迎 祐一郎

伸び悩み、二軍の帝王型

右投右打
伊万里商高 オリックス00ドラフト3位〜10途中、広島10途中〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 オリックス 35 68 9 0 0 0 9 3 4 4 0 4 0 16 .132
09 オリックス 8 7 2 1 0 0 3 0 1 0 0 1 0 2 .286
10 オリックス 3 6 1 0 0 0 1 0 0 2 0 1 0 0 .167
広島 23 30 4 0 0 1 7 1 0 1 0 0 0 9 .133
通算 11年 185 300 54 3 1 8 83 25 11 19 1 19 3 74 .180

二軍では活躍を見せるも、一軍に進出しきれずにいる中堅外野手。04年に急台頭を見せるも、それ以降停滞が続いている。
高校からオリックス入りし、入団から4年間はほぼ二軍暮らしで、一軍実績はほとんどなし。04年も前半は結果を残せなかったが、後半昇格するとリストの強い打撃で強烈アピール。8,9月の2ヶ月で5ホーマーを放ち、チームでも少ない長距離砲候補として脚光を浴びた。社会人出身の多いチームにあって当時最年少クラスの若さで、4盗塁を記録した脚力も魅力。
将来の中軸候補として期待されたが、台頭しかけたこれ以降足踏み続き。伸び悩み状態となってしまっている。05年は球団合併のあおりでほとんど試合に出られずじまい。06年は若干出場が増えて一発も放ったが、1割ちょうどと結果を残せなかった。
07年も一軍では結果を残せなかったが、二軍では圧倒的な成績を残し、ウエスタンでは10年ぶりという三冠王獲得。これで期待され開幕スタメンの翌年だったが、序盤積極的に起用されるも極度の低打率。結局また一軍にとどまることはできずに終わった。二軍でも低打率に終わり、前年の勢いを持続できず。
長打力とともに脚力もある魅力多い存在ではあるが、こうも期待を裏切り続けては厳しい。09年はシーズンの大半を二軍で、一軍出場は終盤の8試合、それも半分以上が守備での出場という目立たないものだった。昨年も結果を残せず二軍にいたところで5月半ばに広島へトレード。
移籍後は一軍出場機会が増え3年ぶりの一発も放ったが、極端な低打率でアピールできず。二軍では2チーム計で3割4分と高打率だが、上では全くいいところを見せられない。もう年数も10年を越え、このまま二軍の主砲止まりで終わってしまうか。いよいよ正念場。

村田 和哉

小兵外野手、俊足型

右投左打
市立船橋高〜中大 日本ハム08ドラフト(大・社)4巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 日本ハム 15 34 8 0 0 0 8 1 0 3 0 2 1 12 .235
09 日本ハム 44 55 16 1 2 0 21 5 8 2 0 4 0 9 .291
10 日本ハム 19 29 6 0 0 0 6 2 0 3 2 3 0 4 .207
通算 3年 78 118 30 1 2 0 35 8 8 8 2 9 1 25 .254

高い脚力を武器とする若手外野手。主に代走要員として一軍に進出中。
身長165cmと現役では内村(楽)に次いで小さい選手。大学から日本ハム入りすると、1年目まずは二軍でその俊足を発揮。シーズン35盗塁を決め、2位に10以上の差をつける独走でイースタン盗塁王に。一軍でも早い内から使われ、盗塁は3度試みていずれも失敗と壁にぶつかったが、9試合のスタメン出場もあった。
そして2年目の09年は出場機会増加。前年の経験を活かしてオールスターまでに6盗塁を記録し、代走要員として大いにアピール。少ない打席数ながら打撃でも結果を残した。8月以降ペースダウンしたものの、44試合出場で一軍定着に大きく前進。
しかしポジション獲りのチャンスもあった昨年は大きく後退。打撃で結果を残せず、一軍出場はまばらで二軍生活のほうが長くなった。前年より出場数半減し盗塁も決められず。俊足の左打ち外野手というだけではやや個性が薄く、どう特色を出していくかは大きな課題。森本が抜けた今季は勝負のかかる年。

村田 修一

主砲、長距離型

右投右打 本塁打王(07,08)、ベストナイン(08)
東福岡高〜日大 横浜03自由枠〜11、巨人12〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 132 489 158 25 2 46 325 114 0 0 3 55 7 113 .323
09 横浜 93 343 94 16 1 25 187 69 0 0 0 21 5 80 .274
10 横浜 144 565 145 30 0 26 253 88 0 0 3 45 4 124 .257
11 横浜 144 530 134 28 1 20 224 70 0 0 6 44 12 103 .253
通算 9年 1158 4131 1100 219 10 251 2092 732 8 10 39 369 90 1009 .266

横浜の不動の4番を務めてきた大砲。強いリストから放たれる一発長打が最大の魅力。
「松坂世代」の一人で、高校時代は投手として甲子園にも出場したが、大学で野手転向。東都リーグで通算20本塁打を放ち、大学bPの野手として自由枠で横浜入り。かつての主砲・田代の系譜を継ぐ存在と目され、その才能は1年目からいきなり発揮された。開幕一軍入りを果たしてほぼレギュラー定着。この年は二塁での起用が多かった。前半はさほどでもなかったが、9月に10本塁打を量産し、シーズン25本塁打でデビュー。三塁に専念するようになった2年目は、確実性を意識したのか、三振が減った代わりに一発も減少してしまったが、05年再び20ホーマーを突破。
そして翌06年は快調なスタートを切り、大不振の佐伯に替わって6月から4番に定着。30ホーマー100打点の大台突破に成功、名実ともに主砲に定着を果たした。開幕からフルシーズン4番の07年は、オールスターまでに13ホーマーと前半は意外と地味だったが、後半大爆発。8月3割後半に8ホーマーで火がつき、9月以降で13ホーマーを量産。1ヶ月余りで8本差をひっくり返す大まくりで、見事本塁打王のタイトルを獲得した。チームの本塁打王はウッズ以来だが、日本人選手となると59年の桑田武以来48年ぶりという快挙。
年々成績を伸ばし続け、チームが低迷の08年も不動の4番として君臨。7月に4割近い打率と11ホーマーを記録し、五輪代表にも選出。帰国した9月以降に14ホーマーを量産し、自身初の40本台到達。五輪参加で1ヶ月近く不在という大きなハンデがありながら、ラミレスを1本差で振り切り2年連続の本塁打王に輝いた。打点もリーグ2位で、そして初の3割達成。
もはやリーグを代表するスラッガーに成長。しかし持続していた成績上昇は09年再三の故障でストップした。代表出場したWBC期間中に太もも肉離れで途中帰国し、開幕にも出遅れ。さらに夏場また太ももを痛めて約1ヵ月半離脱。プロ入り後初めて出場が100試合に届かず。
そしてこの辺りから少し停滞感も見せるようになった。体調を戻して改めて活躍を期待された10年は開幕から低打率が続き、一発も少なめ。8月3割2分に8ホーマーと復調気配を見せかけたが、例年強い終盤にまた急ブレーキ。4番でフル出場も30ホーマーに届かず、冴えないシーズンに終わった。昨年も4番サードでフル出場、統一球でも20本塁打をクリアしたが、夏場に長いスランプ。また得点圏打率1割台と主砲としては期待はずれの数字で、下位に沈むチームを押し上げる働きは出来なかった。
年々成績を伸ばしていた一頃から見ると、ここ数年は少し物足りないところで落ち着いてしまった感がある。オフにFA宣言し、今季は巨人へ移籍。ここでの環境の変化が吉と出るかどうか。昨年広島戦にはかなり相性が悪かった。