球団別ストッパー20年史 +

千葉ロッテマリーンズ(オリオンズ)

‐新人投手から変わった流れ‐

*斜体はリーグトップ

最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1984年 西井哲夫 37 8 6 3 43 2/3 20 3.50
梅沢義勝 33 3 1 2 74 2/3 45 4.10
前年抑えで働いたシャーリーがいたが、この年先発に。実績のある梅沢がメインの予定だったが、安定感なく西井中心になっていった。右田や土屋も使ってチームセーブ数はリーグで最も少ない14。
1985年 梅沢義勝 37 6 3 2 58 2/3 47 5.37
5セーブで二名
「サンデー兆治」村田の復活と落合の三冠王でマスコミの注目も集めたシーズン、チームセーブ数も25に増えたが、その要因はトップの梅沢ではなく次点の二人。ルーキー小川の活きの良さと自由契約を拾われた佐藤の老獪さが光った。
1986年 荘勝雄 49 18 11 5 143 130 3.15
土屋正勝 36 2 2 3 41 19 4.61
前年の成績から小川を抑えに想定したが、開幕から調子が上がらず失格に。先発陣の高齢化からリリーフ強化が絶対必要となり、先発の軸になっていた来日二年目の荘を抑えに転向。荘は期待に良く応えて18セーブ。だがその分先発が手薄になってしまった。
1987年 牛島和彦 41 24 2 4 55 2/3 59 1.29
なし
どうしても確立できずにいた抑え投手。二年連続三冠王の落合と引き換えに一流の人材を得た。開幕から抑えに定着した牛島は中日時代以上に安定した成績を残し、自身初のタイトル獲得。リーグで唯一救援タイトルに縁がなかったチームにも福音をもたらした。
1988年 牛島和彦 38 25 1 6 46 1/3 46 4.47
伊良部秀輝 14 1 2 5 39 1/3 21 3.89
前年に続いて抑えは牛島。開幕からしばらくは非常に調子が良かったが、途中から内容悪化。二年連続リーグ最多セーブでも防御率4点台で安定感は見られなかった。9月の末にルーキー伊良部がセーブを上げ、翌年の配置転換につながっていく。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1989年 伊良部秀輝 33 9 2 3 51 50 3.53
平沼定晴 36 4 1 3 65 1/3 41 5.65
牛島を先発に回し抑えは若い伊良部に。牛島は12勝を上げたがチームは開幕から低空飛行で伊良部のセーブは伸びなかった。特に中継ぎ投手が不振で、チーム2位のセーブを上げた平沼もチームトップの登板数の今野も防御率5点台。
1990年 荘勝雄 33 9 5 14 115 68 4.23
3セーブで二名
金田監督復帰となったが、投手編成は開幕から迷走。確固たる抑えを決めず、途中でベテラン村田を使い、最後は外国人枠で開幕二軍だった荘に。しかし4年ぶりの抑えの荘も安定感はなかった。3セーブ二名で光ったのは広島から移籍の白武。
1991年 白武佳久 37 8 1 6 80 1/3 59 4.59
2セーブで二名
「テレビで見れない川崎劇場」もチームは最下位低迷。前年活躍した白武も抑えに固定されると頼りなさを見せ、荘も全盛期の力を取り戻せない。牛島は前年から故障中で伊良部も伸び悩みと糸口が見えない。
1992年 河本育之 40 19 2 4 76 2/3 91 2.58
なし
開幕直後は首位に立つなど好発進。その原動力はルーキー左腕河本の活躍だった。ぐいぐいと押し込むような勢いの投球でチーム待望の抑えに定着。前半は破竹の勢いだったが、しかしオールスター以降は1敗6セーブ止まりと失速。
1993年 河本育之 40 18 6 3 64 58 3.09
伊良部秀輝 32 1 8 7 142 1/3 160 3.10
前年に続き抑えは河本。無難に結果を残したが一年目ほどの勢いは感じられず、またチームも最下位争いでセーブ数は期待ほど伸びなかった。158kmを記録した伊良部は先発で一本立ち。低迷中でも投手陣の陣容は整いつつあった。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1994年 成本年秀 47 19 3 6 85 2/3 98 2.73
河本育之 49 2 6 6 98 1/3 83 4.21
三年目を迎えた河本だったが、疲労は顕著で開幕から乗れない。代わって抑えについたのが二年目の成本。荒れ球の河本とは違い丁寧な投球で台頭。リリーフの形が定まってきた。
1995年 成本年秀 44 21 9 3 63 61 2.00
河本育之 40 10 4 3 49 1/3 65 1.64
バレンタイン旋風で大躍進の年。自信を深めた成本の安定に加え、夏場には河本が復活。他球団が羨む左右のストッパーが誕生した。先発三本柱と抑えがきちっと締まったシーズン。
1996年 成本年秀 45 23 7 6 62 1/3 64 3.32
河本育之 50 10 4 5 64 2/3 76 2.78
バレンタインが去り、チームがごたつき始めても、ダブルストッパーは健在。成本は内容そのものは前年に譲るものの赤堀と並ぶセーブポイントでタイトル到達。この年チームは60勝で二人で33セーブ。
1997年 河本育之 49 25 6 6 73 1/3 69 1.96
2セーブで二名
タイトルホルダーの成本が故障でも、河本一人で充分お釣りが出る。赤堀に勝ち星の差でタイトルはさらわれたが、リーグトップの25セーブ。防御率も1点台で自身最高のシーズンだった。エース二人が抜け低迷するチームとは対照的。
1998年 河本育之 25 9 0 4 26 1/3 22 3.42
藤田宗一 56 7 6 4 66 1/3 54 2.17
成本の故障癒えぬ内に河本も故障。開幕から一月経たずに抑え不在の緊急事態となった。ルーキー藤田が良く投げたが、チーム全体に徐々に負担がかかり悪夢の18連敗を呼び込む。期限ぎりぎりにウォーレンを獲得。河本も夏場に復帰し、何とか体裁は整った。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
1999年 ブライアン・ウォーレン 49 30 1 2 54 1/3 25 1.82
なし
故障以降精彩を欠く河本に代わって、前年来のウォーレンが一枚抑えに。手元で微妙に動く球質と過剰とも言える闘争心でチーム初の30セーブ到達。他に抑えは要らなかった。
2000年 ブライアン・ウォーレン 36 16 3 2 41 1/3 24 4.35
小林雅英 65 14 11 6 109 2/3 72 2.13
不正投球疑惑にウォーレンの気性が爆発。再三の騒動を巻き起こした。前年からセットアッパーを務めていた小林雅を抑えに据えると、ウォーレンは待遇に異議を唱え急失速。しかし成長著しい小林雅は本物だった。
2001年 小林雅英 48 33 0 4 52 47 4.33
なし
12試合連続セーブを記録、6月までは0点台の防御率と前半は圧倒的だった小林雅。夏以降打ち込まれる場面が増え防御率は急降下したが、最終的にもリーグ2位の33セーブ。
2002年 小林雅英 43 37 2 1 43 1/3 41 0.83
ブライアン・シコースキー 47 2 4 6 96 2/3 102 3.44
前年後半に調子を落とし不安視された小林雅だが、更なるレベルアップを見せ付けた。自身の持つ連続試合セーブ記録を17に更新、33試合連続セーブポイントという桁外れの記録を打ち立てた。小林宏との「小林リレー」はチームの顔ともなった。
2003年 小林雅英 44 33 0 2 47 30 2.87
1セーブで二名
もはや球界を代表するストッパーとなった小林雅が依然鉄壁。前年ほどの神がかりではなかったが、それでも絶対の揺るぎない存在として君臨。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2004年 小林雅英 51 20 8 5 57 2/3 50 3.90
薮田安彦 66 2 3 4 77 1/3 71 2.79
もはやチームの顔とも言うべき小林雅だが、四年目は前半立て続けに失敗。持ち直したものの、やや信頼に陰りが見えた。特筆すべきはセットアッパーに回った薮田の好投。オリンピック期間中は代役の抑えも務めた。
2005年 小林雅英 46 29 2 2 45 1/3 33 2.58
薮田安彦 51 2 7 4 55 2/3 54 3.07
31年ぶりの優勝・日本一。抑えの小林雅も、投球内容自体はそれほど安心感のあるものではなかったが、悲願のタイトルにようやく手が届いた。左の藤田・右の薮田の継投パターンも光った。シーズン終盤には小野もリリーフに。
2006年 小林雅英 53 34 6 2 53 2/3 48 2.68
1セーブで三名
小林雅が6年連続トップ。前半は久々に鉄壁の内容で、非常に高い安定感を見せた。しかしオールスター以降急失速してわずか6セーブ。タイトル奪取はならなかった。チームも後半失速して4位転落。前半と後半で全く別の顔を見せたシーズンだった。
2007年 小林雅英 49 27 2 7 47 1/3 35 3.61
薮田安彦 58 4 4 6 62 2/3 45 2.73
7年連続の小林雅、ではあったが調子の波は一層激しくなり、終盤には二軍落ちの一幕も。左の藤田も大乱調で、数年続いていた継投パターンが崩れた年でもあった。そんな中だが薮田はセットアップとしてタイトル獲得。
2008年 荻野忠寛 58 30 5 5 58 2/3 41 2.45
1セーブで三名
実績者が一斉に抜け懸念されたシーズンだったが、2年目荻野が見事な働き。不安定になっていた近年の小林雅よりはるかに高い安定感で30セーブ。セットアッパーも左腕川アがタイトルに輝いた。
最多セーブ 次点 登板数 セーブ 勝利 敗戦 投球回 奪三振 防御率
2009年 ブライアン・シコースキー 55 15 8 5 65 2/3 73 2.19
荻野忠寛 53 9 3 3 49 1/3 39 3.65
前年に引き続き荻野でスタートしたが、前半急激に不安定となり配置転換。のみならずセットアッパーの川アも大不振に陥り、チームは大苦戦。そんな中シコースキーは孤軍奮闘。リリーフ陣を一人で支える活躍を見せた。
2010年 小林宏之 57 29 3 3 61 53 2.21
1セーブで二名
前年活躍のシコースキーをリリースし、不調が続いていた小林宏を抑えに転向。これが功を奏した。軸の小林の他、進境を見せた伊藤とメジャーから復帰の薮田がセットアッパーとして回転。3位からCSを勝ち上がり日本シリーズ制覇へ。

牛島獲得まで非常に苦労し、牛島を先発に回してからも苦労していたチームですが、河本の登場から一気にストッパー王国に。もちろん近年は小林雅一色。荻野が2年目に不振となり、小林宏もFAで退団。長く続いた「小林雅」時代の次はまだ定まりきらず。

通算セーブ BEST5
1 小林雅英 227
2 河本育之 93
3 成本年秀 63
4 牛島和彦 49
4 ブライアン・ウォーレン 49
2004−05−03
追加更新 2005−08−07
追加更新 2006−02−01
追加更新 2007−03−18
追加更新 2008−03−23
追加更新 2009−04−01
追加更新 2010−04−11
追加更新 2011−04−17

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