ほ
帆足 和幸
先発左腕、変則技巧派型
|
左投左打 |
|
三井高〜九州三菱自動車 |
西武01ドラフト3位〜11、ソフトバンク12〜 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
08 |
西武 |
27 |
3 |
11 |
6 |
0 |
0 |
174 2/3 |
169 |
13 |
115 |
38 |
5 |
5 |
51 |
2.63 |
09 |
西武 |
25 |
5 |
9 |
6 |
0 |
0 |
163 |
175 |
10 |
126 |
40 |
5 |
3 |
65 |
3.59 |
10 |
西武 |
27 |
1 |
11 |
8 |
0 |
0 |
163 1/3 |
173 |
13 |
104 |
35 |
12 |
3 |
67 |
3.69 |
11 |
西武 |
26 |
2 |
9 |
6 |
0 |
0 |
168 2/3 |
172 |
10 |
102 |
34 |
8 |
2 |
53 |
2.83 |
通算 |
11年 |
231 |
16 |
75 |
56 |
1 |
1 |
1215 2/3 |
1315 |
104 |
838 |
322 |
60 |
28 |
512 |
3.79 |
西武の左のエースとして活躍してきた投手。4度の二桁勝利を記録し、中心投手として近年は安定した戦力に。
社会人から西武入りも、当初はパームを投げるという以外にあまり見所のない感じだった。制球の悪さが前面に出てしまい、酷な言い方をすれば「どこにでもいるような左腕」といった印象。即戦力とはなれず、1,2年目はいずれも一桁の登板数に留まっていた。しかし3年目にプロの水に慣れたか、先発にリリーフに奮迅の働きを見せ34試合登板と急成長。自信を持って腕が振れるようになり、持ち味であるボールの切れが一気に増した。
ちょっと変則的な腕の使い方をする投手で、テイクバックで腕を上に高くつき上げ、スリークォーターよりもサイドスロー寄りの低い位置でリリースする。力ではなく切れ味で勝負するタイプで、球速表示は平凡ながら手元に差し込んでくる球質。パームボールを得意球としており、低めに集めてゴロを打たせるのが持ち味。
一軍定着を果たすと翌04年からは主力投手に成長。前半は波が激しかったが、後半は別人のように安定して勝ちを積み上げ、先発もリリーフもこなして10勝をマークした。これで自信をつけ、翌年はさらに飛躍。チーム唯一の先発左腕としてローテーションに完全定着し、勝ち星はさらに伸ばして13勝。先発陣の中でも松坂・西口に次ぐ存在に。
順調に来ていたが、このあと2年は故障も絡んで不振に喘いだ。06年は開幕から調子が上がらず、二軍落ち、先発脱落などを経験。さらに夏場には左肩を痛め、後半シーズンを棒に振ってしまった。復帰したのは07年7月。1年ぶりのマウンドを勝利で飾ったが、その後6連敗。結局前年を下回る2勝に終わった。
しかし08年復調を果たし主力投手に返り咲き。復活というよりも一回り成長した姿を見せ、開幕からいきなり無傷の6連勝。特に5月は連続完封含む3勝で抜群の内容だった。最後までローテーションを守り3年ぶりの二桁勝利達成。チーム最多の登板イニングで優勝に貢献。これまで常に4点台だった防御率も2点台と大安定。
低迷を乗り越えて一皮むけた。09年は勢いは陰り、ローテーション維持でも8月末で5勝とパッとしない状態。しかし終盤怒涛の追い上げを見せ、5連続完投、2完封含む4連続完投勝利。二桁は逃すも改めて存在感を見せた。10年は逆に序盤絶好調で、5月末時点で6勝を挙げ防御率1点台と抜群の安定感。6,7月大きく調子を落としてペースダウン、防御率も3点台後半となったが、4度目の二桁勝利となる11勝をマーク。
低めに集まっている時は非常に小気味いい投球を展開する一方、時期によって好不調がはっきりしているのが難点。昨年もその傾向が強く、3連勝の後4連敗、その後5連勝と浮き沈みが激しかった。防御率は2点台も二桁には一歩届かず9勝。
走者ありの状況で被打率3割は、打たせて取るタイプとしてはもっと粘りたかったところ。オフにFA宣言し、今季はソフトバンクに移籍。退団した杉内・和田と比すれば多少格落ち感も否めないところだが、主力投手が相次いで抜けた状況で中心投手としての働きを望まれる。
D・J・ホールトン
先発成功、緩急型
|
右投右打 |
最多勝(11) |
|
ソフトバンク08〜11、巨人12〜 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
08 |
ソフトバンク |
28 |
0 |
4 |
7 |
6 |
0 |
84 1/3 |
82 |
10 |
86 |
31 |
3 |
0 |
40 |
4.27 |
09 |
ソフトバンク |
25 |
3 |
11 |
8 |
0 |
0 |
171 |
137 |
22 |
138 |
43 |
6 |
2 |
55 |
2.89 |
10 |
ソフトバンク |
16 |
0 |
8 |
6 |
0 |
0 |
79 |
97 |
11 |
69 |
25 |
1 |
1 |
50 |
5.70 |
11 |
ソフトバンク |
26 |
3 |
19 |
6 |
0 |
0 |
172 1/3 |
132 |
8 |
121 |
36 |
7 |
2 |
42 |
2.19 |
通算 |
4年 |
95 |
6 |
42 |
27 |
6 |
0 |
506 2/3 |
448 |
51 |
414 |
135 |
17 |
5 |
187 |
3.32 |
先発で活躍する外国人右腕。左腕の多いソフトバンクの先発陣にあって右のエース格とされた存在。
パウエルの契約問題がごたついていたさなかの08年春季キャンプ直前に契約。05年にメジャー6勝の実績を持つが、流動的だったパウエルも含めるとチームで6人目の外国人投手ということで、当初は保険的な立場と見られ注目度は高くなかった。しかし故障者の多い状況から4月前半に昇格するとリリーフで戦力に。馬原が肩の違和感で大きく出遅れたこともあり、序盤はしばらく代役抑えを務めた。4月は6試合9イニングでわずか1安打しか許さない快投も、長くは続かず交流戦で乱調となり、一旦二軍落ち。その後先発として調整し、7月に再昇格以降はローテーション入り。最終的な成績はパッとしないものの、チームの手薄なところを補う働きを見せた。複雑な起用法ながら、結局6人の外国人投手の中で最も戦力となり残留。
140km台前半のストレートに、大きなカーブとチェンジアップで緩急を駆使するタイプ。スピードガン表示は平凡ながらも、外国人には珍しく縦のスピンが効いた伸びのある速球で、球持ちの良さもあいまって真っ直ぐで空振りが奪えるのが特徴。速球は高めに浮き気味できめ細かいコントロールではないが、四球は少なく自滅はしない投手。
最初から先発となった2年目は前年以上に大きな戦力となった。先発陣の足並みが揃わない中、開幕から安定した投球を展開。右の1番手としてチームを支え続けた。7月末時点で2点台前半だった防御率は、8月以降で若干落としたものの、杉内とともに最後までローテーションを維持。二桁11勝を挙げ、Aクラス浮上の原動力の一人となる活躍。
だが翌10年は一転して不調。前年4勝とカモにした日本ハムに崩されたのを皮切りに、不安定な投球が続いた。さらに5月には足の故障で離脱。復帰後も調子は上がらず、終盤には故障再発で再度離脱。8勝はしたものの、防御率は5点台後半と大幅に成績を落としてシーズンを終えた。
この状態から一時自由契約となるも、再契約して臨んだ昨年は急上昇。初戦に敗れた後6連勝し、球宴前に早くも10勝到達。その後も活躍を続け、9月以降再び6連勝。19勝を挙げ、田中と並ぶ最多勝のタイトルに輝いた。日本シリーズでも先発勝利を記録し、チームの優勝・日本一に大きく貢献。
飛びにくいとされる統一球が有利に働き、また打線の良かったチームの中でも一際援護が多く、早い回での援護で余裕を持って投げられたことも大きかった。欠かせない戦力だったが、前年に続いて契約交渉が難航。最終的にまとまらず自由契約となり、今季は巨人へ移籍となることに。ソフトバンクとしては和田・杉内に続いて3本柱が揃って抜けるという事態。一方の巨人にとっては大きな補強。ただ、一番頼れる武器が高めのストレートという典型的なフライボールピッチャーで、狭い球場のあるセ・リーグ、ホームランの出やすい東京ドームをホームとしてどうなるかは若干不安材料。
星野 智樹
サイド転向、左殺し型
|
左投左打 |
|
四日市工高〜プリンスホテル |
西武99ドラフト3位〜 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
08 |
西武 |
63 |
0 |
4 |
1 |
0 |
25 |
34 |
22 |
0 |
23 |
15 |
5 |
2 |
9 |
2.38 |
09 |
西武 |
62 |
0 |
1 |
1 |
1 |
22 |
35 1/3 |
34 |
4 |
25 |
14 |
5 |
2 |
16 |
4.08 |
10 |
西武 |
27 |
0 |
0 |
0 |
0 |
8 |
13 1/3 |
14 |
0 |
10 |
8 |
2 |
0 |
12 |
8.10 |
11 |
西武 |
37 |
0 |
0 |
0 |
0 |
9 |
20 1/3 |
21 |
0 |
20 |
9 |
0 |
1 |
6 |
2.66 |
通算 |
13年 |
439 |
0 |
14 |
14 |
3 |
105 |
326 2/3 |
290 |
15 |
299 |
174 |
30 |
10 |
134 |
3.69 |
サイドスローに転向した04年、抜群の投球で大変身を遂げたリリーフ左腕。それまではどっちつかずで特徴のない投手だったが、舞台をリリーフに絞り特徴を出すことで成功。
高校時代に切れの良い投球で注目された投手だったが、社会人でやや伸び悩み。プロ入り後も1年目こそ16試合に登板し1勝とまずまずの数字を残したが、それ以降低迷。先発でもリリーフでも試されたが制球が悪く、01年には打者15人に対し被安打9与四球2という惨憺たる成績。翌年も内容はいまいちで相変わらず四球も多かった。
なかなか殻を打ち破れずにいたが、04年から打開策をサイドスローへと求める。ありがちな方法ではあるがこれが見事にはまった。腕を下げることでスライダーの切れが増し、低めへの制球力がグッと増した。全体的な球質が一気に鋭くなり、被打率の低い信頼できるリリーフに変貌。対左はほぼ1割と完璧に抑え、期待された以上の成果を手にした。06年まで3年連続50試合以上登板し、一軍定着から一気に主力リリーフの一角に。
03年まで与えた死球は通算で1だった投手が、04,05年はいずれも5つ。単に腕を下げただけではなく、厳しくコースを攻めた証拠ともいえる。左打者の内角を突いて腰を開かせ、逃げていくスライダーで仕留めるのが勝負パターン。
07年肝心の左打者に3割以上と打ち込まれる不調で後半二軍暮らしと落ち込んだが、翌08年は復調。開幕からリリーフの主力として回転し、チームトップの63試合登板。7月失点がかさんだものの、圧巻はそれ以降で、オールスター前からシーズン終了まで23試合連続無失点の快投。4年ぶりに2点台の防御率に収め、対左を1割台に抑える「仕事」を果たした。
強気に攻め込む時の球質は左打者には非常に厄介な存在。ただ時折逃げ腰に走る傾向があり、09年はそちらの面が強く出てしまった。ほぼ唯一の左腕リリーフとして60試合以上の登板も、内容はだいぶ落ちもうひとつ信頼できない投球。そして翌年はさらに大きく落ち込んでしまった。4月後半に派手に失点して以降ピリッとしない投球が続き、6月頭に二軍落ちすると終盤まで戻れず。半減した登板数は7年ぶりに30未満となり、後半ほとんど二軍暮らしで存在感のないシーズンに終わった。
だいぶ信頼が薄らぎ、昨年は開幕二軍スタート。5月に昇格も一月ほどで二軍落ちとパッとしない状態。7月の再昇格以降は一軍に落ち着き、登板数も増えて最終的に37試合。前年の絶不調からは大きく持ち直した。ただ対左が2割7分と芳しくなく、ワンポイント要員としては不満の残る内容。
良かった時に比べると投球が臆病になった印象で、どうも肝心なところで攻めきれない場面が目立つ。そろそろベテランの域に入り、今季は左殺しの本分を取り戻してもう一度信頼を掴みたいところだが。
星野 真澄
リリーフ左腕、育成上がり型
|
左投左打 |
|
埼玉栄高〜愛工大〜バイタルネット〜BC信濃 |
巨人10ドラフト(育)1位〜 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
10 |
巨人 |
34 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
34 1/3 |
32 |
7 |
24 |
18 |
3 |
1 |
15 |
3.93 |
11 |
巨人 |
3 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 2/3 |
3 |
0 |
1 |
2 |
1 |
0 |
4 |
13.50 |
通算 |
2年 |
37 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
37 |
35 |
7 |
25 |
20 |
4 |
1 |
19 |
4.62 |
育成入団ながら即一軍戦力となった左腕。リリーフで多くの登板機会を得た。
大学まではほぼ無名の存在だったが、社会人で力をつけてきた。1年BCリーグでプレーした後、育成ドラフトで指名され巨人入り。だが評価は入団時からなかなか高く、1年目開幕前に早くも支配下登録された。そして4月後半から一軍で起用され、リリーフで34試合に登板。勝敗セーブはつかずともまずまずの結果を残し、即戦力に。
140km台中盤の速球を軸とする左腕で、変化球も含めなかなかの切れを持つ。制球面では課題が残り、被弾の多さから防御率は今ひとつだったが、被打率は好数字だった。
ただ2年目となる昨年は大きく後退。6月に昇格も、2度目の登板で連続四球を出し二軍落ち。9月にもう一度チャンスを与えられるも、2回2失点と結果を残せなかった。わずか3登板に終わり、シーズンのほとんどを二軍暮らし。
イースタンでは2勝6敗ながら防御率は2点台前半。ただ2年目ともなると一軍では制球の悪さにはっきりつけこまれるようになった。決して若くはないだけに、この課題は早めに克服しておきたい。