横山 竜士

復調本格派、体力不安型

右投右打
福井商高 広島95ドラフト5位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 広島 38 0 5 1 3 16 42 27 3 34 14 2 1 7 1.50
09 広島 69 0 3 8 0 31 64 57 5 56 26 2 2 25 3.52
10 広島 46 0 3 2 11 8 50 37 3 48 17 3 2 9 1.62
11 広島 2 0 0 0 0 0 1 3 0 1 2 0 0 5 45.00
通算 17年 441 6 39 35 17 89 720 643 84 650 269 25 29 278 3.48

リリーフで活躍する右腕。長く故障の連続に苦しんだが復活し主力に。
高校からドラフト下位で広島入りすると、3年目の97年に一軍デビュー。当時抑えだった佐々岡につなぐセットアッパーとして台頭し、いきなり10勝を挙げる活躍を見せた。力強い速球とフォークの切れが良く、奪三振率も非常に高かった。同年にプロ入りした澤崎・黒田とともに投手陣の新星として注目されたが、翌年故障低迷。99年は先発として7勝を挙げ復活を果たすが、翌年またも故障。これ以降は長く低迷。
バネの良さを感じさせる投手だが、度重なる故障が大成を阻んできた。01年にも復調の気配を見せていたが、翌年また故障。とにかく故障の連続で、一時は球威もガタ落ちし、前途が危ぶまれる状態にもなっていた。
危機的状況だったが、05年後半待望の復調。3年ぶりの勝利を記録するなどリリーフに食い込み、7月以降は23試合で1点そこそこの防御率と抜群の安定感を発揮した。この流れから開幕一軍入りの06年は抑えにつなぐ存在として活躍。後半大きく調子を落として成績悪化したが、5月には8年ぶりのセーブも記録。
全体的に投手層の薄いチームだけに、実績ある投手の復活は大きな戦力。07年はさらに存在感を見せ、総じて安定した投球でセットアッパーの一員として活躍した。登板数は97年を上回り60試合に到達。力強さも取り戻し、チーム投手陣になくてはならない存在に。08年は夏場に肩を痛めて離脱してしまったが、1点台の防御率と抜群の投球内容で活躍。故障癒えた09年はフルシーズンセットアッパーとして働き、自己最多更新の69試合に登板。夏場に調子を落として失点がかさみ8敗を喫するも、登板数・ホールド数ともにシュルツに次ぐ数字を残し、継投の要となった。10年もリリーフ陣に誤算が相次ぐ中、安定した投球を継続。6月頭に肩の不調で2ヵ月離脱という場面があったが、復帰後もリリーフの中心として活躍した。永川・シュルツの不在から抑え役も務め、チーム最多の11セーブは自己最多記録。チームのリリーフ防御率が5点台という総崩れの状況にあって、唯一安心感のある存在だった。
30代半ばになるが力は落ちず貴重なリリーバー。だが最大の問題は故障が絶えないことで、昨年はキャンプ中に腰を痛め離脱。開幕前に手術しシーズンのほとんどを棒に振ることに。実戦復帰は8月になってからで、9月の一軍登板は2度とも失点。ただ投げられるところまで戻したのは朗報で、今季はリリーフとしての復活を望まれる。この故障の多さで脚光が当たりにくいが、力は確かな投手。

吉川 輝昭

巨漢投手、移籍変身型

右投右打
厳木高〜日本文理大 横浜04自由枠〜10途中、ソフトバンク10途中〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 4 0 0 0 0 0 14 2/3 14 0 5 6 0 0 3 1.84
09 横浜 10 0 0 3 0 0 18 2/3 34 4 10 10 0 0 24 11.57
10 ソフトバンク 7 0 0 0 0 0 12 10 2 9 3 1 2 4 3.00
11 ソフトバンク 40 0 0 0 0 6 37 1/3 26 3 23 5 0 1 10 2.41
通算 8年 114 0 1 6 0 7 173 232 25 105 59 3 6 113 5.88

身長185cm、体重95kgという堂々たる体格を誇る豪腕投手。長く伸び悩んでいたが、移籍2年目の昨年大きく成績を伸ばして一軍定着。
高校時代は無名だったが、大学で開花。4年時に全日本大学選手権優勝の原動力となり、自由枠で横浜入りとなった。1年目はほぼ1年通して一軍帯同し、24試合に登板して初勝利も記録。内容はもう一つでも可能性は感じさせた。
ゴツイ体から繰り出す速球で押すスタイルで、無骨なイメージの投手。ただ不器用に過ぎる面も強く、頼れる変化球に乏しく一本調子になりがち。いかにも発展途上という印象で、制球も甘く被打率が悪かった。
期待は大きく、2年目は開幕ローテーション入り。しかし3試合だけでリリーフに廻ると、呆れるほどの滅多打ちを食らって二軍落ち。再調整後も不安定な投球は変わらず、完全に期待を裏切ってしまった。これ以降一軍が遠くなり、一桁登板のシーズンがしばらく続くことに。09年は久々に10試合の登板を果たしたが、内容のほうはさっぱりだった。3度の先発はすべて5回まで持たず、7試合のリリーフも内4試合で計15失点という炎上。打たれだすと止まらなくなる傾向が消えず、二軍を脱することは出来ず。
10年も二軍にいたところで、4月後半にソフトバンクへトレード。後半に一軍登板機会を得、7試合投げて悪くない内容ではあったが、敗戦処理中心で印象は薄かった。しかし移籍2年目の昨年は大幅に登板数増。開幕からほぼシーズン通して一軍帯同し、敗戦処理中心で地味ながらも好投を持続。結果自己最多の40試合登板、2点台前半の防御率を記録し、リリーフ陣の一角に定着を果たした。
移籍後目に見えて変わったのが四球の急激な減少。攝津を参考にしたというフォーム修正も功を奏し、シュート・スライダーで左右を揺さぶれるようになった。オフにはプエルトリコのウインター・リーグに派遣され、今季は先発転向プランも浮上。この上昇の勢いを持続できるか。

吉川 昌宏

サイドスロー、リリーフ型

右投左打
明徳義塾高〜亜大〜ローソン ヤクルト03ドラフト8巡〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ヤクルト 18 0 0 0 0 4 19 1/3 20 3 10 6 1 0 9 4.19
09 ヤクルト 8 0 0 0 0 1 7 2/3 6 2 8 0 2 0 3 3.52
10 ヤクルト 9 0 0 0 0 1 9 16 2 6 4 1 0 10 10.00
11 ヤクルト - - - - - - - - - - - - - - -
通算 9年 176 0 7 6 0 40 176 2/3 183 22 112 51 15 2 82 4.18

05年リリーフで急台頭のサイドハンド投手。スライダーを武器に活躍し、チームトップの20ホールドを記録した。
高校時代はエースとして甲子園出場、大学では久本(中)と同期。ローソンが廃部となった02年秋のドラフトでヤクルト入りした。指名順位は低かったが、1年目から一軍登板。2年目は内容は悪かったが、二軍ではリリーフで活躍。
3年目とはいえ27歳、そろそろ実績が欲しいところだったが、見事に答を出した。開幕一軍入りすると8試合連続無失点でアピール。そのままリリーフの一角に収まり、完全に一軍定着を果たした。何度か打たれる場面もあったが、使いやすい投手としてチームトップタイの61試合に登板。一気にその名を高めた。
ボールの切れで勝負し、右打者にはスライダー、左打者にはシンカーを武器とする。前年は左打者に4割以上と打ち込まれていたが、05年は1割台に封じたことで内容が飛躍的に良くなった。全体の被打率もなかなか優秀。
06年もリリーフの一角として前半だけで23試合に登板。しかし徐々に内容が悪くなり、6月下旬に二軍落ち。そのまま後半は登板なしに終わってしまった。登板数半減でちょっと足踏みしたが、翌年は復調。夏場に乱れる一幕もあったが、終盤はなかなかの安定感を見せた。
だがこれ以降は急激に登板数が減って影が薄くなった。08年は不調で前半ほぼ二軍暮らし、後半の一軍登板でもあまりアピールできなかった。そして09年は肩を痛めて大幅に出遅れ。シーズン中の復帰は果たしたが、前年よりさらに半減の8試合登板に終わった。改めて復調を期した10年だったが、前半の登板は大量失点でいいところを見せられず。チーム状態が上向いた後半は出番がほとんどなくなり、夏場に2試合投げたのみ。2年続けて一桁の登板数に留まり、防御率10点と散々な結果に。
すっかり一軍が遠ざかり、昨年はとうとう一軍登板なし。オフには戦力外となってしまった。ここ数年は印象がほとんどなく、年齢的にも厳しいところ。トライアウト参加も声はかからず、どうやらこのまま引退となりそう。フル回転の働きを見せたがピークが短かった。

吉川 光夫

先発候補、荒れ球型

左投左打
広陵高 日本ハム07ドラフト(高)1巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 日本ハム 7 0 2 4 0 0 34 2/3 39 7 23 22 0 5 24 6.23
09 日本ハム 3 0 0 2 0 0 16 1/3 19 2 18 10 0 0 12 6.61
10 日本ハム 9 0 0 4 0 0 26 35 7 20 11 1 2 20 6.92
11 日本ハム 7 0 0 5 0 0 38 45 4 25 20 1 1 20 4.74
通算 5年 45 1 6 18 0 0 208 1/3 221 26 138 109 7 14 114 4.92

先発での活躍を期待される若手左腕。高卒1年目に颯爽とデビューしたが、近年はいいところを見せられず停滞が続いている。
甲子園には無縁だったが、ドラフト時には高校生左腕bPの高評価。高校生ドラフト1巡指名でプロ入りとなった。まずは体作りと思っていたが、5月に昇格で予想以上に早いデビュー。さらに初先発で6回1失点の好投を見せ、3度目の先発でプロ初勝利。八木・金村を欠いた先発陣に一気に割って入った。7月には完封勝利も記録し、シーズン4勝と高卒1年目としては上々のデビュー。新たな若手の有望株に。
スピードも最速140km台中盤から後半となかなかのものだが、それ以上にカーブの切れが際立つ。制球は粗っぽかったが、これが当初は荒れ球効果をもたらした。ただ夏場からは捉まり始め、オールスター以降の防御率は4点台後半と失速。
そしてボール球を見られるようになり、以降は苦しい投球が続いている。08年は開幕ローテーション入りして2勝も防御率6点台の不安定な内容で5月中旬に二軍落ち。以降再昇格なく終わった。09年は終盤までずっと二軍。9月に昇格して3試合先発するも1勝も出来ず。10年何度も登録されては先発登板したが、全く結果を出せず。4敗を喫し、前年からの連敗を6に伸ばしてしまった。終盤はリリーフで起用され、ここではまずまず。それでも先発での失点が多すぎ、通年防御率は7点近くに。
昨年も引き続き先発を期待され、何度もチャンスを与えられたものの結果は伴わず。好投して報われなかったという試合もあったが、5連敗を喫してシーズンを終えた。勝ち星に丸3年見放され、09年以来3年越しで11連敗中。
前年減らした四球がまた増え、課題は一向に改善されない。好投があったといっても5回持たずに降板という試合のほうが多く、これでは一軍定着は難しい。二軍では抜群の結果を残し、イースタンの最多勝(タイ)・最優秀防御率・最高勝率の三冠受賞。ボールの力は上でも充分通じるものを持っているのだが。

吉野 誠

ワンポイント、急変型

左投左打
大宮東高〜日大 阪神00ドラフト2位〜07、オリックス08〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 オリックス 43 0 1 3 0 5 32 29 4 27 6 5 0 13 3.66
09 オリックス 12 0 0 1 0 0 12 14 1 8 8 3 0 10 7.50
10 オリックス 4 0 0 0 0 0 1 2/3 5 0 1 2 1 0 5 27.00
11 オリックス 50 0 0 0 0 12 30 1/3 33 0 26 3 0 0 4 1.19
通算 12年 299 0 2 10 1 19 230 239 19 185 77 26 4 102 3.99

ワンポイント中心のリリーフ左腕。近年不調に喘いでいたが、移籍の08年持ち直し。
阪神入団時から球種の豊富な実戦的な投手として期待されていたが、煮え切らない面があり当初の信頼感はもう一つ。すべてにおいて「そこそこ」という印象だった。しかし3年目の02年にサイドスローに転向することで激変した。素直だった球筋に角度がつき、豊富な球種を活かせるようになった。この年1点台の防御率で自信を深め、そして圧巻の活躍は翌03年。防御率こそ悪化したが56試合と自己最多の登板数を記録し、ワンポイントに留まらない存在感を示した。特に被打率の低さは優秀で、日本シリーズでもダイエー打線を寄せ付けず。大量に入団した左腕投手はライバルにすらならなかった。
かつての頼りないイメージは完全に払拭したと言える活躍だったが、翌年は逆方向に急変。調子の上がらないままシーズン入りし、自信のなさははっきり投球に表れてしまった。崩れたフォームは修正が利かず、すべての球を打ち込まれて散々のシーズンに。1割台だった被打率は5割超まで悪化。信じられない豹変振りで、せっかく築いてきた信頼も雲散霧消してしまった。
ほんの微妙な違いがここまで大きな不振になってしまった。これ以降はすっかり影が薄くなり、06年は終盤に投げたのみ、初めて登板数は一桁に。復調を期した翌年もさらに登板数を減らしてしまった。左打者に4割打たれてしまってはどうにもならず、ほぼ二軍暮らしに。
完全なジリ貧状態となっていたが、オリックス移籍でようやく持ち直してきた。チームでは左腕リリーフとして菊地原に次ぐ存在となり、登板数大幅増。大活躍の03年以来5年ぶりに40試合以上登板を果たした。防御率こそ平凡も、左打者を2割2分に抑えてなかなかの内容。
この状態を維持できず翌年はまた不調。苦しい投手事情から8年ぶりとなる先発機会もあったが、ずっとショートリリーフオンリーだった投手にこれは明らかに無茶な起用だった。6失点して2回持たずにKO。それ以外もパッとしない投球で後半はほとんど二軍暮らし。10年はさらに落ち込み、被打率5割以上と派手に打ち込まれた。登板数4試合は自己最少。
しかし昨年は不調から抜け出し復調を果たした。開幕から左のショートリリーフとして重用されフル回転。接戦にも起用され、シーズン通してリリーフ陣の一角に座り続けた。8年ぶりに登板数が50に乗り、1点そこそこの好防御率を記録。
左の1番手として復活のシーズンだったが、被打率は2割8分、左に限定しても2割7分とそれほど良くない。出した走者を後続のリリーフが還さなかっただけという見方も出来、この防御率ほどの内容だったかは微妙なところ。このところ登板数が激増しては数年沈むというサイクルになっているが、今度は調子を維持するためにも内容はもっと改善したい。

由規 (佐藤 由規)

快速先発、エース候補型

右投左打
仙台育英高 ヤクルト08ドラフト(高)1巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ヤクルト 6 0 2 1 0 0 29 2/3 21 4 28 8 2 3 15 4.55
09 ヤクルト 22 0 5 10 0 0 121 109 9 91 57 5 5 47 3.50
10 ヤクルト 25 2 12 9 0 0 167 2/3 158 11 149 74 8 8 67 3.60
11 ヤクルト 15 3 7 6 0 0 100 2/3 84 6 83 41 8 5 32 2.86
通算 4年 68 5 26 26 0 0 419 372 30 351 180 23 21 161 3.46

次代のエースと目される若手投手。順調な成長で10年二桁勝利を挙げ、将来のチームを支える期待の存在。
高校3年の夏の甲子園で、球場計測史上最速となる155kmを計時。中田(日)・唐川(ロ)とともに「高校BIG3」と称された。当然高校生ドラフトでは目玉で、5球団が競合の末抽選でヤクルト入り。
その期待は非常に高く、早い内から一軍起用が検討されていた。1年目は二軍スタートも8勝でイースタン最多勝タイ。シーズン後半には一軍昇格し、いきなり先発登板。そこでは2回途中でKOされるも、続く登板では6回3失点でプロ初勝利。最終的に6試合登板5試合先発で2勝という結果を残した。
コンスタントに150kmを越せるスピードとスライダーが軸の速球派。期待はさらに高まり、2年目は開幕2戦目からローテーション入りで完全に主力としての起用に。オールスターまでに5勝と大飛躍を予感させたが、しかし7月頭の勝利を最後に、以降シーズン終了まで6連敗。自身のものを含むエラー絡みの失点が目立ち、防御率は3点台にまとめるも10敗と大きく負け越し、新人王争いから大きく脱落してしまった。
経験の浅さを露呈した格好で、翌10年もスタートは悪かった。チームの不調と歩調を合わせ、5月末時点で防御率5点台半ば、1勝5敗と冴えない状態。しかしチームの空気が一変した6月から4連勝をマーク、ここから大きな躍進を見せた。夏場にはプロ初完投、完封も記録し、後半は8勝4敗と勝ち越し。初の二桁となる12勝を挙げ、一気に中心投手の一角に入るシーズンとなった。6月以降の防御率は2点台で、援護も増えたが内容も格段に向上。
昨年は初戦に敗れた後4連勝。5月末までに5勝とチームの快進撃を支える活躍。しかし6月最初の登板で脇腹を痛め降板し離脱。復帰は球宴開けにずれ込み、2ヵ月近く戦列を離れた。夏場は先発で回転も、9月前半今度は肩の不調で抹消され終盤は不在に。相次ぐ故障で結局シーズン7勝に留まった。
結果的にシーズンの半分ほどを離脱ということになってしまった。躓く形にはなったが、まだ若く能力は間違いなく一級品。石川・館山の次を担う存在として、今季は再び二桁の期待がかかる。

吉見 一起

エース右腕、バランス型

右投右打 最多勝(09,11)、最優秀防御率(11)、ベストナイン(11)
金光大阪高〜トヨタ自動車 中日06希望枠〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 中日 35 3 10 3 0 10 114 1/3 118 11 82 25 4 1 41 3.23
09 中日 27 5 16 7 0 1 189 1/3 166 10 147 33 3 6 42 2.00
10 中日 25 1 12 9 0 0 156 2/3 159 19 115 25 5 5 61 3.50
11 中日 26 5 18 3 0 0 190 2/3 143 8 120 23 4 0 35 1.65
通算 6年 122 14 57 23 0 11 679 621 54 488 116 16 13 195 2.58

左のチェンと左右の両輪となる中日のエース右腕。08年の急台頭以降中心投手に定着。
社会人で評価を上げて希望枠入団。ただ肘の手術を経たこともあって即戦力とはいかなかった。それでも終盤に先発でプロ初勝利を記録。期待された2年目だったが、散々に打ち込まれて結果を残せず。シーズンの大半を二軍で過ごすこととなった。
2年で登板数9と当初は苦しんでいたが、3年目の08年に大躍進。オープン戦無失点投球で開幕一軍入りすると、いきなり2連続完封の快投を見せ、開幕から24イニング連続無失点で大いに脚光を浴びた。さらに進撃は続き先発5連勝、交流戦からリリーフに廻ってさらに3連勝、6月末まで無傷の開幕8連勝を記録。7月に入ると急失速し、さらに右肩故障で離脱と後半は苦しんだが、終盤復帰後は立て直して二桁勝利を達成。
140km台後半の速球に豊富な球種を持つバランス型の投手。三振をガンガン取るというタイプではないが、重心の低い安定感のあるフォームで非常に丁寧なピッチングを見せる。制球も安定し穴の少ないタイプ。
そして09年はさらに成長を遂げ、先発の軸に。開幕から安定した投球で快進撃。前半で7勝を挙げると後半はさらに勝ち星を積み上げ、16勝で館山と並び最多勝獲得。防御率も2点ちょうどとタイトル級の優秀な成績を残し、チェンと左右の二枚看板としてチームを牽引した。年間通して安定した投球を展開。
もうすっかり安定戦力となり、開幕投手となった10年も4月から5月半ばにかけて6連勝をマーク。後半やや失点が増え、最終的に3点台半ばと前年よりだいぶ数字を落としたが、12勝を挙げた。オフに手術したことで若干開幕に遅れた昨年だったが、復帰するとエースとして安定した働き。特に8月半ばからは連勝街道に突入しチームを押し上げる活躍。最後の救援勝利を含めてシーズン終了まで10連勝をマーク。逆転優勝の大きな原動力となった。自己最多の18勝で内海と並び2度目の最多勝、そして防御率タイトルも獲得。
優勝を争ったヤクルトから4勝というのが光る。これで4年連続二桁勝利となり、リーグを代表する先発の一人となった。チェンが抜けた今季は一本柱としてチームを支える活躍を期待される。08年以来の横浜戦の連勝は11で止まったものの、昨年も4勝をマーク。

吉見 祐治

長身左腕、便利屋型

左投左打
星林高〜東北福祉大 横浜01ドラフト2位〜10途中、ロッテ10途中〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 41 1 3 6 0 7 86 2/3 96 15 56 28 6 2 51 5.30
09 横浜 27 0 3 4 0 1 88 1/3 93 11 73 28 4 3 42 4.28
10 横浜 1 0 0 0 0 0 1 1/3 5 0 0 1 0 0 4 27.00
ロッテ 21 1 6 7 0 0 88 2/3 111 10 76 30 5 4 51 5.18
11 ロッテ 24 0 1 3 0 1 46 56 3 34 19 1 5 19 3.72
通算 11年 254 11 43 59 0 12 957 1086 141 689 319 39 33 516 4.85

横浜時代はエースにという期待もあった左腕。2年目の02年に飛躍を果たし11勝、惜しくも逃したが新人王を石川(ヤ)と激しく争った。
身長188cmの長身から、角度のあるボールが魅力。特に緩急のコンビネーションが持ち味で、100km未満のチェンジアップやスローカーブを駆使し、ストレートとの速度差は50kmにも至る。大学屈指のサウスポーとして大いに期待されての横浜入り。
1年目は即戦力の期待も空しくわずか7試合の登板に終わったが、翌年急台頭。低迷するチームにあって孤軍奮闘し、唯一の二桁勝利投手となった。ヒットを許してもなかなか崩れない粘り強さで防御率も3点台。これで左腕エース誕生、と大いに期待され、当然のごとく先発の軸に指名された。
しかし開幕投手にも選ばれた03年大不振。春先から先発しては早々にKOの繰り返しで3勝10敗と大きく負け越し、防御率に至っては8点台の惨状。チームの構想は完全に瓦解してしまった。そしてこれ以降は煮え切らないシーズンが続くことに。04年は7勝で勝ち越すも防御率5点台。05年は故障で4勝止まりに終わった。なかなかもう一皮がむけてこない。
06年援護に恵まれなかったこともあって2勝止まりに終わると、以降はリリーフでの登板が多くなり、便利屋的起用に。ただ内容はパッとしないままで、07年は終盤の先発で大炎上し防御率は4点台。二軍スタートながら自己最多の登板数を記録した翌年も、防御率はさらに落ちて5点台に終わった。09年は多少上向き、リリーフでまずまずの投球を見せた後先発登板。ただ先発時の防御率は4点台後半で、結局3勝まで。それほど印象を変えることは出来なかった。
停滞続きのまま中堅となり、10年も開幕直後に先発したものの2回持たずにKOされ二軍落ち。しかし5月金銭トレードでロッテに移ると、久しぶりにいいところを見せた。交流戦で昇格すると古巣相手に零封など先発連勝。6月になると派手に崩れ4連敗したが、8月にはまた3連勝。出入りは非常に激しかったもののシーズン6勝をマークした。5勝以上したのは実に6年ぶり。
ただトータルでは5点台の防御率で、特に先発時は不安定そのもの。昨年も交流戦の時期に先発していたが1勝3敗と結果は残せず、前半は二軍が長かった。良くなってきたのは7月の再昇格以降、リリーフに専念してから。チームの低迷で目立たなかったが、夏以降は落ち着いた投球を続けた。
あまり勝負強くない投手で、厳しい場面では頼りない。波が激しく、どこかに固定すると不足が目立ってしまうのが難。もう少しコンスタントに力を発揮できるといいのだが。現役投手で最高のシュアな打撃の持ち主だったが、パに移ったことで打席機会がほとんどなくなってしまった。