 7 12 8 155 124 2.96
角三男 42 5 1 2 42 1/3 40 4.68
先発陣の不調、角の不安定で投手陣の役割分担は完全崩壊した。先発投手の斎藤が最多セーブを記録する異常事態。セーブを記録した投手は7人にのぼり、調子のいい投手を集中的に使う明日なき起用。リーグ最多登板の鹿取ばかりが話題となった。
1986年 ルイス・サンチェ 37 19 4 1 50 1/3 42 2.32
鹿取義隆 59 4 4 3 101 68 2.32
調子の戻らない角に代わって、外国人サンチェをストッパーとして獲得。荒々しい投球で君臨し、この補強は見事に当った。特に前半はチームを勢いづかせた。その一方、鹿取の重用はさらに加速し、この年は100イニング突破。それに応えた鹿取も見事だった。
1987年 鹿取義隆 63 18 7 4 94 2/3 70 1.90
ルイス・サンチェ 39 9 0 3 38 1/3 17 2.82
当然抑えに期待されたサンチェだったが、わずか一年で弱点を暴かれ、一気に信頼を失った。代役を務めたのは「最も安全な」鹿取。この年もリーグ最多登板で18セーブを上げ、優勝にフル回転。
1988年 鹿取義隆 45 17 8 4 64 2/3 40 3.20
斎藤雅樹 38 3 6 3 66 2/3 55 1.89
二年続けて抑えは鹿取だが、過去二年に比べるとやや不調。5年で250試合以上登板の疲れが明らかに出ていた。前年不振に陥った斎藤がリリーフで好投。あまり面子が変わらなかった救援陣に新風を吹き込んだ。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1989年 広田浩章 36 11 8 1 49 2/3 45 2.36
槇原寛己 21 4 12 4 150 2/3 141 1.79
先発に廻った斎藤を軸に、チーム全体で69完投という「抑えいらず」で優勝。暫定ストッパーの広田がリリーフでは唯一の30試合以上登板。鹿取低迷の穴を補った。
1990年 水野雄仁 34 11 2 2 68 2/3 64 1.97
木田優夫 32 7 12 8 182 2/3 182 2.71
完投数は前年を上回り70。抑え不要でぶっちぎりの優勝。かつてチームを支えた鹿取・角はすでに放出、その中でも水野がリリーフに適正を見せ、貢献度は決して低くなかった。木田はリリーフに先発に大車輪。
1991年 水野雄仁 31 3 5 2 50 1/3 30 2.15
2セーブで二名
抑え不在の完投投手陣はこの年不振。そうなるとリリーフ陣の弱さが一気に浮き彫りになる。前年目を見張る速球で活躍した木田の不調が痛く、抑え確立はまた果たせなかった。水野は決して悪くなかったが、抑えとして使われることは少なかった。
1992年 石毛博史 52 16 5 3 88 1/3 123 1.32
広田浩章 30 3 3 2 68 2/3 38 3.01
当初は新外国人ケアリーを抑えにしたものの、これは失敗。しかしケアリーを先発に回す代わりに抑えに据えた石毛がついにチームのストッパー難を解消した。すでに四死球は多かったが、9回換算で12を越える奪三振率、1点台前半の防御率は圧巻。
1993年 石毛博史 48 30 6 5 67 85 2.96
橋本清 52 3 6 4 88 1/3 91 1.83
再び指揮を執った長嶋監督の「勝利の方程式」という言葉がこの年を象徴している。前年から抑えの石毛に加えて「セットアッパー役」に橋本が活躍。石毛はチームとしては角以来12年ぶりにタイトル獲得。だが石毛の投球自体には不安も見え隠れし始めていた。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1994年 石毛博史 45 19 5 4 51 2/3 53 3.14
橋本清 52 3 2 4 67 1/3 69 2.41
二年連続リーグ最多でも数字は約半減。いつまで経っても向上しない制球力に石毛への信頼が微妙に揺らぎ始め、石毛自身もナーバスになり始めていた。
1995年 石毛博史 38 11 4 3 48 2/3 40 4.07
西山一宇 20 7 5 1 33 18 0.55
徐々に数字が落ちていた石毛より先に、橋本が疲労からダウンで勝利の方程式は崩壊。石毛も投げるたびに不安が増大し信頼を失った。後半は入団時から抑えに期待されていた150キロ腕・西山が台頭。石毛と入れ替わる形になった。
1996年 マリオ・ブリトー 39 19 3 2 48 2/3 43 3.33
3セーブで三名
前年に圧倒的な数字を残した西山だが、度胸がないという欠点を早くもさらけ出しリリーフ崩壊。5月に急遽台湾からマリオを獲得。このマリオが「お化け」と形容されたフォークを武器に大活躍したが、じきにこの決め球を見られるようになり1シーズン持たなかった。終盤は川口や河野といったベテランをやり繰り。
1997年 趙成a 22 11 1 2 28 30 2.89
木田優夫 39 7 2 2 49 2/3 53 1.99
マリオは一年で解雇、で長いことくすぶっていた木田を抑えに。しかしじきに木田の起用法が一貫しなくなり、6月には途中入団のデビッドを起用。しかしデビッドも失敗が続くと二軍送り。このドタバタをまとめたのは、7月以降定着した二年目の趙だった。
1998年 槇原寛己 36 18 6 4 81 1/3 77 3.98
4セーブで二名
趙を先発に回したことで抑えはまた不在。日本ハムから金石、オリックスから野村を補強していたが、いずれもかつての力はなく不安定。先発で不調が続いていたベテラン槇原を抑えにすることで何とか苦境をしのいだ。が、槇原も勝負弱い投手で肝心なところで不安定。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1999年 槇原寛己 45 23 4 3 41 1/3 55 2.83
桑田真澄 32 5 8 9 141 2/3 100 4.07
岡島や木村といったところが中継ぎで頑張り、槇原のストッパーも前年に比べるとだいぶ安定した。終盤は槇原と同様かつて強力先発陣を構成した桑田も抑えに。以前からストッパーの声も強かった投手だったが、初めて本格的に取り組んだ。
2000年 槇原寛己 21 9 0 1 19 2/3 20 4.12
岡島秀樹 56 7 5 4 72 1/3 102 3.11
抑え三年目の槇原だが、セーブは稼いでも内容は不安定で、さらにシーズン途中に故障離脱。桑田も安定感には程遠く、移籍の河本にも勢いなし。セットアッパーとして一本立ちした岡島が抑えも兼ねるようになった。
2001年 岡島秀樹 58 25 2 1 62 70 2.76
條辺剛 46 6 7 8 65 48 4.02
槇原はまた戦線離脱で、この年1試合登板で現役引退。前年からの岡島に加えて二年目の條辺を春先からフル回転。條辺は良く頑張ったが夏ごろには疲労が顕著に。岡島も終盤にはばてて、最後は桑田を後ろに回した。
2002年 河原純一 49 28 5 3 50 61 2.70
1セーブで三名
原新監督は開幕前から「ストッパー河原」を公言。故障で素質を発揮できずにいたドラ1右腕が、チームの快進撃の原動力となった。河原の安定で岡島・條辺の役割も固定。河原が夏場以降失速の気配を見せたものの、全体的には好循環で終わった。
2003年 河原純一 23 7 0 3 22 23 9.41
フリオ・サンタナ 25 5 2 1 27 1/3 21 4.94
前年の立役者・河原が崩れてリリーフ陣崩壊。河原は立て続けに痛打を浴びて完全に自信喪失。チームは代役捜しに躍起となったが、途中入団のサンタナも安定感はなく、真田や前田を含めてとっかえひっかえの状態のまま終わった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2004年 久保裕也 35 8 7 6 99 1/3 86 4.08
5セーブで三名
河原の復活に期待をかけたが、02年の輝きは取り戻せず。当てが外れたリリーフ陣は二年続けての大崩壊。最多の久保も先発13回と行ったり来たり。岡島もシコースキーも抑えに据えると不安定で、最後は木佐貫を配置したが定着までには至らず。
2005年 林昌範 54 18 2 2 67 67 1.61
久保裕也 64 7 7 4 78 2/3 67 3.43
大きな期待を寄せた新外国人のミセリだったが、出れば打たれるとんだ大失敗。すべてに誤算だらけでチームは下位に低迷したが、林が抑えで一本立ちを果たし、リリーフ専念の久保も後半は安定。崩壊続きだったリリーフ陣には光明も見えた。
2006年 高橋尚成 35 15 2 6 62 51 4.94
豊田清 38 13 1 4 38 46 3.32
西武からFAで豊田を獲得したが、全盛期の力は発揮できず。故障もあってシーズン途中に離脱し、またも抑えは白紙となった。後半は左腕の高橋尚を据えたが、安定感はなく代役の域を出なかった。
2007年 上原浩治 55 32 4 3 62 66 1.74
豊田清 47 4 2 5 48 56 3.38
今度こそと期待された豊田だったが依然復調せず。そこで誕生となったのが、故障で出遅れていた上原のストッパー。やはりさすがの投球で君臨し、チームでは14年ぶりの30セーブ突破、球団新記録をマーク。豊田もセットアップでは復調気配を見せた。
2008年 マーク・クルーン 61 41 1 4 61 91 2.21
山口鉄也 67 2 11 2 73 2/3 69 2.32
横浜からクルーン加入で積年の懸案は解消。開幕から快調に数字を積み上げ、球団史上初、自身初の40セーブを記録。チームとしては93年石毛以来実に15年ぶりの抑えタイトルとなった。次点の山口は越智とともに左右のセットアッパーとして大躍進。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2009年 マーク・クルーン 46 27 1 3 50 57 1.26
越智大祐 66 10 8 3 71 70 3.30
前年に続き抑えはクルーン。故障で離脱が目立ったものの安定した成績を残した。左右のセットアッパーも前年に続き好調で、数年前が嘘のようにリリーフ陣が充実。クルーン離脱時は越智、山口、豊田で穴埋め。
2010年 マーク・クルーン 52 25 4 3 50 2/3 73 4.26
5セーブで二名
移籍から3年連続で抑えのクルーンだが、この年は制球の乱れが目立ち非常に不安定な状態。シーズン通して上向かず、この年限りで退団することに。当初先発に廻った山口がすぐにリリーフに戻り、越智とともに5セーブ。

伝統的に先発重視のチームですが、近年は抑え補強に積極的。他球団で名を挙げた実績者の獲得が相次いでいます。3年の実績で歴代トップタイとなったクルーンですが昨年限りで退団。

通算セーブ BEST5
1 角三男 93
1 マーク・クルーン 93
3 石毛博史 80
4 鹿取義隆 58
5 槙原寛己 56
2004−05−02
追加更新 2005−08−06
追加更新 2006−02−01
追加更新 2007−03−18
追加更新 2008−03−23
追加更新 2009−04−01
追加更新 2010−04−11
追加更新 2011−04−17

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