久保 康友

エース格、調子激動型

右投右打 新人王(05)
関大一高〜松下電器 ロッテ05自由枠〜08、阪神09〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ロッテ 33 1 4 7 0 7 91 104 10 70 33 6 5 50 4.95
09 阪神 26 1 9 8 0 0 151 1/3 140 14 113 50 16 9 63 3.75
10 阪神 29 4 14 5 0 0 202 1/3 183 22 158 45 12 4 73 3.25
11 阪神 20 0 8 8 0 0 109 2/3 108 10 73 36 4 0 46 3.78
通算 7年 171 14 61 52 0 9 944 2/3 947 91 699 233 63 30 406 3.87

10年自己最多の勝ち星を挙げ、阪神のエース格となった先発右腕。波の激しさを解消して大きく飛躍に成功。
高校時代センバツ準優勝の実績を持つも、社会人に進んで一時低迷。しかしそこから盛り返して「松坂世代最後の大物」とも呼ばれた。05年自由枠でロッテ入り。即戦力の期待通り開幕一軍入りを果たすと、初先発で完封勝利。好調だった先発陣に一気に食い込んだ。5月中旬からは7連勝と波に乗り、チームの新人としては55年ぶりという二桁勝利を達成。文句なしの新人王に輝き、強力先発陣の形成に大きな貢献を果たした。
バランスの取れた好投手で、凄みはあまりないがそこそこのスピードに多彩な球種を持ち、幅広く攻められるタイプ。制球力もなかなかあり、またプロでもトップクラスと言われるクイックモーションの使い手。総合的にしたたかさを感じさせる。
デビューから主力となり、2年目の06年も前半は6勝と順調そのもの。ところが後半は一転して全く勝てなくなってしまった。交流戦以降6点台中盤の防御率、8月以降は6連敗と完全に調子を落とし、ここからしばらく信頼しきれない状態が続くことに。07年は後半巻き返してシーズン9勝も、前半の内容がいまいちで防御率は4点台。08年も前半不調が続き、二軍落ちやリリーフ起用も。前年同様後半は盛り返して先発にも復帰したが、シーズン4勝止まりで防御率は5点をやっと切る数字。100イニングにも届かない1年となった。
シーズン中に必ず極端な不調の時期があり、徹底的に乱れる傾向が続いていた。しかし翌09年開幕前に阪神へ移籍すると、ようやくこの不安定さを払拭し始めた。移籍当初はなかなか勝てなかったものの、古巣ロッテとの交流戦で移籍後初勝利を挙げると、6月からは波に乗って5連勝を記録。4年ぶりの二桁勝利にはあと一歩届かなかったが、後半7勝の活躍で存在感を見せた。3点台の防御率はこれも1年目以来。
そして移籍2年目の10年は大きく上昇。開幕からなかなか安定した投球を続け、6月から6連勝をマーク、一つ負けた後また5連勝。やや内容の落ちた夏場も打線の援護に乗せられて勝ち星を重ね、終盤は再び安定感を取り戻した。1年目以来5年ぶり2度目の二桁勝利は自己最多でチームトップの14勝。防御率も自己ベストを記録し、不調や故障で先発の陣容が様変わりする中で、開幕から最後までローテーションを守り続けた。
ただ昨年は以前の出入りの激しい姿が少しぶり返した。5月に3連敗するなど状態もうひとつで、6月に2回持たず降板すると脇腹痛で戦線離脱。7月末に復帰すると、8月は4戦全勝と巻き返しを見せるも、その直後また調子を崩し二軍調整を挟んで4連敗。8勝8敗と勝ち負けイーブンで物足りない結果に終わった。
故障というのもあるが、前年よりイニング数が半減しながら四球は9少ないだけと制球がやや乱れ気味。大崩れする悪癖はもう一度封印したいところ。今季は再び二桁勝利の期待がかかる。10年4勝のヤクルトには昨年も滅法強く、5勝1敗で防御率1点台と完全なカモ。

久保 裕也

リリーフ専念、再台頭型

右投右打
沖学園高〜東海大 巨人03自由枠〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 巨人 6 0 2 0 0 1 17 2/3 17 0 14 4 0 2 4 2.04
09 巨人 7 0 1 0 0 0 27 1/3 24 3 25 10 1 3 10 3.29
10 巨人 79 0 8 1 1 32 91 72 8 96 23 7 5 28 2.77
11 巨人 67 0 4 2 20 21 69 45 1 67 20 1 5 9 1.17
通算 9年 368 2 43 31 36 90 614 1/3 596 68 566 181 32 37 228 3.34

一時低迷の後主力に返り咲きを果たした右腕。長年万能型の投手として起用されてきたが、リリーフ専念で再台頭に成功。
「松坂世代」の一人で、大学時代から多彩な変化球を持つ本格派として知られており、豊作と言われたこの年の大学生投手の中でも評価の高かった一人。自由枠で巨人入りすると、プロでも1年目から前評判通りの幅広さを見せた。同期入団の木佐貫とともに1年目から開幕一軍入り。もっぱら中継ぎでの起用が中心だったが後半には先発もこなし、38試合登板で6勝。万能型の貴重な戦力として存在感を発揮した。
ただデビューから先発もリリーフも器用にこなしたことで、便利屋的起用が多くなった面も。2年目も当初は先発、途中で抑え、その後また先発とめまぐるしく役割が変わった。チーム事情から中途半端な起用が続き、疲労の蓄積から痛打されるシーンも目に付いた。
05年は開幕3戦目に一度先発したが、KOされた上にミセリの大誤算もあって以降はすべてリリーフ。役割が固定されてようやく安定感を発揮した。夏場以降調子を上げ、後半は1点台の防御率。06年もその好調を持続し、8月終了時点で防御率は2点台前半とリリーフで好投を見せた。この時期は主力として活躍。
しかし06年終盤派手な炎上を見せた辺りから急失速。この辺りでまた先発に軸足を移したが、これも裏目に出た。翌07年は4月後半に昇格して先発起用も、勝ち負け交互の内容で定着できず二軍落ち。後半再昇格後も安定感のない投球が続き、出入りの激しいままのシーズンに終わった。ここから一軍が遠くなり、08年は9月に入るまでずっと二軍暮らし。ようやく終盤昇格し先発にリリーフにと投げて2勝、光るところを見せたが、09年は前半の内容が悪くまた長期の二軍暮らし。2年続けて登板数一桁と大きく落ち込むことに。
存在感も薄くなっていたが、リリーフ専念となった10年大きく巻き返しに成功。4年ぶりに開幕一軍入りを果たすとそのまま好投が続き、4月末には5年ぶりのセーブも記録。セットアッパーとして安定した働きを続け、勝ちパターンの一角として回転し続けた。自己最多の79試合登板はリーグトップで、ホールドポイントはリーグ2位。8勝も自己最多と完全復活のシーズンに。
10年奪三振が大幅に増え、球威と切れが格段に向上。昨年も勢いは継続し、開幕からセットアッパーとして活躍。さらに外国人が長続きせず空白状態となっていた抑え役もこなすようになり、オールスター明けからは完全なクローザーとなった。そこでも安定した投球で、7月以降で20セーブをマーク。シーズン失点は一桁に留まり、1点をやっと越える防御率と抜群の好成績を残した。
ここ2年で改めて、先発よりリリーフというのがはっきりした印象。オフに股関節を手術し今季開幕は微妙な情勢だが、抑えとして一本立ちしただけに早い復帰が待たれる。

久保田 智之

剛球リリーフ、タフネス型

右投左右打 最優秀中継ぎ(07,08)
滑川高〜常磐大 阪神03ドラフト5巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 阪神 69 0 6 3 0 31 85 1/3 87 8 75 34 2 8 30 3.16
09 阪神 1 0 0 1 0 0 2 1/3 7 0 3 2 0 0 4 15.43
10 阪神 71 0 6 3 0 28 81 2/3 72 11 68 17 0 6 29 3.20
11 阪神 23 0 1 2 0 6 21 2/3 27 2 26 9 0 3 13 5.40
通算 9年 423 1 41 32 47 116 588 581 54 596 174 12 35 200 3.06

JFKの一角として活躍、チームを支えた剛球右腕。07年日本最多記録のシーズン90試合登板など、非常に登板数が多いタフな投手。
高校時代、捕手からマウンドに上がりいきなりのトルネード投法で甲子園スタンドの度肝を抜いた。大学から投手に専念し同期の小野寺(ヤ)とともに活躍、ドラフト下位指名で阪神入り。投手経験の浅さから完成度の低さを懸念する声もあったが、想像以上の早さで台頭してきた。1年目の後半から一軍に定着すると快投連発。リリーフから先発に廻っても勢いは衰えず、後半苦しくなっていた投手事情を救い、チーム優勝の後半のキーマンと言ってもいい活躍。翌04年は前半こそ先発で結果が出せなかったものの、故障復帰後はリリーフで安定。
野茂ほど背中を見せない、いわば「プチトルネード」投法。武器は150kmをコンスタントに越える速球に加えてスライダーが中心。奪三振が非常に多く、投球スタイルの割に四球は少ない。ただビシッと抑える事は少なく、走者をよく出すハラハラタイプの面も強い。
3年目の05年からは抑えを任され、序盤こそ失敗が多かったが、徐々に調子を上げて完全定着。「JFKトリオ」の一人として大きな話題となった。走者を出しながらもしぶとく抑え、27セーブを挙げて優勝に貢献。翌06年もクローザー役だったが、6月に右手指を骨折し2ヶ月の戦線離脱。これ以降は藤川が抑えに転じ、復帰後久保田はセットアッパー役に。ただ全体的に精彩を欠き、チームにとっても大きな誤算のシーズンとなった。
圧巻は翌07年。開幕からセットアッパーに専念すると、リリーフでフル回転。同点或いはビハインドの状況でも積極的に投入され、オールスター前に早くも50試合到達。これ以降もペースは落ちず、05年に同僚藤川が樹立したシーズン記録を大きく上回る、前人未到のシーズン90試合登板。ホールドも46を数え、もちろん新記録でタイトル獲得。想像を絶するほどタフなシーズンを送った。これだけ投げても安定感は近年では一番高く、最後まで突っ走った。翌年も69試合と数多く登板し、2年連続で中継ぎタイトル獲得。たださすがに前年の反動からか若干不安定で、細かい失点が目立ち防御率は3点台。四球が増加、暴投は自己最多と制球が荒れ気味だった。
すっかりリリーフの顔として定着も、09年はしばらく前からたびたび話題となっていた先発転向に本格的に取り組むことに。ところが皮肉なことに、ありえないほどの登板数を重ねてきた疲労がここで表に出てしまった。キャンプ早々に肩を痛めて離脱し大幅に出遅れ。7月中旬にようやく一軍復帰を果たしたが、先発して3回持たずKOされ、即二軍落ち。以降再昇格なく、この登板がシーズン唯一の一軍登板となってしまった。1年目から主力となっていた投手で、これはもちろん自己ワースト。
故障癒えた10年は再びリリーフ。序盤は非常に好調で過ごしていたものの、5月に入ると6試合で12失点と極端に調子を落とし、一旦二軍落ち。それでも6月後半再昇格以降はセットアッパーとして重要な戦力となり、改めて存在感を示した。1ヶ月の不在期間がありながらチームトップの71試合に投げ、これもチームトップの28ホールド。完全に復活に成功。
ただ以前のように何年もフル回転とはいかなくなってきているか。昨年は序盤から状態が悪く、不安定な投球が続いた。7月後半から二軍で調整するも、一向に調子は上がらず。終盤に再昇格も登板機会なく、結局後半は一軍登板のないまま終わった。
二軍でも防御率5点台というのは寂しい姿。上向かないまま終わってしまったシーズンだった。まだまだ三振を奪う力はあり、今季は主力リリーフとして復調したいところ。このところの乱高下サイクルは気になるところ。

久米 勇紀

速球サイド、頭打ち型

右投右打
桐生一高〜明大 ソフトバンク08ドラフト(大・社)3巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ソフトバンク 40 0 4 1 3 15 36 48 2 20 12 4 3 13 3.25
09 ソフトバンク 18 0 1 0 0 0 19 14 2 13 9 0 0 5 2.37
10 ソフトバンク 4 0 0 0 0 0 3 4 0 1 7 0 0 6 18.00
11 ソフトバンク - - - - - - - - - - - - - - -
通算 4年 62 0 5 1 3 15 58 66 4 34 28 4 3 24 3.72

入団即リリーフで活躍したサイドスロー右腕。故障者多数の投手陣にあって、前半救世主的存在となった。
高校大学ともに一場(ヤ)の3年後輩。高校時代は内野手で、投手転向は大学から。分離ドラフト3巡でプロ入りすると、即戦力として高い評価を受けて開幕一軍入り。開幕戦早速登板し、チームのサヨナラ勝利でプロ初勝利、次の登板でもサヨナラで連勝と幸運なスタートを切った。その勢いのまま前半は大車輪の活躍。馬原も水田も不在という状況から重要な場面で積極的に起用され、ゲーム終盤を支える活躍を見せた。6月終了時で30試合に登板、4勝2セーブに14ホールド、防御率は1点未満と獅子奮迅の働き。
横手から140km台中盤の速球を繰り出す力の投手で、特徴的なのはそのフォーム。大学入学まで内野手だったという経歴を示すように非常に野手投げに近い投げ方で、テイクバックもステップも小さめ。普通の投手とは少しタイミングが違っており、そこから繰り出す伸びのある速球が最大の武器。
大きな存在となった前半だったが、さすがに後半は失速。二軍落ちも経験し、7月以降は10登板、その内7試合で失点と息切れに終わった。2年目の09年は調子を戻し、主にリードされている場面ではあったが好投続き。ところが6月練習中に右手首を骨折するアクシデントで離脱となり、後半を完全に棒に振った。すると10年は無事に登板するも一転ガタガタの内容に。開幕一軍も2試合続けて失点で二軍落ち。5月再昇格も、大差のついた終盤に1イニング投げきれないという内容で、これ以降は最後まで二軍暮らし。わずか4試合の登板、そのうち3試合で失点というさっぱりな結果に終わった。
元来アバウトなタイプではあるが、このところは制球の粗さが強く出てしまっている。昨年はシーズン通して二軍暮らし。下では32試合で防御率1点台前半と好成績を残したが、一軍のリリーフ陣が好調で割り込めないまま終わった。デビューをピークに完全にジリ貧状態となっており、この辺りでその流れを止めないと厳しくなる。要再奮起。

セス・グライシンガー

制球安定、ハイタワー型

右投右打 最多勝(07,08)、ベストナイン(08)
ヤクルト07、巨人08〜11、ロッテ12〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 巨人 31 0 17 9 0 0 206 201 20 167 31 9 3 70 3.06
09 巨人 25 1 13 6 0 0 161 173 11 91 26 5 4 62 3.47
10 巨人 6 0 0 2 0 0 21 1/3 31 5 16 1 1 0 13 5.48
11 巨人 9 0 1 5 0 0 47 2/3 52 2 33 18 2 1 22 4.15
通算 5年 101 4 47 30 0 0 645 642 52 466 107 21 15 233 3.25

2年連続の最多勝など、来日から大活躍を続けた外国人投手。かつてはメジャードラフト1位の長身投手で、06年は韓国で14勝。ヤクルト入りすると安定した投球でチームの大黒柱に。
身長190cmから投げ下ろす投球以上に、最大の持ち味は四球の少ない制球の良さ。9イニング平均で1個台の与四死球率は、07年の規定投球回到達者中リーグトップ、両リーグを合わせても武田勝に次ぐ少なさ。外国人投手はアバウトな制球で自分からリズムを崩すタイプが多いが、明らかに違う存在。やや変則的な腕の使い方からチェンジアップやカーブを操り、見た目にも非常に打ちづらそうなタイプ。
1年目初登板は負け投手となったが、その後3連勝。その時点で開幕から30イニング連続無四球の投球。一つ負けた後、オールスター直前まで7連勝を記録。苦しいチームを支える活躍を見せた。前半で10勝に到達し、最終的に16勝で最多勝に。後半若干内容が落ちて防御率タイトルは逃したが、非常にハイレベルな成績を残しエースとして君臨した。
まさに救世主的存在となり、改めてヤクルトの外国人スカウティングの良さを認識させたが、オフの契約交渉は難航。自由契約となり、08年は巨人へ移籍。そしてここでも期待に違わぬ活躍を見せた。前半は6勝6敗4点台の防御率と冴えない成績だったが、後半急上昇。7月4戦全勝、8月以降7勝と勝ちまくり、最終的に前年を上回る17勝で見事2年連続の最多勝獲得。チームの逆転優勝に大きな貢献を果たした。通年の防御率は3点台だったが、セ・リーグとの対戦では2点台前半。改めて能力の高さを見せ付けた。
2年連続の最多勝は松坂以来。リーグ初となる3年連続の期待もかかった09年だが、序盤は非常に不安定。5月末時点で防御率5点台と前年に続いてスタートが悪かった。それでも6月に立て直すと、7月中旬から9月にかけて6連勝をマーク。最多勝とまではいかずも、13勝で3年連続の二桁勝利達成。ただこの年は被打率がちょっと悪く、走者を出しながらしのぐ投球で防御率は3点台に収めたものの、これまでのような安心感のないシーズンだった。
それでも充分な結果を残し続けていたが、10年肘を痛めた影響から大幅に出遅れ。前半は全く投げられず、実戦登板が7月になってからという状態。わずか1度の二軍登板で8月から一軍復帰したが、やはり見切り発車の感は否めず、再調整を挟んだ6度の先発で5回投げきったのが1度だけ。2敗したのみに終わり、全く戦力にならなかった。
とりあえず残留した昨年だったが、開幕直後のマウンドでは2回で降板し二軍落ち。5月半ばに再昇格して1勝し、しばらくローテーションで廻ったが、4連敗と結果を残せず。後半はほぼ戦力外という状態。2年続けて登板数は一桁に終わった。
故障の影響からか、昨年は別人のように四球が増え、明らかにストライクゾーンで勝負できなくなっていた。すでに36歳と年齢も高く、決め手を失った今の状態では難しい。今季はロッテに移籍となるが、果たしてどれだけいい状態に戻せるか。

アレックス・ジョセフ・グラマン

リリーフ成功、故障急落型

左投左打
西武06〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 西武 55 0 3 3 31 4 57 47 3 42 13 0 2 9 1.42
09 西武 6 0 0 2 3 0 5 6 1 1 2 0 1 3 5.40
10 西武 7 0 0 0 0 0 4 2/3 15 2 2 4 0 1 9 17.36
11 西武 29 0 2 1 1 5 25 1/3 27 0 13 12 1 2 12 4.26
通算 6年 150 1 13 18 52 11 245 1/3 266 25 160 84 6 10 104 3.82

先発から抑えに転向して大成功した外国人左腕。07年途中から転向して守護神に君臨。
先発不足解消を期待されて06年に西武入団。メジャー実績は乏しいが日本ハムも獲得を狙っていた。開幕ローテーション入りの1年目は連勝スタートを切ったが、交流戦では続けて早期KOを食らい二軍調整。再昇格後も一進一退といった印象で上積みは1勝のみ。8月中旬以降は二軍で過ごし、シーズン4勝といまいちの結果に終わった。それでも残留した07年だが、開幕から10試合先発して2勝6敗、5点台の防御率とさっぱり。
ところがここでリリーフに転向するとこれが大いにはまった。先発時はスピードがあまりなく変化球主体の技巧派だったのが、リリーフでは球速大幅アップ。力で押す投球を見せ、7月以降は不調の小野寺に代わってクローザーに定着。実質3ヶ月で17セーブを挙げる活躍を見せた。
とにかく先発の時とリリーフでは投球が全く別物。想像以上にリリーフの適性が高かったようだ。球速が上がったことで長身がより効果的になり、グイグイ攻め込む球威は非常に打ちづらいものとなった。07年自責点の8割が先発時のもので、リリーフでの防御率は2点そこそこ。安定感も非常に高かった。
頭からクローザーの08年はさらに大安定。開幕から5月中旬まで16試合連続無失点、その後も大きく崩れることはなく、シーズン通して安定した働き。タイトルには惜しくも届かなかったが、チームでは豊田以来5年ぶりの30セーブ到達。揺るぎない存在として君臨した。
だが翌09年開幕直後に肩の痛みを訴え離脱。ここから長いトンネルに突入した。5月に復帰したものの、明らかに本調子ではない投球で故障再発。手術のため帰国し、この年はこれ以降実戦登板せず。10年もリハビリが続き、ようやく二軍戦に登板したのは6月になってから。そこから調整を続け、8月末に満を持して一軍復帰。だがいきなり3試合連続失点と投球は全く冴えず、終盤には重要な場面に投入されるも満塁被弾などボロボロ。打者31人に対して2本塁打を含む被安打15、四球4と無残な内容で、全く戦力になれずに終わった。
ひとまず残留し、久々に長期一軍となった昨年だったが、投球は不安定そのもの。夏場二軍調整を挟んで8月後半再昇格も、乱調傾向はあまり変わらず。登板数は増えたが防御率4点台とリリーフとしてはだいぶ不足の結果に終わった。
前年の抑える術の全くない状態からは多少上向いていたものの、好調時から見れば球威はやはり低下し、決め手をなくして四球も多め。信頼できる投球ではなかった。はっきり力を落とし、昨年限りで退団に。

桑原 謙太朗

癖球投手、制球不安型

右投右打
津田学園高〜奈良産大 横浜08ドラフト(大・社)3巡〜10、オリックス11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 30 1 3 6 0 1 76 85 8 52 33 7 2 40 4.74
09 横浜 11 0 0 0 0 0 30 2/3 18 2 17 9 2 0 6 1.76
10 横浜 18 0 1 2 0 1 25 25 4 19 16 4 0 17 6.12
11 オリックス 10 0 0 0 0 0 18 16 3 18 8 3 1 7 3.50
通算 4年 69 1 4 8 0 2 149 2/3 144 17 106 66 16 3 70 4.21

1年目から30試合の登板を果たした右腕。チームの投壊事情もあったが、様々な場面で起用されまずまずのデビューを飾った。
大学4年春に完全試合達成、分離ドラフト3巡指名で横浜入り。140km台後半のスピードボールが手元で動く癖球の持ち主で、それ以上に大きな武器が鋭いスライダー。またフォームも特徴的で、引退した川村に若干近い雰囲気も。
開幕直後に昇格するとしばらくはリリーフ。一度二軍調整を挟んで以降は先発でも投げるようになった。前半はさほど目立たなかったが、7月リリーフでプロ初勝利を挙げると8月には完封勝利を記録。その後は3連敗と安定感には遠かったが、シーズン3勝となかなかのスタートを切った。
シーズン通しての活躍を望まれた2年目は故障の影響から開幕に出遅れ、前半ずっと二軍暮らし。そのため登板数を大幅に減らしてしまった。しかし終盤での一軍登板では光るところを見せ、先発した最後の2試合を合計3失点に抑える好投。勝ち星にはつながらなかったものの印象に残る投球を展開。
だが今度こその期待のあった10年は完全に停滞。序盤こそロングリリーフで4イニング無失点という場面もあったが、全体的に四死球の多さが目立ち、交流戦で四球を連発して二軍落ち。4ヶ月とシーズンの半分以上を二軍で過ごすことになった。終盤再昇格するも先発で4回5失点など結果は残せず。二軍成績も平凡で、パッとしないままの1年に。
オリックスに移籍した昨年は開幕直後に昇格し、目立たないながらリリーフでまずまずの投球。だが一度二軍調整を挟んだ夏場が良くなかった。4イニングのロングリリーフはともかく、続く2試合も立て続けに失点し二軍落ち。後半は一軍登板なく、前年より登板数を減らす結果に終わった。
夏場の失点はことごとく四死球が絡んだもので、またこの多さに泣くことに。停滞が続いている最大の元凶は制球力で、一軍定着を果たすにはこれを改善しないと。そろそろもう一段の成長が欲しい。