ら
ダレル・ラズナー
速球右腕、抑え覚醒型
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右投右打 |
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楽天09〜 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
09 |
楽天 |
15 |
1 |
4 |
7 |
0 |
0 |
81 1/3 |
94 |
13 |
52 |
23 |
7 |
0 |
55 |
6.09 |
10 |
楽天 |
26 |
1 |
5 |
11 |
0 |
0 |
152 2/3 |
154 |
13 |
118 |
58 |
9 |
7 |
76 |
4.48 |
11 |
楽天 |
34 |
0 |
3 |
4 |
17 |
1 |
53 |
52 |
1 |
46 |
16 |
0 |
1 |
12 |
2.04 |
通算 |
3年 |
75 |
2 |
12 |
22 |
17 |
1 |
287 |
300 |
27 |
216 |
97 |
16 |
8 |
143 |
4.48 |
来日3年目の昨年、途中から抑えに廻って急上昇の外国人右腕。期待外れの先発時代から一転、チームの弱点を補う重要戦力に。
08年メジャーで20試合に先発し5勝、3Aでは3シーズンで9勝負けなし、防御率1点台という好調な状態で09年楽天入り。実績からも期待は先発要員で、戦力として大いに期待されたが、初登板は4回に突如崩れてKO。続く登板は1失点完投で来日初勝利も、その次はまた4回持たずにKOと非常に波の激しい投球。4月に2勝も5月は勝てず、6月前半には二軍落ちとなった。再昇格した終盤も状態はあまり変わらず、シーズン4勝と期待外れの結果に終わった。
スピードのある癖球を軸とし、カットボールを始めとして球種も豊富なタイプ。いい時と悪い時の差があまりに大きく、安定感が全くない。投げてみなければ判らない投球で、ローテーション投手としてはかなり問題。自滅するほどの制球難ではないがいいというほどでもなく、ちょっと被弾も多め。
強調材料に乏しい内容だったが10年も残留。しかし開幕から3連敗、一つ勝った後4連敗と序盤はさっぱりで大幅に負け越し。ローテーション落ちも時間の問題かと思われた。ところが6月に入ると内容が一変。援護に恵まれず勝ち負けはつかなかったものの好投が続き、好調は夏場も持続。終盤また調子を落として最終的に二桁11敗、防御率も4点台半ばと微妙な成績に終わったが、一時期はなかなかの安定感も見せた。
昨年も当初は先発で、相変わらず安定感に欠け、さらに5月半ば足を痛めて降板し離脱。ところが7月に復帰すると、抑えに廻る大幅な配置転換。そしてこれが見事にはまった。ポンポンとセーブを重ね、以降すっかりクローザーに定着。4ヶ月で17セーブを挙げ、長年のチームの課題を解消する活躍を見せた。
リリーフに廻ってグイグイと力で押す投球を展開、内容は別人のように変わった。先発で3割だった被打率は1割減、奪三振率は6から8に上昇、逆に4を越えていた四球率は1に激減。あらゆる面で劇的に良化し、まさにはまったという印象。4年目となる今季は初めから抑えとして活躍を期待。
スティーブン・ランドルフ
速球左腕、力勝負型
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左投左打 |
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横浜09途中〜10、11途中 |
年度 |
球団 |
試合 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
セーブ |
ホールド |
投球回 |
被安打 |
被本塁 |
奪三振 |
四球 |
死球 |
暴投 |
自責点 |
防御率 |
09 |
横浜 |
8 |
1 |
5 |
2 |
0 |
0 |
55 |
33 |
2 |
59 |
34 |
4 |
0 |
12 |
1.96 |
10 |
横浜 |
16 |
0 |
2 |
9 |
0 |
0 |
91 |
77 |
9 |
83 |
52 |
3 |
4 |
43 |
4.25 |
11 |
横浜 |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
- |
通算 |
3年 |
24 |
1 |
7 |
11 |
0 |
0 |
146 |
110 |
11 |
142 |
86 |
7 |
4 |
55 |
3.39 |
09年途中に加入し、低迷するチームで一際光る活躍を見せた外国人左腕。力強い投球で終盤先発の軸に。
父が赴任していた関係から出生は沖縄。メジャー通算10勝の実績はあるが、キャリアのほとんどはマイナーで、3A通算49勝10セーブ。07年以降は主にリリーフを務めていた。09年途中横浜と契約し、8月半ばに来日初登板。敗れはしたものの7回途中までで12奪三振、ついでに初打席でホームランという鮮烈なデビュー。8月末に初勝利を挙げると、続く登板では手違いで先発したグリンの後を受け、初回一死から最後まで投げきり毎回15奪三振の「準」完封勝利。最後は正真正銘の完封も記録し、8試合で5勝という好成績を残した。初登板以降のチームの総勝利数は13で、その内4割弱を一人で稼いだことに。
150kmに迫る速球が一番の魅力。とにかく力強い投手で、奪三振率が非常に高い。一方四球もかなり多く粗っぽい投球なのだが、押し切ってしまうパワーの持ち主。被打率は1割7分という低さだった。
この活躍から残留の10年は、三浦の調整遅れもあって開幕投手に。二桁勝利は確実に狙えると目され、軸と期待されたがまさかの大誤算。一転して派手に打たれ開幕6連敗。さらに5月半ばには脇腹を痛め離脱してしまった。6月後半復帰してようやく1勝、その後は投球自体は立ち直ったものの、チームの低迷から勝ちにはつながらず。8月に再度二軍落ちするとそのままシーズンを終えた。2勝9敗と大きく負け越し。
とにかく序盤の状態が非常に悪く、5月までの9試合は3割近い被打率に8被弾と大乱調。復帰後は2点台に抑えていたものの終盤肘の故障もあり一旦戦力外。ところが新外国人リーチが震災の影響から帰国し制限選手となると、開幕後テストを経て再契約。しかし今度は一度も一軍で投げないまま、6月末に解雇と慌しい結果に終わった。
昨年二軍戦4試合の結果は防御率5点。「期待したレベルまで上がってこない」という解雇理由通り悪かったのだが、ならばテストを合格とした判断はどうなのかという話になってしまう。リーチの再来日が決まったため解雇という話にしろ、どうもこの再雇用は補強のポーズを見せただけという風に映ってしまう。ともあれ、すでに37歳という年齢からも再復帰はもうなさそう。