三浦 大輔

大黒柱、高技術型

右投右打 最優秀防御率(05)、最多奪三振(05)
高田商高 大洋・横浜92ドラフト6位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 21 4 7 10 0 0 144 137 22 111 29 4 4 57 3.56
09 横浜 28 6 11 11 0 0 195 1/3 175 28 138 37 4 2 72 3.32
10 横浜 16 0 3 8 0 0 79 2/3 108 12 58 23 4 2 64 7.23
11 横浜 18 2 5 6 0 0 111 1/3 96 9 74 31 7 1 36 2.91
通算 20年 448 69 143 147 0 0 2710 1/3 2574 291 2134 749 67 53 1079 3.58

長年横浜のエースに君臨する右腕。ドラフト6位の下位入団から主戦にのし上がった。「番長」のニックネームで知られるが、投手としてはオーソドックスな総合力タイプ。
格別速い球もなく、特殊な変化球も持たない。持っているボールは平均的で、変則のモーションとスローカーブを駆使した緩急を武器とする。しかしタイミングをはずすテクニックは見事な物で、高低・内外のコースをフルに使い、持てる技術を総動員して抑えるタイプ。低めを丹念につく制球力で、渋い投球術が持ち味。
高卒2年目には早くも先発勝利を挙げ、4年目の95年に8勝でローテーション定着。以降不調の年はあるものの、常に先発の中心を占めるように。大勝ちは望みづらいが安定感は非常に高く、97年からの5年間で4度の二桁勝利を記録した。それだけに02年以降故障が多かったのは、チームにとっても大きな痛手となった。離脱も多く、ただでさえ先発不足のチームが低迷する一因となってしまった。
アテネ五輪に代表参加した04年も6勝止まりと、冴えないシーズンが続いていたが、翌年は久々に完全復調。球の走りが良く、特に7月以降は2点そこそこの防御率と大安定。後半だけで9勝の活躍で、4年ぶりに二桁達成。だけでなく、防御率・奪三振のタイトルに輝き、自己最高のシーズンとなった。チームAクラス浮上にも大きく貢献。援護がもう少しあれば最多勝も狙えたかもしれないという内容だった。
二段フォーム規制強化で注目された06年は、序盤の不調に加えてやや安定感に欠け8勝止まり。それでもリーグトップの9完投・3完封など投球術は健在。そして07年は6,7月に6勝を稼ぐ好調で二桁復権を果たした。3完封は3年連続のリーグトップ。ただこの辺りから隔年傾向が強くなり、08年は開幕出遅れに続いて6月には肩の不調で離脱。再三の故障とチームの低迷から勝ち星は伸びず、7勝止まりに終わった。FA宣言も残留した09年は再び持ち直し、前半だけで7勝。計11勝で7度目の二桁勝利達成。ただ後半は数字が伸びず、負けも込んで4年連続二桁敗戦。
それでも主戦として投手陣を支えてきたが、10年はかつてないほどの大不調。調子が上がらず開幕二軍スタート、4月中に昇格するも非常に出入りの激しい投球で不安定。交流戦で3勝目を挙げて以降は全く勝てなくなり、夏場には調整のため二軍落ちという事態に。その後も立ち直れず、終盤も散々に打ち込まれ6連敗でシーズン終了。100イニングを割ったのは16年ぶりで、防御率7点台は自己ワースト。
さらに昨年も序盤は不調で、3試合投げたところで長期二軍調整。すっかり影が薄くなり、年齢的にもいよいよ厳しいかと思われた。しかし7月に再昇格すると前年来の不振から脱出し復調に成功。チーム状態の悪さから勝敗は五分だったが、防御率2点台半ば、平均投球回6以上と安定。7月以降だけでチームトップタイの5勝、先発陣では数少ない防御率2点台で、ベテラン健在をアピール。
2ヵ月もの二軍生活だったが、そこでの調整が功を奏しスピードが回復。結果的には隔年サイクル通りとなったが、崖っぷちというところから見事に立ち直ってきた。もう38歳のベテランで高望みはしづらいが、未だチーム内での存在感は大きい。そろそろ三浦に替わって先発を支える存在が台頭して欲しいところではあるが。

三瀬 幸司

リリーフ左腕、長期不振型

左投左打 新人王(04)、最優秀救援(04)
観音寺一高〜岡山理大〜NTT西日本中国野球クラブ ダイエー/ソフトバンク04ドラフト7巡〜10途中、中日10途中〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ソフトバンク 44 0 2 1 0 5 35 28 5 25 14 2 3 16 4.11
09 ソフトバンク 17 0 0 1 0 0 20 26 1 19 8 0 2 14 6.30
10 ソフトバンク 6 0 0 0 0 0 3 1/3 6 0 2 3 0 1 4 10.80
中日 6 0 0 1 0 1 3 5 0 3 4 0 0 5 15.00
11 中日 44 0 1 1 0 7 35 1/3 38 0 25 7 3 0 16 4.08
通算 8年 294 0 10 13 47 39 261 218 23 222 89 28 9 124 4.28

04年新人ながら抑えに定着し、タイトルを獲得した左腕。最高のスタートを切ったが、2年目の不調以降長期低迷。
04年にダイエー入り。ドラフト前には新聞などの候補リストにも出ていなかったほどの無名選手。7巡と低い順位での指名で、中継ぎで使えればという程度の期待だった。しかし三振を奪える切れの良さを買われて不在の抑えに抜擢されると、ここから大躍進。一気に不動のクローザーに定着し、そのままシーズンを完走。55試合登板で28セーブをマークし、横山(日)と並んでタイトル獲得。文句なしの新人王に。
最大の武器はスライダーで、右打者の内角へのボールは、切れすぎて何度か足にぶつけてしまったほどの威力を誇った。腕を振っての投球は非常に勢いがあり、当初平凡だった球速も徐々に向上。被打率の低さと奪三振率の高さはまさに抑えにうってつけで、テンポの良さも大きな武器となった。
2年目も抑えとしてスタートし、春先は非常に快調。4月終了時点で12試合を無失点、被安打わずかに1という、前年以上の快投を見せた。ところが5月に入ると急激に不安定となり、頭部死球退場で腕が振れなくなり大スランプに陥った。中継ぎに廻るも調子は最後まで戻らず。そしてこれ以降精彩を欠く状態が続くように。
06年は中継ぎとして40試合に投げたものの、4点台後半の防御率と冴えない成績。登板数が減った07年は少し回復傾向も見せたが、翌08年は前半不調。後半持ち直して登板数は多かったが、もう一つ信頼の置けない投球だった。09年になると状態はさらに落ち込み、シーズンの大半を二軍で過ごして登板数激減。この流れは翌年も止まらず、ワンポイント起用も内容は散々。二軍にいたところで6月末中日へトレードとなった。しかし移籍後も結果は変わらず、環境が変わっても落ち込みは止まらなかった。
ずっとジリ貧続きで一軍半というところまで落ちていたが、昨年は一転久々に浮上に成功。開幕から積極的に起用され、ほぼシーズン通して一軍に帯同。3年ぶりに登板数が40を越え、移籍後初勝利も記録した。低落状態から脱出。
ただ4点台の防御率もさることながら、被打率は3割近く内容としてはやや微妙な印象。特に左に強いということもなく、走者を置いて勝負弱い面も見られた。年齢からも昨年からの流れは何としても持続したいところ。もう少し信頼できる投球を見せたい。

光原 逸裕

技巧派、尻すぼみ型

右投右打
報徳学園高〜京産大〜JR東海 オリックス05ドラフト2巡〜10、ロッテ11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 オリックス 2 0 0 1 0 0 1 2/3 8 0 0 5 1 1 11 59.40
09 オリックス 3 0 1 2 0 0 8 1/3 7 1 3 4 1 1 7 7.56
10 オリックス 1 0 0 0 0 0 1 2 2 0 0 0 0 2 18.00
11 ロッテ 3 0 0 3 0 0 12 2/3 23 2 3 6 1 2 11 7.82
通算 7年 28 1 8 12 0 0 120 1/3 166 18 58 55 9 5 92 6.88

オリックス時代の新人年に7勝を挙げた技巧派右腕。即戦力となったが、以降ずっと冴えない状態が続いている。
スピードは平凡で凄みはないが、球種豊富で散らして打たせて取るのが持ち味。身長(184cm)以上に長く感じさせるリーチで、ボールに角度がある。派手さはないがなかなか実戦的なところを見せた。1年目開幕一軍入りを果たすと2度目の登板で先発、そこから3連勝し、一気にローテーション入り。やや手薄だった先発陣の穴埋めに貢献。そこそこ失点も多かったが、7勝目は初完封で飾った。肩を痛めて7月に離脱してしまったが、無事ならば新人王久保の強力なライバルとなったかもしれない。
ただこれ以降は完全に低迷。06年はキャンプで肩の故障を再発し、丸1年を棒に振ってしまった。07年5月に久々に一軍復帰、2度先発登板したもののいずれも打ち込まれて4回途中KO。結局ほとんど二軍暮らしで終わった。
故障に泣かされた格好だが、明確な武器のないタイプでもありもともと被安打は多め。1年目は粘れていたが、それができないと打ち込まれてしまう。08年はさらに酷い内容で、開幕直後に2度先発もいずれも2回すら投げきれず。被打率6割台後半、許出塁率7割超とまさに滅多打ちで、全くいいところがなかった。09年5月に5回零封で4年ぶりの一軍勝利、久々にいいところを見せたが、後が続かず。再調整後の7月は一死しか取れず5失点KOと、ここ数年と同じ状態に。10年も交流戦で1度リリーフしただけ、しかも1イニング2被弾とあってすぐに二軍落ち。
昨年はロッテに移籍。環境は変わったが、状態は結局変わらなかった。序盤3試合に先発し、最初の登板ではそこそこ粘りも見せていたが、残り2試合はいずれも早期KO。3連敗を喫して5月頭に二軍落ちし、そのままシーズン終了。
平均球速130km台前半と球威不足で、決め手を欠くため被安打も四球も多い。この5年防御率が7点を下回った年がなく、正直一軍では力不足という印象しか残らない。先発候補といってもそろそろさすがに厳しい。

美馬 学

小兵リリーフ、速球型

右投左打
藤代高〜中大〜東京ガス 楽天11ドラフト2位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 楽天 23 0 2 1 0 5 26 1/3 19 1 13 4 1 2 9 3.08
通算 1年

小柄な体格のリリーフ右腕。故障に泣いたが、前半積極的に起用され即戦力に。
大学・社会人でリリーフとして活躍するも、一方で故障も多かった投手。楽天にドラフト2位指名されプロ入りとなった。開幕前には抑え候補として名前を挙げられるほど期待され、開幕一軍入り。4度目の登板で初勝利を挙げ、前半だけで23試合に登板。
身長169cmの小兵だが、140km台後半から150km超の速球が魅力。これとスライダーが投球の軸で、それ以外の球種もなかなか豊富。大きな失点が2度あるも、日程が進むに連れ安定感を増していたのだが、6月末肘の故障で戦線離脱。後半を棒に振ることになってしまった。力は充分に通用するところを見せたが、アマ時代から故障の多い体質が最大の課題か。今季は改めてリリーフでの活躍を期待される。

宮ア 充登

遅咲き新人、速球型

右投右打
智弁和歌山高〜ホンダ鈴鹿 広島07希望枠〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 広島 12 0 1 6 0 0 47 55 4 21 25 6 2 36 6.89
09 広島 - - - - - - - - - - - - - - -
10 広島 - - - - - - - - - - - - - - -
11 広島 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 5年 43 0 4 11 0 5 119 2/3 129 15 66 51 11 3 75 5.64

07年希望枠で入団の右腕。社会人で10年を過ごし、28歳での遅いプロ入り。投手が弱いと言われるチームで即戦力を期待された。
開幕一軍入りを果たし、2戦目にリリーフでデビュー登板。初勝利も記録したが4戦連続失点、10点を越える防御率で二軍落ち。序盤は完全にプロの壁に跳ね返された。その後再昇格し、以降は先発にリリーフにと起用回数も増え、最終的には31試合に登板。計3勝を挙げた。
持ち味は最速150km超の速球。スリークォーターから球威で押し返す投球スタイル。ただやや一本調子な面も強く、全体的に投球が雑。即戦力というには少し微妙な結果で、5月以降も防御率は4点台でそこそこ止まりだった。
2年目の08年は先発で期待され、開幕ローテーション入りしたが、全く勝つことができなかった。二軍調整を挟んで開幕から5連敗、8月にリリーフで1勝を挙げるも、続く先発登板は2回持たずにKOされ、以降は二軍暮らし。9度の先発は7点台の防御率で0勝6敗と散々で、前年より成績を落として終わった。
ここまで期待に応えたとは到底言い難い。そしてこれ以降は一気に影が薄くなり、一軍に呼ばれることさえなくなってしまった。3シーズン二軍生活が続き、戦力外・自由契約に。キャリア5年とはいえ既に33歳で、これほど一軍から遠ざかってはさすがに厳しい。希望獲得枠でプロ入りも寂しい結果に。

宮西 尚生

リリーフ左腕、タフネス型

左投左打
市立尼崎高〜関学大 日本ハム08ドラフト(大・社)3巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 日本ハム 50 0 2 4 0 8 45 1/3 47 5 25 15 2 2 22 4.37
09 日本ハム 58 0 7 2 0 13 46 2/3 39 6 55 15 1 0 15 2.89
10 日本ハム 61 0 2 1 1 23 47 2/3 29 1 49 9 4 0 9 1.70
11 日本ハム 61 0 1 2 0 14 53 38 3 56 14 8 2 13 2.21
通算 4年 230 0 12 9 1 58 192 2/3 153 15 185 53 15 4 59 2.76

プロ入り以来常にリリーフでフル回転を続けている左腕。年とともにますます重要度を増し、左の一番手として欠かせない存在に。
高校では金刃(巨)の1年後輩。大学では早い内から活躍を見せ、関西学生リーグとしては新記録となる48イニング連続無失点を達成。代表選手として国際大会にも何度か出場した。大・社ドラフト3巡で日本ハム入りすると、実績ある左腕リリーフが皆無というチーム事情から開幕一軍入り。そしてその期待にしっかり応えた。序盤からフル回転で主力リリーフの一角を占め、前半は防御率1点台の好成績。後半はちょっと失点する場面が増え、最終的な防御率は大幅に落ちてしまったが、最後まで一軍に留まり、主力に定着を果たした。
力強く腕を振り、全身でぶつかっていくような力感あふれるフォームが特徴。速球とスライダーを軸に攻める力投型で、打者に向かっていく姿勢が魅力。非常に勢いを感じさせる攻撃的な投球スタイル。
即戦力として活躍後、2年目以降はさらにパワーアップ。09年は投球に力強さが増し、菊地と並ぶチームトップタイの58試合に登板、7勝。ゲーム終盤を支える大きな戦力となると、翌年はもう一段レベルアップ。開幕から13試合連続無失点など序盤から安定感の高い投球を展開し、シーズンの最後まで崩れなかった。チームトップの61試合に登板し防御率1点台と自己ベストを更新。左打者を1割3分と圧倒的に抑え込んだ。
昨年も引き続き主力リリーフとして安定した活躍。シーズン通して存在感を示し、日程の詰まった8,9月は2ヶ月で24試合登板。その9月は4度失点と多少のバテも見えたが、最終的にチームトップの61試合登板。入団以来4年連続50試合以上、2年連続60試合登板とタフネスぶりを存分に発揮。
全体的な被打率が1割台と低く、昨年はむしろ右打者のほうを得意とした。三振を多く奪い、これだけ投げ続けても切れ味は全く鈍っていない。ゲーム後半を支えるリリーフ陣の要として今季も計算される存在。

宮本 賢

リリーフ左腕、伸び悩み型

左投左打
関西高〜早大 日本ハム07希望枠〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 日本ハム 9 0 0 0 0 0 8 1/3 11 0 6 4 0 2 5 5.40
09 日本ハム 12 0 0 0 0 1 14 2/3 14 1 3 7 1 0 5 3.07
10 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 -
11 日本ハム - - - - - - - - - - - - - - -
通算 5年 22 0 0 0 0 1 23 26 1 9 11 1 2 10 3.91

小柄な体躯の左腕投手。希望枠入団も即戦力にはなれず、ここまでは伸び悩みで二軍生活が続いている。
高校時代はセンバツに2度出場し、ベスト4の実績。大学で一時外野転向も、すぐに投手に戻って主力として活躍し、通算23勝を挙げた。主将も務め、六大学を代表する投手と評価されて希望枠で日本ハム入り。
ただプロでは苦しんだ。1年目は二軍で2勝0敗1セーブも防御率6点台と内容が悪く、一軍登板なし。2年目は一軍登板を果たし途中までは抑えたものの、一度派手に打ち込まれて成績は落ち、後半は二軍暮らしに。その二軍でも後半ガタガタに崩れてしまい、いい結果を残せずに終わった。
それでも3年目の09年はようやく上昇気配。二軍で好結果を残し、5月に昇格。交流戦で3イニングをノーヒットに抑えるなどリリーフでいいところを見せた。7月に失点がかさんで数字を落とし、8月前半を最後に二軍に戻ってしまったが、登板数が二桁に乗り少し前進に成功。
しかし翌年は大きく後退し、シーズンのほとんどを二軍暮らし。8月1度だけ一軍登板したが、ワンポイント登板で2ベースを打たれアウトを一つも取れなかった。昨年はとうとう登板機会がなく、シーズン通して二軍暮らし。そのファームでもあまりパッとしない成績に終わった。
豊富な球種を持つが球威が物足りず、決め手不足で制球も微妙。ここ2年はますます一軍が遠くなり、全体的に見切りの早いチームだけにかなり危険な立場。今季は背番号が一気に69と重くなり、崖っぷちに立たされた。

ミンチェ (許銘傑 シュウ・ミンチェ)

技巧派、復調型

右投右打
西武00〜11、オリックス12〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 西武 17 0 1 3 0 3 31 2/3 37 1 11 22 1 4 18 5.12
09 西武 16 1 1 2 0 1 40 1/3 42 3 21 21 3 1 17 3.79
10 西武 22 1 6 9 0 0 120 2/3 150 13 62 28 2 4 61 4.55
11 西武 49 1 6 2 1 22 68 1/3 48 2 40 10 4 4 15 1.98
通算 12年 263 8 49 46 1 29 851 2/3 903 78 462 334 30 31 391 4.13

台湾出身のベテラン右腕。日本で10年を越すキャリアを持つも、ややパッとしない状態が数年続いていたが、ここにきて復調し昨年大活躍。
台湾プロ野球で2年プレーした後、00年24歳で西武入り。1年目はローテーション入りこそ果たすものの4点台中盤の防御率で6勝とそこそこ止まりの成績だった。しかし翌01年に大躍進。二桁11勝を挙げ防御率もリーグ2位。松坂をはじめ投手陣が不安定だった中でのものだけに価値があった。成長の要因がメガネ着用という映画のようなエピソードも残し、大きな存在感を残した。
これで一本立ちかと思われたが、翌年やや物足りない内容で9勝に留まると、続く03年大幅に成績ダウン。同じ台湾から張が加入した途端失速が始まり、急速に影が薄くなっていった。先発ローテーションから脱落し、リリーフでも冴えず信頼を大きく落とす結果に。
基本的には左右の揺さぶりで勝負する技巧派タイプだが、そこそこスピードがある分少し雑な面があった。すべてのボールが及第点レベルにありながら、その割に数字が伴ってこなかった。ちょっと迫力不足の印象も。
この後はしばらく低迷期。04年はリリーフで少し持ち直す気配も見せたが、故障もあって復調ならず。05年は一気に落ち込み、シーズンのほとんどを二軍暮らしで終わった。06年はサイドスローに挑むも、付け焼刃の印象は拭えず、結局途中でフォームを戻すなど、迷ったままのシーズンだった。これ以降も登録抹消を繰り返すエレベーター状態が続き、08年には4年ぶりの先発勝利を挙げるも結局白星はそれのみ。09年も終盤6年ぶりの完投勝利という場面があったが、一瞬の輝きに留まった。
5年以上も一軍半という立場が続いていたが、10年久々に存在感を増し、一軍戦力に復活。開幕からローテーションの一角に座り、序盤は勝ったり負けたりだったものの、5月末から3連勝をマーク。前半で5勝を挙げる活躍を見せた。夏場4連敗を喫するなど後半はっきり失速したものの、8年ぶりにシーズン100イニングを突破。岸や石井一の離脱もあり、先発登板20試合はチームでは涌井・帆足に次ぐ3番目の多さだった。
そして続く昨年はさらに内容を向上させチームを救う活躍を見せた。開幕直後ロングリリーフで1勝すると、5月頭には先発して実に9年ぶりの完封勝利。先発はこれ一度きりで以降はリリーフに専念し、こちらでも安定した投球。6月には12年目で来日初となるセーブを記録した。なかなか安定しないリリーフ陣を支える働きでセットアッパーとして活躍。8月後半脇腹を傷め離脱するまで防御率1点を切る状態だった。9月後半の復帰後は大きな失点があって成績を落としてしまったが、最終的に自己最多の49試合登板、6勝にチームトップの22ホールドをマーク。落としたとはいえシーズン防御率も1点台で、これも自己ベスト更新。
投球スタイルは大きく変わってはいないのだが、ここ2年は四球が減り以前の粗っぽさが薄まった。と同時に全体的な切れ味が増し、これまでのどこか頼りない印象を完全に払拭。オフにFA宣言し、今季はオリックスに移籍。先発・リリーフどちらもこなせる使い勝手の良さに加え、今季からは外国人枠の制限から外れるのも魅力。