鄭凱文 (ジェン・カイウン)

台湾代表、若手型

右投右打
阪神09〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
09 阪神 13 0 1 1 0 0 31 1/3 39 4 18 6 0 1 19 5.46
10 阪神 1 0 0 0 0 0 1 1 0 0 1 0 0 0 0.00
11 阪神 3 0 1 0 0 0 10 2/3 14 1 5 2 1 0 4 3.38
通算 3年 17 0 2 1 0 0 43 54 5 23 9 1 1 23 4.81

台湾から来日の外国人投手。まだ大学在学中に阪神入りし、23歳と非常に若い選手。
中学・高校とその世代の代表入りしていたという逸材で、大学進学後は北京五輪代表入り。在学中の09年春季キャンプで阪神にテスト入団を果たした。そのままWBCにも代表出場。開幕すると4月後半に先発で来日初登板。その後パッとしない投球で一軍と二軍を行ったりきたりだったが、終盤先発登板で好投し来日初勝利を挙げた。1年目は結局13試合に登板。
最速150kmの速球と鋭いスライダーを武器とする投手。まだプロレベルでの経験不足は否めないが、将来性は非常に高い。このあと2年はいずれも一桁登板とほぼ二軍生活が続いているが、やや腕を下げサイドスロー気味となった昨年は7月先発で2年ぶりの勝利を記録。
二軍では1点台の防御率で5勝1セーブの好成績。上でも通用するだけの力は持っており、そろそろ本格的に一軍に食い込みたいところ。外国人枠の制限を受けるのが辛いところではあるが。

ジオ (ジャンカルロ・アルバラード)

変則右腕、先発型

右投右打
広島10〜11、DeNA12〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
10 広島 20 1 8 8 0 0 119 1/3 110 14 97 37 7 4 54 4.07
11 広島 18 0 3 7 0 0 99 1/3 82 5 88 34 7 3 30 2.72
通算 2年 38 1 11 15 0 0 218 2/3 192 19 185 71 14 7 84 3.46

三塁方向に大きく踏み出すフォームが特徴的な外国人投手。先発を期待されて広島入り。
マイナーのキャリアが長い選手で、メジャー経験はなし。過去には独立リーグや台湾でもプレーし、08年には台湾統一の選手としてアジアシリーズで来日登板。第2回のWBCにプエルトリコ代表として出場。
来日すると開幕からローテーション入りしたが、連敗スタート。4月前半に早々に二軍落ちとなってしまった。しかし交流戦中の6月に再昇格するとその後は安定。チーム状態の悪さから勝ち星になかなかつながらなかったが、後半は巡り合わせも良くなり、8月から先発5連勝をマーク。最終的にチームではエース前田健に次ぐ8勝を挙げた。終盤大きく乱れ防御率を悪化させたが、先発要員として戦力に。
三塁方向に体を入れ、右打者の背中側からリリースする変則的なモーション。スピードはそこそこだが芯を外す系統の変化球を交え、球速の割に奪三振も多い。被打率は全般的に低め。
ただ2年目となる昨年はバリントン、サファテが加入し、枠から押し出されるような格好となった。開幕5戦目に先発したあと6月まで二軍。再昇格するも3連敗を喫するなど前半は状態もいまいち。シュルツが二軍となった7月以降はローテーション入りしたが、安定感にはやや欠け3勝止まり。7敗と負け越してシーズンを終えた。
左右とも200打席余りで、対右が被打率1割台に62奪三振に対し、対左は2割台後半で26奪三振。対右に特化したとも言える特徴が昨年の結果にもはっきり表れている。シーズン後戦力外となったが、先発4,5番手として見れば使い勝手の良さそうな存在。年明けて横浜DeNAが獲得発表。先発の薄いチームでローテーション入りを期待される。

塩見 貴洋

先発左腕、切れ味型

左投左打
帝京五高〜八戸大 楽天11ドラフト1位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 楽天 24 4 9 9 0 0 154 2/3 144 14 113 34 2 4 49 2.85
通算 1年

1年目からローテーション定着を果たした即戦力左腕。二桁勝利には届かずも、先発の貴重な存在に。
投手となったのは高校以降。アマチュア時代は腰の不調に悩まされていたが、大学生活後半に急上昇。55イニング連続無失点など抜群の活躍を見せ、ドラフト直前にはノーヒットノーランを記録。ドラフトでは外れ指名ながら2球団が競合し、抽選で楽天入りに。
チームに不足の先発左腕と期待されるも、開幕には出遅れ。しかし二軍で好結果を残し5月に昇格すると、プロ初登板で6回無失点の好投を展開し初勝利をマーク。以降ローテーション入りして投げ続けた。初勝利のあと6月末まで4連敗を喫し前半は苦しむも、夏場に入ると勝ちがついてくるように。3連勝を含め8月以降の後半で6勝をマーク、シーズン9勝で勝敗もイーブンに。規定投球回に到達し、チームでは田中に次ぐ先発として活躍を見せた。
平均で140km前後の速球は表示以上に切れ味を感じさせ、スライダーやフォークといった変化球も実戦的。制球力が高く、3度の完投勝利などゲームのスタミナも充分。全体的に目立つ欠点が少なく、良くまとまった好投手。
前半もう少し援護があれば10勝は可能だった。安定した戦力になりそうで、持病の腰痛が出なければ今季は二桁勝利を期待できる。敢えて課題を言えば左打者に弱く、3割打たれたのが改善ポイントか。

ブライアン・シコースキー

個性派速球投手、タフネス型

右投右打 最多セーブ(10)
ロッテ01途中〜03、巨人04〜05、ヤクルト07途中、ロッテ08〜09、西武10〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ロッテ 54 0 5 1 1 13 48 1/3 42 2 49 10 1 0 12 2.23
09 ロッテ 55 0 8 5 15 15 65 2/3 41 8 73 19 3 2 16 2.19
10 西武 58 0 2 5 33 5 63 50 7 48 19 1 1 18 2.57
11 西武 4 0 0 1 0 0 3 2/3 4 1 3 2 0 0 2 4.91
通算 10年 438 1 37 34 58 54 606 2/3 522 65 598 178 23 15 209 3.10

リリーフで活躍を見せるタフネス右腕。独特のパフォーマンスが非常に楽しい投手で、マウンドに上がれば腕をグルグル全力回転させ、攻守交替時は常にダッシュで往復、その際絶対にファールラインを踏まずに飛び越す。元気があふれかえっている選手。
150kmの速球を誇る投手として01年途中ロッテ入り。ただ球速はあるものの未熟な部分が多く、1年目は1勝で防御率6点台と不満な結果だった。しかし若さと素材の良さを評価されて残留。翌年以降はもっぱらリリーフとなり、自慢の速球を武器にゲーム中盤を支える存在となった。使い減りしないタフさで経験を積むごとに向上。3年目にはかつて失敗した先発もこなし、前半足並みが揃わなかった投手陣を支える活躍。度重なる配置転換で後半は調子を崩したものの、防御率は年々向上。戦力外になったのは意外というよりも不可解だった。
なんといっても魅力は速球。基本的には一本調子の投手で、投球の幅が狭く高めに集まりがちな欠点も持つ。打たれだすと歯止めが利かず、そのため「抑え」となるともう一つ不安が付きまとうが、連投可能である程度長いイニングもこなせる便利な存在。正直にストライクを集めすぎるが、押し返せるだけの球威は持っている。
巨人に移籍すると、リリーフの弱いチーム状況からさらに重要な存在に。04年は防御率を初めて2点台にし5勝5セーブ。翌年もさまざまな場面にフル回転し、自己最多の70試合7勝を記録。この活躍をしてなぜか戦力外となり、一度はウェーバーで楽天獲得となったが、本人が帰国を希望し契約まで至らなかった。しかし07年途中、故障者続出のヤクルト入りで日本球界復帰。来日当初は状態が悪かったが、日程が進むにつれて調子を上げ、8月末で4点台だった防御率も最終的に2点台前半とした。
ヤクルトと再契約はせず、08年は5年ぶりにロッテに復帰。前半はさほどでもなく、オールスター前には故障離脱などもあったが、一軍復帰の8月中旬からシーズン終了まで19試合連続無失点の快投。1ヵ月半で2勝7ホールドを稼ぎ大きな戦力となった。さらに翌年はそれ以上の存在感を発揮。勝ちパターンの投手が揃って不調、冴えないリリーフ陣にあって孤軍奮闘。開幕からの20試合で失点2という好投を続け、6月からは実質抑えに。ここから6ホーマーを浴びるなど頼りなさも出たが、結果自己最多の8勝、ホールドとセーブいずれもチーム最多という大活躍で、崩壊したリリーフ陣を一人で支え続けた。
コンスタントに活躍を続ける貴重な戦力なのだが、どういうわけか整理対象になりやすい。チームを救ったと言ってもいい活躍をしながら、球団からは大幅なダウン提示をされ退団。10年はやはりリリーフに苦しむ西武に移籍。そしてここでも大きな戦力となった。穴となっていたクローザーに開幕から座り、前半だけで20セーブ突破。安定した抑えとして回転を続けた。最後に失敗が続いたものの、33セーブを挙げて来日9年目にして初のタイトル獲得。
当然残留の昨年だったが、東日本大震災の影響で3月に一時帰国。開幕直前に再来日したものの、サヨナラ被弾など本調子とは言えない状態。さらに間もなく肘を故障し再度帰国。手術でシーズン中の復帰は困難とあって、7月下旬にシーズン途中解雇となった。長く働き、同時にチームを転々としてきた投手だが、年齢と故障を考えるとさらなる移籍はちょっと難しいか。

篠田 純平

大型左腕、先発型

左投左打
前橋商高〜日大 広島08ドラフト(大・社)1巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 広島 15 0 3 4 0 0 64 2/3 71 5 41 20 1 0 31 4.31
09 広島 13 1 2 1 0 1 39 2/3 29 3 29 8 0 0 8 1.82
10 広島 34 0 6 6 0 4 108 2/3 119 13 58 44 4 7 54 4.47
11 広島 17 1 5 7 0 0 93 2/3 94 8 49 28 0 5 43 4.13
通算 4年 79 2 16 18 0 5 306 2/3 313 29 177 100 5 12 136 3.99

先発定着を期待される左腕。ただ好不調の波が激しく、ここまでなかなか一軍定着しきれていない。
大学屈指の左腕として、大・社ドラフトでは外れ1巡ながら3球団が競合、抽選の末広島が獲得した。投手陣整備が最重要課題のチームとあって、期待はもちろん即戦力。1年目は5月頭に一軍昇格・即日初登板。2度目の登板は先発で、6回途中1失点でプロ初勝利を挙げた。だがその後は打ち込まれ、6月先発で一死も取れずに降板するとしばらく二軍落ち。前半は期待を裏切ったが、8月中旬に再昇格し以降2勝。後半は防御率3点台とかなり落ち着きを見せた。即戦力というには物足りないが、光るところも見せたスタートとなった。
186cmの長身左腕で、角度のある速球とスライダーが武器。視力が悪くナイターでは辛いということで、後半からは度の入ったサングラスを着用するようになった。
高橋が抜けた09年は開幕からローテーション入りし、2度目の登板でプロ初完封勝利。4月2勝といいスタートを切ったが、ここで肩を痛めるアクシデント。予想以上に回復が遅れ、結局4ヶ月以上の長期離脱となってしまった。故障に泣いたが、それでも9月復帰後はリリーフで9試合に登板し、復調をアピール。
3年目の10年は最初の先発登板でKOされると、そこからしばらくはリリーフに。好調な時期もあったが、5月後半立て続けに派手に失点して二軍落ち。6月末に再昇格すると今度は先発で起用され、連勝してローテーション入り。出入りの激しいところはあったものの先発復帰後は4勝をマーク、自己最多のシーズン6勝を挙げ、投球イニングも初めて100を突破。
だがこの勢いをつなげられず。開幕ローテーション入りの昨年は当初好調も、5月立て続けに早期KOされ二軍落ち。7月再昇格し3勝を上乗せしたが、9月に入るとまた失点がかさみ、さらに故障で離脱。シーズン5勝、防御率は4点台と停滞のシーズンに終わった。
全く相手を寄せ付けない快投を見せたかと思えば、最初から悪く立ち直れないままという試合もあり、どうも安定感に欠ける。昨年故障に泣いた齊藤とともに貴重な先発左腕として期待は大きく、そろそろチームとしても一本立ちをして欲しいところ。5年目となる今季はフルシーズンの一軍を望まれる。

篠原 貴行

リリーフ左腕、故障多発型

左投左打 最優秀勝率(99)
沖学園高〜三菱重工長崎 ダイエー/ソフトバンク98ドラフト2位〜09、横浜10〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ソフトバンク 21 0 0 0 0 7 14 16 0 11 5 0 1 5 3.21
09 ソフトバンク - - - - - - - - - - - - - - -
10 横浜 20 0 2 0 0 2 10 20 2 5 4 1 2 13 11.70
11 横浜 67 0 1 0 0 17 44 37 2 35 12 1 0 9 1.84
通算 14年 446 0 32 16 17 45 446 2/3 386 35 360 146 7 15 159 3.20

リリーフでの実績豊富な左腕投手。かつては切れの良い140km台中盤の速球でグイグイ押し捲る投球スタイルを身上とした。何度か低迷もしぶとく復活。
社会人からダイエー入りした1年目も登板機会は多かったが、さほど目立つ存在ではなかった。しかし2年目の99年に大躍進。伸びのある速球で打者を牛耳り、リリーフのみで14連勝の神がかり。勝率タイトルに輝き、「不敗神話」を築き上げチーム初優勝に大きく貢献した。とにかくこの時期はほぼストレートだけで面白いようにアウトを稼ぎ、奪三振率も非常に高かった。翌年も主力リリーフとして50試合以上登板し9勝。しかし疲労からか切れがやや鈍化。01年先発転向も計ったが、逆に泥沼にはまり、大不振に陥ってしまった。
先発に廻ることで球種を増やそうとしたのだが、これが逆に持ち味を奪うことに。三振奪取率が極端に落ち、もともと制球がまとまっているのが余計に打ちやすい球にしていた。チーム事情とはいえ、やはりこの先発案は無理があった。
02年からは再びリリーフに。この辺りから故障頻発でたびたび離脱するようになったものの、不振からは脱出に成功。スピードは落ちたが変化球でも勝負が出来るようになり、持ち味の切れを取り戻した。03年は後半ストッパーを務めて10セーブ。04,05年とほとんど投げられないシーズンが続くも、06年は再びリリーフの一角に。ショートリリーフ中心の起用でシーズン通して離脱せず、6年ぶりに50試合登板を果たした。貴重な左腕として主力に返り咲き。
ただ度重なる故障からスピードは目に見えて落ち、打者一人二人を何とかかわすという投球が目立ってきた。07年も登板機会は多く4年ぶりのセーブも記録したが、信頼感はもうひとつ。右より左によく打たれ、不満の残る内容だった。そして08年はまた故障発生で、一軍昇格が7月末と大きく出遅れ。後半のみで21試合に投げたが、良くも悪くもないという印象だった。09年も肘の不調に苦しみ、5年ぶりに一軍登板なし。二軍でもわずか2試合の登板に終わり、シーズン後戦力外に。
尾花新監督の横浜に移籍した10年は、前半二軍暮らしで内容もさほど良くなかったものの、夏場に昇格して20試合に登板。ワンポイント要員として起用され、8月には7年ぶりの勝利を記録した。ただたびたび失点して防御率は10点オーバー。終盤は再び二軍に。
年齢的にもそろそろ苦しくなってきたという印象だったが、しかし昨年逆転の大復活。開幕直後に昇格すると短いイニングを着実にこなし、目立たないながら堅実な働き。好調は持続し、7月頭から10月にかけて、約3ヶ月に亘り37試合連続無失点を記録。シーズン67試合登板は99年を越え自己最多更新、防御率も1点台とし、17ホールドを稼ぐ活躍を見せた。
35歳のシーズンでこの復調は予想外だった。どんどん落ち込んでいたスピードがこのところ戻り、昨年は久々に奪三振も多め。過去にもここまでかと思われるシーズンが何度かあったが、そのたびに復活を遂げてきた。切れが維持できるなら経験は非常に豊富な投手で、ショートリリーフとして充分計算できる。

清水 昭信

速球派、荒れ球型

右投右打
三重高〜名城大 中日07ドラフト(大・社)6巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 中日 15 1 2 2 0 2 44 34 2 33 17 5 0 12 2.45
09 中日 8 0 0 1 0 1 4 2/3 3 0 4 6 1 0 2 3.86
10 中日 44 0 1 1 0 8 63 1/3 53 5 56 30 7 7 32 4.55
11 中日 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 5年 67 1 3 4 0 11 112 90 7 93 53 13 7 46 3.70

08年後半先発連勝で注目された右腕。終盤先発にリリーフにと使われ一軍定着の足がかりを得た。
高校卒業時に米パドレスの入団テストに挑み、最終選考まで残るも不合格。ここで一度就職するも、一浪して名城大に進んだ経歴を持つ。そのため浅尾とは同期入団だが、年齢では一つ上。分離ドラフトの6巡指名で中日入り。
1年目は前半故障に苦しみ二軍暮らし。2年目の7月に初昇格しリリーフでしばらく投げていたが、1ヶ月持たずに二軍落ちとここまでは目立つ存在ではなかった。しかし8月末に再昇格すると初先発初勝利、続く登板では完投勝利を挙げ、一躍その名を高めた。その後勝ち星はなかったが、リリーフでなかなかのところを見せて最後まで一軍に留まり続けた。
140km台中盤から150kmの速球とフォークを主な武器とする。速球主体の力の投球をするタイプで球威が魅力。反面制球は粗削りでやや難あり。
前年の活躍から開幕一軍入りの09年だったが、制球難が顔を出し4月中旬に二軍落ち。その後二軍でも四球多発で再浮上できなかった。しかし10年はリリーフに廻って一軍定着。序盤4イニングや5イニングのロングリリーフをこなし、戦力となった。7月には2年ぶりの勝利を挙げ、自己最多の44試合に登板。
ただ四球は依然多めで、そこからの失点から防御率はいまひとつ。そして昨年は一転一軍登板できないまま終わってしまった。投手陣が好調というのもあったが、それ以上に自身が不調。17試合で防御率6点台の二軍成績では割り込みようもなかった。
昨年二軍でも19イニングで11四球と課題の粗さはなかなか解消されない。この制球難を克服できないと、チーム状況を考えればなかなか浮上は難しい。もう一段二段のレベルアップが必要。

清水 直行

先発中軸、隔年型

右投右打
報徳学園高〜日大〜東芝府中〜東芝 ロッテ00ドラフト2位〜09、横浜10〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ロッテ 25 7 13 9 0 0 165 2/3 151 13 108 41 1 4 69 3.75
09 ロッテ 23 2 6 7 0 0 144 2/3 177 14 88 42 1 5 71 4.42
10 横浜 26 1 10 11 0 0 155 203 26 105 39 8 1 93 5.40
11 横浜 7 0 2 4 0 0 37 47 4 20 14 1 1 19 4.62
通算 12年 294 39 105 100 0 0 1677 1/3 1825 186 1154 486 45 46 775 4.16

黒木離脱のロッテ投手陣を救い、エースとなった先発右腕。3年目の02年初の二桁勝利をマークし、以来先発の軸としてコンスタントに活躍。
即戦力投手としてドラフト上位で入団したが、当初の印象は特徴のない選手。1年目から先発で起用されるもわずか3勝と結果を残せず、やや期待外れかと思われた。しかし2年目、シーズン途中から中継ぎに廻ると球速が飛躍的に伸び、MAX150kmまで成長。完全な速球投手として一本立ちした。そしてさらに向上したのが02年。シーズン当初から先発に定着し、同僚ミンチ―以上にチームの苦しい時をたびたび救った。防御率こそもう一つも堂々の14勝。翌03年は前半から抜群の安定感を発揮し、リーグで唯一200イニングを越えて15勝。防御率も向上し、一気にタイトルに手が届きそうな勢いを見せた。
スピードは一時に比べると落ちたが、速球を軸にカットボールとフォークを駆使して攻めるオーソドックスな投手。制球も安定し、球種の多彩なバランスの取れたタイプ。派手さにはやや欠けるが完投能力もあり、故障もなくローテーションを維持する。ただ一発病の気があり、被弾が多めなのが難点。
エースと目されていたが、チーム成績が上向いてくると逆に成績悪化で微妙な印象に。優勝した05年は後半絶不調で、10勝投手6人中最も防御率が悪く二桁敗戦。06年は巻き返して3年ぶりの勝ち越し、エースの意地を見せたが、07年は一気に急落の大不振。開幕から5連敗、その後も冴えない投球が続き、わずか6勝と大誤算のシーズンに。5年続けてきた二桁勝利が途絶え、またも二桁敗戦を喫してしまった。
近年はやや決め手不足の傾向があり、そのためか隔年傾向が顕著になっている。08年は7月以降8勝を上積みし、チームトップタイの13勝。自身も5年ぶりに「11勝の壁」を突破し、6度目の二桁勝利を達成。しかし09年は不安定となり、終盤は1試合おきにKOされる乱調。8年連続規定投球回到達とローテーションは維持したが、6勝と不本意な結果に終わった。
トレードで10年は横浜へ。実績豊富な先発右腕として開幕からローテーション入りし、不調の三浦に替わってほぼ最後まで軸に座り続けた。自身7度目の10勝はチームで唯一の二桁勝利。ただその投球内容はあまりいいものではなかった。6月以降急に派手な炎上を見せるようになり、出入りの激しい状態に。防御率は最終的に5点台半ばまで悪化し、6度目の二桁敗戦。
それでも先発の中心として期待された昨年だったが、故障の連続で散々な結果に。キャンプから順調さを欠き、開幕直後に登板したものの今度は試合中に肩を痛めすぐ離脱。7月に復帰し2勝したものの、8月後半には足の故障で長期離脱。シーズンの大半を棒に振り、登板数一桁、2勝はいずれもプロ生活で最少の数字。
隔年通りなら今季は復活の順番だが、36歳となるベテランで、故障が相次いだのは今後に不安を残す。近5年の防御率は4点台中盤と主戦投手としてはだいぶ物足りないもの。ベテランらしい粘りとしたたかさが求められる。

下柳 剛

老獪野武士、鉄腕型

左投左打 最多勝(05)
瓊浦高〜八幡大中退〜新日鉄君津 ダイエー91ドラフト4位〜95、日本ハム96〜02、阪神03〜11、楽天12〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 阪神 27 1 11 6 0 0 162 1/3 154 9 89 41 9 2 54 2.99
09 阪神 22 1 8 8 0 0 119 1/3 127 10 64 42 8 2 48 3.62
10 阪神 19 0 7 8 0 0 100 110 13 58 33 6 3 48 4.32
11 阪神 6 0 0 2 0 0 28 29 1 18 12 1 1 11 3.54
通算 21年 623 15 129 104 22 0 1953 2/3 1926 194 1414 743 90 57 849 3.91

かつてリリーフ時代に「アイアンホーク」の異名を取ったタフネス左腕。技巧派に転身し、今は先発で息の長い活躍を見せるベテラン投手。
ダイエーに入団当初は球は速いがノーコンという評価で、2年目まではまったく戦力にならなかった。しかし故・根本監督に見出され、93年50試合に登板。先発にリリーフにというこのスパルタ起用によって一本立ちを果たした。翌94年は62試合に投げ11勝をマーク。96年に日本ハムへ移籍後も比類なきタフネスは健在で、97年から3年連続60試合以上登板。これだけ投げてもほとんど故障がなかった。
ただリリーフで鉄壁というところまでは至らず、防御率2点台のシーズンが一度も無いなどムラッ気が強かった。スピードが落ちてきた00年以降技巧派となり、先発に廻るが、9勝を挙げた01年も防御率は5点台。波の激しさが抜けず、02年2勝に終わると翌年は阪神へ。しかし、これが大きな転機となった。
03年は前半かなりの安定感を見せ、9年ぶりの二桁勝利で自身初めての優勝にも大きく貢献。変化球を徹底して低めに集める投球スタイルを確立し、完全に生まれ変わった。04年こそ不安定で7勝止まりだったが、05年はさらに躍進。5〜6回をきっちり抑えて強力リリーフ陣につなげるパターンがはまり、快調に白星量産。最後は5連勝で15勝到達、プロ野球史上最年長での最多勝投手に輝いた。伊東昭光以来2人目の規定投球回未満での最多勝という記録で、これが自身初のタイトルであり、防御率も初の2点台。
これ以降はすっかり先発の軸的存在となり、安定した活躍。連続二桁勝利も防御率が落ち気味だったが、40歳となった08年再浮上。開幕5連勝と序盤非常に好調で、そのまま11勝を挙げ4年連続の二桁勝利達成。防御率は大きく改善して3年ぶりの2点台とした。
若い頃のパワーピッチングはもうすっかり影を潜めたものの、多彩な球種をフル活用する投球スタイルは老獪そのもの。ただ近年はさすがに衰えが見え出した。09年は乱調スタート。5月から4連勝で巻き返したが、その直後から6連敗を喫するなど浮き沈みが激しく、5年ぶりに二桁勝利に届かず。10年もやはり波があり、前年よりさらに防御率悪化。7勝に終わり、阪神移籍後では初めて負け越しのシーズンとなった。
そして昨年は一気に落ち込み。前半6試合に先発したものの、5回投げきったのが最初の3試合だけ。1勝も出来ないまま6月以降は長期二軍で過ごし、そのまま一軍登板なくシーズンを終えた。全く存在感なく、シーズン後には戦力外に。
ボール球を打たせるのが肝の投手だが、球威の低下でかわしきれなくなってきた。現役続行を望み、春季キャンプのテストで楽天入りが決定。久々のパ・リーグでもう一花咲かせられるか。

マイク・シュルツ

長身リリーフ、ハイタワー型

右投右打
広島08〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 広島 55 0 3 4 0 18 53 47 1 43 20 0 2 19 3.23
09 広島 73 0 5 3 1 35 75 57 0 72 22 0 2 19 2.28
10 広島 11 0 0 1 7 1 10 1/3 10 0 8 2 0 1 4 3.48
11 広島 19 0 0 0 0 9 17 22 1 7 11 1 1 2 1.06
通算 4年 158 0 8 8 8 63 155 1/3 136 2 130 55 1 6 44 2.55

201cmの長身から剛球を投げ下ろす超大型投手。外国人特有のステップ幅の小さいフォームで、高い角度から放つ150km超の速球が大きな武器。
メジャーは07年1試合登板しただけの実績も、マイナーのリリーフをこなしてきた投手。広島でもリリーフを予定していたが、右肩を痛めて1年目開幕は出遅れ。5月の交流戦の時期に昇格してきた。最初からいきなり厳しい場面を任され、3度目の登板で来日初勝利。6月から7月にかけて12試合連続無失点の好投を見せて、中継ぎの一角として活躍。この連続無失点が途切れた途端大きく調子を崩したものの、8月以降は立て直し、最終的に50試合以上登板でチーム2位の18ホールドを記録。
これだけでも充分な活躍だが、2年目の09年はさらに圧巻の投球を見せた。開幕3試合目から5月末まで22試合連続無失点、鉄壁のセットアッパーとして君臨。ゲーム終盤を支え続けた。バテからか夏場に乱れる場面があったが、終盤にはしっかり復調。救援勝利の差でタイトルは逃したものの、山口と並んでリーグ最多タイのホールドを記録した。73試合登板はチームトップでリーグ2位タイ。
高いところから降ってくる150km超の剛球は容易に打ち返せない威力を誇る。ストライクゾーンで勝負して押し返せる投手で、一発を食らわないのは非常に大きな魅力。奪三振も多く、リリーフの軸として存在感を発揮。
10年は離脱した永川に替わって抑えとなり、7セーブを記録。だが5月前半腰痛で離脱し、6月ヘルニアの手術。シーズン中にマウンドに戻ることは出来ず、ほぼシーズンを棒に振る形となってしまった。チームにとっても大打撃に。
昨年は戦列復帰し前半リリーフ登板。19試合で1点そこそこの防御率と見た目の数字は良かったが、実際は到底安心できないものだった。被打率は3割超、四球も格段に増え、走者を出さなかったのは1試合だけ。自責にならなかった失点も5あり、交流戦では3年ぶりの被弾も。6月頭に二軍落ちとなると、以降は一軍登板なし。
腰を痛めた影響が見た目にもはっきり表れ、平均で150km前後だったスピードは140km台前半に大幅低下。故障前とは別人のように変わってしまい、抑える術を失ってしまった。この内容では苦しく、シーズン後退団。ここまで状態を落としてしまっては…。