カルロス・トーレス

先発右腕、一軍半型

右投右打
巨人11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 巨人 6 0 1 2 0 0 27 1/3 31 4 19 11 1 2 19 6.26
通算 1年

昨年の巨人の新外国人投手。先発候補だがサブ的な扱いで、谷間を埋める存在として獲得。
メジャー実績は13試合で1勝と乏しく、マイナー中心だった投手。3Aに定着したのは08年以降で、09年は2点台前半の防御率で10勝4敗の好成績を残した。グライシンガー、ゴンザレスの実績者が前年揃って不振に終わったこともあり、先発候補の一人として巨人入り。
無断帰国して制限選手となったバニスターを除外しても、チームに外国人投手が5人という状況で、当初は二軍。ただそこで好投を見せたことでチャンスを掴み、4月後半一軍昇格。3試合先発したがまずまず抑えた最初以外は続けて前半でKOされ、5月上旬からまた二軍暮らしとなった。その後オールスター明けに再昇格し、来日初勝利。続く登板も好投したが、6度目の登板で2回KOされると二軍落ちとなり、以降一軍登板はなかった。
最速は150kmだが、平均は140km台前半というところ。当初四球があまりに多く制球難の印象が強かったが、二軍調整でその点は修正。ただ毎回被安打の多い綱渡り投球で、信頼は置けなかった。二軍ではチームトップタイの7勝も、シーズン後戦力外に。

東野 峻

大型右腕、エース格型

右投右打
鉾田一高 巨人05ドラフト7巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 巨人 28 1 2 0 0 2 54 35 7 53 16 3 3 17 2.83
09 巨人 27 1 8 8 0 0 153 1/3 133 18 133 57 13 6 54 3.17
10 巨人 27 1 13 8 0 0 157 152 11 140 55 9 4 57 3.27
11 巨人 31 2 8 11 2 0 161 141 7 115 55 5 3 62 3.47
通算 7年 114 5 31 27 2 2 526 462 43 441 184 30 16 190 3.25

高卒4年目から急台頭、一気に一軍定着し主力となった若手右腕。ローテーションに食い込み、現在は右のエース格と目される存在に。
身長186cmと恵まれた体格の持ち主。ただ指名順位は下位で、さらに1年目に足を手術、2年目は肩の故障とスタートは非常に苦しかった。しかし06年オフにハワイ・ウインターリーグに派遣されたことを契機に急成長を見せる。07年はファームで27試合に投げて防御率1点台という好成績を残し、一軍初登板も記録。そして翌年本格的に一軍進出。
08年序盤こそ壁に跳ね返されていたが、6月再昇格するとそこからリリーフで好投。徐々に信頼を掴み、優勝争いが白熱した9月初先発で初勝利をマーク。続く先発では完投勝利を飾り、先発2戦2勝の活躍で名を売った。当時93という一際大きい背番号をつけていたように、ほぼ無名に近いところから急台頭を見せ、すっかり一軍戦力に。
150kmに迫る速球に、大きなカーブとスライダーを軸に攻める速球派。特に横滑りするスライダーは威力があり、奪三振の多いタイプ。翌09年は背番号が17と一気に若返り、開幕からローテーション入り。連勝スタートを切るもその後4連敗など、勝ったり負けたりという内容だったが、1年間先発の座を維持し続けた。3点台前半となかなかの防御率で8勝をマークし、主力投手の一人に成長。
そして10年は最初の登板で敗れた後、5月末まで8連勝をマーク。自身初の二桁勝利に前半だけで到達と怒涛の勢いを見せた。8月から5連敗するなど後半ははっきり失速してしまったが、最終的にチームトップの13勝。外国人の誤算でピリッとしなかった先発陣の軸として活躍。短期間で中心投手に成長。
昨年は開幕投手を務め、そこで勝利。だが前年後半の不調を引きずり、4月末から5連敗、一つ勝った後また連敗。パッとしない状態が続くと、7月半ば突如抑え転向。いきなりサヨナラ負けを喫し、1勝2セーブを挙げたところでまた先発に再転向。非常にドタバタした前半となった。先発に戻った当初は3連勝と良かったが、終盤はまた乱調気味となり、通年で8勝止まり。二桁11敗で、かなり物足りない結果に終わった。
シーズン中の強引な配置転換は度外視しても、やはり昨年はやや期待はずれ。3連続被弾を浴びたり、快投一転突如として崩れるなど、どうも印象の悪い投球が目立った。今季はもっと安定感を高めたいところ。阪神戦にはとことん悪く、5戦4敗防御率6点台とかなり苦手とした。

栂野 雅史

長身右腕、一軍半型

右投右打
桐蔭学園高〜新日石 巨人06ドラフト(大・社)3巡〜10途中、楽天10途中〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 巨人 13 0 0 1 0 0 21 1/3 21 3 11 8 0 1 11 4.64
09 巨人 5 0 0 0 0 0 6 2/3 4 1 4 3 0 0 3 4.05
10 楽天 2 0 0 0 0 0 1 4 1 0 0 0 0 4 36.00
11 楽天 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 6年 27 0 0 1 0 0 36 2/3 40 8 20 12 0 2 25 6.14

社会人からプロ入りの右腕。一軍定着を期待されるが、ここまでこれといった実績はなく一軍半に留まっている。
甲子園には縁がなかったものの、名門のエースとして高校時代にもドラフト候補と呼ばれた存在。社会人に進み、分離ドラフト3巡でプロ入りとなった。1年目はリリーフで一軍7試合登板。07年は故障もあって二軍暮らしだったが、08年は開幕一軍を勝ち取り、チーム3戦目にプロ初先発。序盤は一軍で投げ続けた。一度二軍落ちして以降はエレベーター状態となり登板機会がめっきり減ったが、13試合に登板し一軍定着の足がかりを得た。
186cmの長身から低めに集める投球が持ち味。スピードとしては平凡だが角度をつけて打たせて取る。ただこれといった武器がなく、一軍レベルでは球威面でも物足りなさも。
09年も開幕一軍入りし、リリーフで最初の3試合をきっちり抑えた。しかし続く2試合崩れてしまい、4月中旬に二軍落ちすると以降昇格なし。シーズンのほとんどを下で過ごし、一歩後退という形になってしまった。翌年も引き続き二軍暮らしが続いたところで、7月末に楽天へトレード。しかし移籍後昇格はしたものの、リリーフ2試合いずれも失点と冴えない投球で、すぐに二軍落ち。交換相手の朝井が活躍したのとは対照的な結果に終わった。
移籍2年目となる昨年だったがさらに一軍が遠のき、シーズン通して二軍暮らし。その二軍でも10試合で29失点と派手に炎上し、シーズン後戦力外となった。まだ27歳とはいえ目立った実績はなく、ファームでもこの状態ではさすがに苦しい。現役は退き、今季は巨人と打撃投手として契約。

豊田 清

ベテランリリーフ、制球力型

右投右打 最優秀救援(02,03)
鈴鹿高〜同朋大 西武93ドラフト3位〜05、巨人06〜10、広島11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 巨人 50 0 3 2 0 26 46 1/3 45 4 49 5 1 2 17 3.30
09 巨人 46 0 2 2 5 15 40 2/3 35 3 32 15 1 1 9 1.99
10 巨人 16 0 1 1 0 3 14 1/3 22 3 18 6 0 0 7 4.40
11 広島 32 0 2 1 0 7 26 1/3 27 3 20 1 0 0 9 3.08
通算 19年 558 14 66 50 157 81 992 1/3 900 92 859 207 17 17 330 2.99

西武時代に鉄壁のクローザーとして名を馳せた投手。2年連続で最優秀救援を、それも圧倒的な成績で獲得。3年続けて驚異的な防御率で、自責点一桁はまさに圧巻。
大学から西武入りし、3年目にローテーション入りしてシーズン10勝マーク。翌年故障に泣くも、99年再び10勝と当初は先発で活躍。ただ00年5勝に留まり、ここまでは完全な隔年型で実績の割に地味な存在だった。しかし01年、抑えに定着すると別人かと思うようなピッチング。それまでより明らかにスピードが増し、ここまでいい投手だったのか、と眼を見張らされた。28セーブを挙げ守護神に。先発時代に平凡だったストレートが7〜8km増速し、絶対の武器フォークにも磨きがかかった。
もともとは隔年選手だっただけに、「2年目以降」には不安もあった。が、02年はリーグ記録の38セーブ(当時)、44セーブポイントとさらにスケールアップ。特に四球の少なさは圧倒的で、抜群の制球力でほとんどの場面で打者三人斬り。あっという間に追い込み、仕留める。その勢いは翌年も衰えず、セットアッパーの森とのコンビは他球団が羨む安定感を見せた。翌03年も38セーブをマークし、ロッテ小林雅と激しく競り合った末2年連続タイトル獲得。
たださすがに疲労がたまったか、03年終盤にリタイア。これ以降故障に悩まされるようになり、ちょっと精彩を欠くようになった。04年は1点未満の防御率と安定感は優れるも離脱があり11セーブ止まり。そして05年は被安打急増で投球内容が大幅に落ちた。防御率も抑え転向後ではワースト。
06年FAで巨人へ移籍。だがやはり状態は悪くなっており、序盤こそセーブを稼ぐも5月に派手に炎上するとそこから失速。二軍落ちもあり、7月以降は3セーブしか挙げられなかった。復活を期した07年も序盤に早2敗を喫する不安定な投球で抑え復権はならず。ただその後はセットアッパーとして復調。久々に登板数も40試合を越えどん底は脱した。翌年は後半息切れで大きく数字を落としたが、前半好調で5年ぶりの50試合登板。
越智、山口の台頭で少し影は薄くなったが、09年も主力リリーフとして活躍。一歩引いた形になったことが逆に良かったか、近年では一番状態のいいシーズンだった。クルーン離脱時には代役抑えも務めて5セーブ。1点台の防御率は移籍後初めて。だが翌10年は一転して不調で、再三二軍落ち。後半はほぼ二軍暮らしとなり、登板数は西武時代の98年以来12年ぶりの20未満に激減。もう40歳近いとあって、シーズン後戦力外に。
自由契約後、昨年は広島に移籍。改めてしぶとく力を発揮した。序盤5試合投げたところで故障で戦列を離れたが、7月復帰し以降はリリーフの一角で戦力に。終盤足の故障で離脱するも、前年の倍となる32試合に登板。
近年決め手不足から増えていた四球が、昨年はシーズンでわずか1個。抜群の制球力は健在だった。球団は引き続き戦力として計算していることを示唆していたが、シーズン後自ら引退表明。少し惜しい感もあるが、自身の決断とあってはやむをえない。今季は巨人の二軍コーチに就任。