陽 岱鋼 (ヨウ・ダイカン) (仲壽)

外野台頭、発展途上型

右投右打
福岡第一高 日本ハム06ドラフト(高)1巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 日本ハム 44 111 16 0 1 2 24 4 1 4 1 6 1 31 .144
09 日本ハム 15 11 2 0 0 0 2 0 0 1 0 1 0 3 .182
10 日本ハム 109 253 62 12 3 2 86 31 8 10 2 12 4 70 .245
通算 5年 223 484 106 20 6 4 150 45 12 19 3 21 6 134 .219

外野に軸足を移して出番急増、レギュラーも見えてきた若手選手。粗削りだがバネの強さが持ち味。
台湾出身で現ソフトバンク投手の陽耀勲(ヤン・ヤオシュン)は実兄。高校から日本でプレーし、高校生ドラフトを経てプロ入りとなった。高校屈指のショートとして指名競合、運営の不手際で交渉権確定球団が間違って伝えられるという一幕もあって話題に。期待は非常に大きく、1年目も出場はなかったが一軍昇格を経験。2年目は早い内から一軍に抜擢され、サードやショートで先発機会にも恵まれた。一発こそ出なかったが随所に能力の高さを見せ、2年目としては上々のデビュー。
身体能力の高さが評価されていた選手で、将来のレギュラーを期待される。ただ3年目も積極的に起用されたが粗さが強く結果は出なかった。サード・ショートで序盤スタメン起用、2ホーマーを放つも低打率で二軍落ち。8月の再昇格後も19打数ノーヒットと結果を出せず。09年はシーズンのほとんどを二軍で過ごし、ファームでは14ホーマーを放ったものの一軍出場は大幅減。
登録は内野手のままだが、守備面の課題が多いため09年から実質的には外野転向。ちょっと停滞感も出ていたが、改名して挑んだ昨年大きく前進。長年不動だった稲葉が体調の問題から一塁やDHに廻ることが増え、序盤から積極的に外野で起用された。打撃はなかなか結果が出なかったものの、出場を重ねるうちに徐々に上昇。終盤9月は3割と好結果を残し、2割がやっとという状態だった前半から打率をだいぶ上げてきた。初の100試合出場で準レギュラークラスに台頭。
5年目の成長で一軍定着に成功。固め打ちしたかと思えば沈黙、西武・オリックス戦には3割でもソフトバンクには1割台、ロッテには1割未満と打撃は非常にムラッ気が強いが、まだこれからの選手。タイプとしても外野のほうが向いていそうで、今季はポジション確保の可能性も充分。

横川 史学

スラッガー候補、伸び悩み型

右投左打
常総学院高〜青学大 楽天07ドラフト(大・社)4巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 楽天 55 140 32 3 0 4 47 15 2 2 0 11 0 37 .229
09 楽天 5 17 2 0 0 0 2 1 0 0 0 3 0 6 .118
10 楽天 4 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 5 .000
通算 4年 64 164 34 3 0 4 49 16 2 2 0 14 1 48 .207

長打力が魅力の外野手。08年一軍進出を果たしたが、以降2年は停滞。
高校時代は内野手として甲子園出場。大学で主砲として活躍しプロ入り。1年目は一軍出場はなかったものの二軍ではレギュラーとして積極的に起用された。成績は芳しくなかったものの、オフのウインターリーグで活躍。
2年目も開幕は二軍スタートも、5月初めに昇格。初出場スタメン抜擢でいきなり攻守に活躍を見せ、これ以降一軍定着。5月は3割の好成績を残した。日程が進むにつれ打率が大きく落ち込んでいったが、オールスターまでに4ホームランも記録。大きな前進のシーズンとなった。
貴重なスラッガー候補で強肩も評価される選手。たださすがに粗削りで、変化球への対応力がかなり低い。打率がどんどん急降下していったのはその点を見抜かれたためで、終盤は二軍で過ごすこととなった。
それでもパンチ力を買われ、09年は開幕一軍入り。しかし5試合すべて先発出場したがわずか2安打と結果を残せず、序盤で二軍落ち。さらには故障で、後半は二軍でも試合出場がなかった。昨年も序盤一軍で3試合のスタメン機会があったものの、1安打も出来ず二軍落ち。以降はずっと下で過ごし、出番はさらに減ってしまった。
二軍ではチームトップタイの12ホーマーと中心打者だが、一軍ではさっぱり通用しなくなってしまい、狭間で苦しんでいる。この辺りでもう一度巻き返せないと二軍止まりで終わる危険性も。

由田 慎太郎

巧打者タイプ、平凡型

左投左打
桐蔭学園高〜早大 オリックス04ドラフト8巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 オリックス 7 10 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 6 .100
09 オリックス 12 11 2 0 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 .182
10 オリックス 17 15 1 1 0 0 2 0 0 0 0 0 0 4 .067
通算 7年 70 70 11 1 0 1 15 5 1 3 0 5 0 19 .157

一軍入りを狙う左の外野手。現状ではまだほぼ二軍選手の立場で、なかなか突き抜けてこない。
大学では青木(ヤ)、鳥谷(神)らと同期。レギュラーとして活躍し、首位打者や打点王などのタイトルも獲得してきた。8巡とかなり低い指名順位でのプロ入り。
バランスの取れた巧打者タイプで、二軍では安定した成績を残している。3年目の06年一軍初登場も低打率に終わったが、翌07年5月にプロ初ホームランを記録。わずかながら成績を伸ばしてきた。
ただ何でもやれそうな反面、あまりにも特徴に乏しいタイプ。二軍の安定も突出した部分がなく、常に標準といった数字。08年一軍出場わずか7試合と一歩後退すると、以降も二軍から脱しきれない。09年は終盤に12試合出ただけで終わり、昨年も何度かチャンスがありながら1安打しかできず。
昨年二軍では3割マークしたが、一軍では明らかに力不足という状態。走守に特徴なく、打撃面で大きなブレイクスルーがないとかなり厳しい。もう中堅の年齢で、今季は正念場のシーズン。

吉村 裕基

スラッガー、急失速型

右投右打
東福岡高 横浜03ドラフト5巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 142 530 138 30 4 34 278 91 9 2 1 30 11 135 .260
09 横浜 144 528 131 26 2 16 209 54 13 0 4 45 11 134 .248
10 横浜 49 132 27 4 0 3 40 11 0 1 3 5 0 41 .205
11 横浜 81 220 44 8 1 5 69 11 0 2 1 15 7 59 .200
通算 9年 684 2356 611 114 12 109 1076 322 32 10 16 137 45 589 .259

高校時代から評判だった打力を大きく開花させたスラッガー。中軸打者として急成長を見せたが、近年急失速で伸び悩み。
高校の先輩・村田とは同期入団。下位指名だが、その打力は非常に評価されていた。1年目二軍で12ホーマーを放ち、一軍でもプロ初ホームラン。2,3年目は一軍の出番こそ乏しかったものの、二軍ではいずれも二桁ホームランを記録。
そして開幕一軍入りを果たした06年は、故障欠場の多い多村の代役として先発機会が急増。そのチャンスに結果を残し、大飛躍のシーズンとなった。5月に3割7分の高打率でレギュラーに定着。死球骨折で6月に離脱も、復帰後も勢いを維持して8月は10ホーマーを量産。3割26ホーマーの好成績で、新人王候補にも挙げられた。4年目に一気の大ブレイク。
思い切りのいいスイングから放たれる一発が何よりの魅力。400打席で四球はわずかに10という辺りに、荒々しいまでの勢いを感じさせた。後半も落ちずに3割を維持し続けたのは立派。
07年は守備位置を一塁に固定。打率も本塁打も下がってしまったが、ほぼフル出場で20ホーマーをクリア。そして足と肩を活かすべくライトに廻った翌年は、一発を大幅に増やしてきた。前半2割台前半と低打率に苦しんでいたが、7月に入ると高打率で復調。村田不在の五輪期間は4番も務め、シーズン30ホーマーをクリア。前半の不振が響いて打率低下、三振大幅増と粗っぽかったものの、大砲としての存在感を見せた。
ここまで順調な成長で中心打者の一人となったが、09年停滞。序盤打率はそこそこも打球が上がらず、交流戦までに2ホーマーという状態。交流戦24試合で7ホーマーを放ちペースが上がってきたかと思いきや、後半は完全な不振に。前年より一発半減、シーズン打率も大きく落とした。打順も中軸をはずれ6番がメイン、7月には一時期1番を打っていたことも。
そしてこの年を境に長い不振のトンネルに突入することに。10年は前年来の不振から抜け出せず、5月前半に一旦二軍落ち。再調整を経ても状態は一向に上向かず、8月前半に再度二軍落ちするとそのままシーズンを終えてしまった。辛うじて2割を越す打率で、4年続いていた二桁本塁打もストップ。出場49試合、先発32試合に留まりポジション失陥。昨年は開幕直後非常に好調で、待望の復調かと思わせたが、5月に入ると急降下。ポジションは維持できず、打撃の状態は落ち込む一方となった。打席数こそ若干増えたものの内容はほとんど変わらず、スランプ継続。
勢いのみで駆け上がってきた分、躓いた時の修正が出来なかったか。もがく中で打撃フォームや構えも二転三転し、本来の形も見えにくくなってしまっている印象。3年も不振が続くと活躍も完全に過去のものになってしまう。今季こそは復調の兆しだけでも欲しいところ。

吉本 亮 (龍生)

元ドラ1、一軍半型

右投右打
九州学院高 ダイエー/ソフトバンク99ドラフト1位〜08、ヤクルト09〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 ソフトバンク - - - - - - - - - - - - - - -
09 ヤクルト 32 25 9 2 0 1 14 6 0 6 0 2 0 2 .360
10 ヤクルト 22 28 6 3 0 0 9 2 0 1 1 1 0 7 .214
通算 12年 149 238 54 15 0 1 72 34 1 16 3 9 2 58 .227

ドラフト1位でプロ入りの内野手。期待は大きかったもののこれといった実績を残せず、一軍半に留まっている中距離打者。
松坂世代屈指の強打者としてダイエーにドラフト1位入団。入団当初は順風で、3年目の01年には二軍で本塁打・打点の二冠王。「将来の主砲」として期待は大きく、視界良好と思われた。しかしそこから伸び悩み。二軍での成績もパッとしなくなり、期待値もだいぶ低下。
それでも04年は薄くなった選手層から積極的に起用され、ようやく一軍半レベルまで進出。代打で意外な勝負強さも見せ、56試合に出場、打席数も100越えとどうにか足がかりは得た。しかし確実性を求めて選択した流し打ちのスタイルはあまりに窮屈で、コースの内外を問わず軸足を引いて打ち損じの多さが目立った。打率は2割と伸びず、一軍に定着するところまではいかなかった。
結局このスタイルは放棄し、05年は再び打撃を修正。二軍でリーグ2位の打率を残して少し持ち直してきた。しかしこれも一軍進出には結びつかず、出場は一桁続き。ファームで好成績を残してももはや「二軍の帝王」の評価を強化するばかり。そして08年は二軍で2割1分に2ホーマーと大低迷。これでは到底一軍にも呼ばれず、シーズン後とうとう戦力外となってしまった。
09年ヤクルト入りも前半は二軍、そこでも成績は良くなかった。しかし後半一軍昇格すると機会は少ないながらも打撃で好結果。そして8月には11年目にして待望の一軍初ホームラン。結果30打席ほどではあるものの3割6分という高打率をマーク。
崖っぷちで踏み止まったが、足が遅く守備に難があるのが厳しいところ。昨年前半はそこそこ出番があり、対左腕の先発出場もあったが、それほど結果を残せず。後半はほとんど二軍で過ごし、出場数は前年より減少。一軍半から抜け出すことはできなかった。
起用の幅が狭いタイプで、ホークス時代にチャンスが増えなかった原因がそこにある。打撃でアピールする他はなく、右の代打として売り込みたいところ。微妙な立場は変わらず、今季はまた正念場のシーズン。

米野 智人

元正捕手候補、逸機型

右投右打
北照高 ヤクルト00ドラフト3位〜10途中、西武10途中〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 ヤクルト 16 10 1 0 0 0 1 1 0 1 0 1 1 1 .100
09 ヤクルト 11 18 5 0 0 0 5 0 0 1 0 0 0 4 .278
10 西武 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 11年 247 576 120 17 1 12 175 53 3 22 4 35 6 141 .208

ヤクルト時代の06年正捕手を掴みかけた選手。しかしチャンスを活かしきれず、近年はジリ貧状態。
高校球界有数の捕手としてヤクルト入り。入団当初から「ポスト古田」と目され、2年目に一軍初出場。その後しばらくは二軍で育成されたが、05年スタメン機会が増加。そして翌年、古田が兼任監督となると後継候補として大きくクローズアップされるようになった。その古田が開幕から不調とあって、いつしかスタメンマスクはほとんど米野が被るように。初めて100試合以上に出場、99試合で先発と事実上正捕手と言える存在となった。1年間一軍にいたのもこれが初めてで、大抜擢のシーズンに。
抜擢はされたが技術的にはまだ未熟な面が強く、せっかくの肩も送球が逸れ気味であまり活かせず。それ以外の部分も頼りなさを見せたが、これまで苦労していた打撃面で進歩を見せるなど可能性も感じさせた。
しかし翌年大きく後退。序盤こそ前年同様福川と競り合っていたが、打撃低調に加えて守備面でも信頼を掴めず、6月からは出番激減。さらに川本の台頭に押されて後半は完全に二軍暮らし、先発出場23試合で捕手としては3番手に後退した。そして翌年はさらに出番減少。故障での長期離脱もあって、ポジション争いからは遠く離されてしまった。
09年相川が加入したことでさらに影が薄くなり、シーズンの大半を二軍暮らしで控えにも留まれず。昨年二軍にいたところで6月に西武へトレード。しかし移籍でも状況はあまり変わらず、7年ぶりに一軍出場なく終わった。07年から続くジリ貧を止められず。
昨年二軍戦では一塁での出場も多く、ファームの正捕手も掴めていない。この辺りで再度奮起したいところだが。せめて控え捕手の座は争う位置にいたいところ。