横浜ベイスターズ

00 稲田 直人

ユーティリティ、万能型

右投左打
広陵高〜駒大〜NKK〜JFE西日本 日本ハム04ドラフト4巡〜09、横浜10〜11、楽天12〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 日本ハム 99 185 41 1 1 0 44 12 3 18 0 6 2 13 .222
09 日本ハム 65 65 18 3 0 0 21 7 1 0 0 2 0 7 .277
10 横浜 22 21 6 1 0 0 7 1 0 1 0 2 0 3 .286
11 横浜 61 42 10 1 0 0 11 2 0 0 0 0 0 11 .238
通算 8年 363 536 136 11 4 0 155 39 4 31 3 18 3 71 .254

日本ハム時代の06年後半に台頭してきた内野手。攻守両面での汎用性の高さが光る選手。
社会人では遊撃手として活躍し、日本ハム入り。即戦力の期待もあったが、当初2年は完全な二軍暮らし。1年目からファームで規定打席到達も、打力の弱さがネックとなっていた。2年目も昇格できず、年齢的にもこれ以上の停滞は出来ない状況に。
06年も前半は二軍暮らしだったが、成績がこれまでと一変。3割5分という高打率をマークし、6月に待望の一軍昇格を果たした。そしてそのまま最後まで一軍定着。木元の故障などで空いた三塁に座るように。派手な成績ではないが大きな前進のシーズンとなった。
アマチュア時代からソツのなさを評価されていた選手で、堅実なプレースタイル。07年は序盤低調もその後巻き返し、さらに出番を大きく増やした。一塁、或いは三塁で先発出場も多数。下位打線の脇役として戦力に。
08年出番は増えたが打撃低調で、三塁を争っていた小谷野に水を開けられることに。これで翌年はほぼ控えに固定されたが、代打或いは守備固めとして出場し、代打では25打数10安打の高成功率。この成績以上にベンチのムードメーカーとして知られ、出場数自体は前年より減少でも存在感を増したシーズンだった。
3対3のトレード成立で10年は横浜へ。序盤は主に代打で起用された。だが出番はさほど多くなく、途中からノーヒットが続いて5月末に二軍落ち。後半再昇格してスタメン起用なども長く続かず、間もなくまた抹消。結局シーズンの大半を二軍で過ごし、一軍登場の06年以降では最少の出場数に終わった。移籍2年目はもう少し出番は増え、61試合に出場。夏場に調子を上げ、代打では29打数8安打と良さも見せたが、全体的にはあまり目立たないまま。終盤は二軍となり、シーズン後戦力外に。
内野4ポジション可能な選手だが、昨年は一塁以外守る機会がなかった。横浜での2年間はもうひとつかみ合わなかったという印象。楽天に移る今季は、影が薄くなっていることもあり正念場のシーズン。

 0 山崎 憲晴

守備型内野手、貧打型

右投右打
埼玉栄高〜横浜商大 横浜09ドラフト3位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
09 横浜 69 107 20 1 0 1 24 8 2 8 0 12 1 36 .187
10 横浜 49 35 6 2 0 0 8 2 0 0 0 1 0 9 .171
11 横浜 21 38 4 0 0 0 4 1 0 1 0 2 0 14 .105
通算 3年 139 180 30 3 0 1 36 11 2 9 0 15 1 59 .167

1年目から開幕スタメン出場を果たした内野手。様々なポジションを守るユーティリティとして多くの出場機会を得た。
大学時代はチームリーダーとして活躍し、国際試合にも出場。実戦的な内野手としてドラフト3位で横浜入りすると、出遅れた村田の代役として開幕戦三塁先発出場、その試合でいきなり3安打の鮮烈なデビューを飾った。後が続かず5月に二軍落ちしたものの、夏以降再昇格で一軍定着。終盤は左投手相手の二塁先発などで起用され、トータル69試合の出場で上々のデビュー。
デビューの三塁に加え、本職の二塁・遊撃でも多く出場し、1年目から内野全般を守る万能型として存在感を見せた。ただやはり打撃の弱さは否めず、強烈なデビュー以降はずっと低調で2割に届かなかった。また守備面も手堅いとまではいかず、守備機会の割に6失策は少し多かった。
2年目は前半ほぼ二軍で、前年より出場数減少。それでも夏以降は主に二塁の守備固めで起用され、ある程度の出番は得た。相変わらず打撃は弱かったものの今度は無失策。しかし出場機会は減り続け、昨年はさらに半減しシーズンの大半を二軍暮らし。限られたチャンスも相変わらずの貧打でアピールできず。
二軍が長かったため必然的に下でレギュラー格となったが、規定打席に到達して2割に届かず。上では1割を越えるのがやっとという低打率以上に、40打席程度で14もの三振を喫しているのが痛い。非力さはともかくもう少ししぶとさを発揮できないと。またわずか21試合の出場で4失策では売りがなくなってしまう。攻守全般にレベルアップが必要。

 1 金城 龍彦

ベテラン外野、隔年型

右投左右打 新人王(00)、首位打者(00)、Gグラブ(05,07)
近大付高〜住友金属 横浜99ドラフト5位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 136 489 121 16 1 9 166 41 0 6 2 32 3 64 .247
09 横浜 118 312 88 21 2 9 140 34 1 5 1 18 5 44 .282
10 横浜 96 130 27 7 0 1 37 10 0 4 0 15 0 17 .208
11 横浜 108 324 88 13 1 3 112 29 1 6 5 16 3 35 .272
通算 13年 1519 5077 1436 222 18 94 1976 517 34 128 30 379 44 628 .283

2年目の00年首位打者となり、以降常に主力となってきたスイッチヒッター。外野の要として攻守両面で中心的立場に。
社会人までは投手だったが脚力を活かすためプロ入りと同時に野手に。転向間もないということで1年目はわずか6試合2安打に留まったが、2年目に目覚しい躍進を遂げた。俊足を活かした「転がす打撃」で高打率を終盤まで維持し、同僚のローズをかわして首位打者獲得。内野をやったり外野をやったりと守備位置すら固まらない状態ながら、彗星のごとく現れいきなりタイトルに。新人王にも選出。
ただあまりに急激な躍進で、反動も大きかった。翌年3割を切ると、続く02年は極度の大不振。2割に届かぬ低打率に苦しみ、レギュラー失陥の危機に。不振にもがく日々が続いた。このまま落ち込んでしまうかとも思われたが、03年に奮起。それまでの完全な単打狙いをやめ、打撃改造で生まれ変わった。どんな球でも叩きつけていたのを矯正し、16ホーマーと長打も一気に増加。3年ぶりの3割で復活し、これ以降中心打者に落ち着いた。なかなか一定しなかった打順も05年から3番に定着。3年連続の3割に二桁本塁打、05年は87打点を挙げ、中軸として安定した活躍。
払い打つような打撃が持ち味で、内角を巻き込んだ打球はスタンドまで届くことも。非常に勝負強い選手で、先制や逆転といった目立つ場面での活躍がかなり多い。追い込まれても三振は少なく、専念した外野では脚力に強肩で守備力も安定。攻守両面で中心選手に。ただ俊足の割に盗塁下手で、03年は17度走ってリーグ最多の13盗塁死。通算でも失敗のほうが多い。
不動のレギュラーだったが近年は波の激しさが目立ってきた。06年は前半こそ良かったものの8月以降2割そこそこと不振に喘ぎ、最終打率を大きく落としてしまった。07年は数字こそ回復させるも出入りが激しく安定せず。そして08年はかなりの不振。スタートこそ良かったものの、5月以降はずっと2割前後の低空飛行。打撃成績すべてにおいて前年より大幅ダウン。
この結果から09年はポジション確定とは言えない状態となり、しかも序盤は依然不振。先発は64試合と大幅に減り、02年以来7年ぶりに規定打席に届かず。しかし後半は3割以上と打撃不振からは脱出。立場としては後退となったが、チームトップの代打起用数で3割7分という好成績を残した。この結果から翌10年はもっぱら代打の切り札として起用されることに。だが前年の好成績を続けることは出来ず。唯一の本塁打を放った5月こそ好調だったものの、それ以外は常に低打率。シーズンでも2割をやっと越える数字に終わった。
森本の加入でさらに立場の厳しくなった昨年は当初控え中心。しかしその森本が不振に喘ぐ一方自身は5,6月好調な打撃を見せ、久しぶりにレギュラーに復帰を果たした。センターを中心に80試合に先発出場し、2年ぶりにシーズン300打席越え。打撃も8月に落ち込んだ分を9月に大きく回復。最後は足を痛めてリタイアしてしまったが、前年の不振から脱出のシーズンに。
ここ数年はだいたいこの辺りの成績を山に上下動を繰り返す隔年傾向が続いている。さすがにベテランということでもう往年の脚力ではなく、際立った部分というのは見出しにくくなっているが、まだまだ打撃技術はレギュラー級。また21打席で17打数6安打という代打成績はらしいというべきか。まだしぶとく働ける選手。

 2 渡辺 直人

俊足ショート、実戦型

右投右打
牛久高〜城西大〜三菱ふそう川崎 楽天07ドラフト(大・社)5巡〜10、横浜11〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 楽天 132 470 118 11 2 0 133 30 34 19 2 54 22 66 .251
09 楽天 125 463 128 24 2 1 159 28 26 19 3 55 7 69 .276
10 楽天 115 355 94 14 1 0 110 26 12 20 1 39 10 43 .265
11 横浜 126 403 107 16 2 1 130 24 7 19 0 36 11 73 .266
通算 5年 617 2101 557 82 8 4 667 134 104 93 8 216 62 294 .265

即戦力として1年目からポジションを掴み、常にレギュラーとして活躍の内野手。攻守ともに実戦的な動きを評価されるタイプ。
社会人からすでに中堅の年齢で楽天入り。アマチュア時代から守備力は高く評価されていた。開幕一軍入りはならなかったが、4月中旬に昇格。すると機敏な守備もさることながら、予想以上に実戦的な打撃を見せ、あっという間にショートレギュラーに。途中からは1番に座るようになり、規定打席到達でチームトップの25盗塁を記録。見事に即戦力となった。
小柄な選手でパワーには欠けるが、バットを短く持ちミートに徹した打撃が特徴。いかにも社会人歴の長い実戦派という印象。また盗塁数の多さもさることながら、成功率も8割以上と高い数字で脚力も発揮。
これ以降はほぼ不動のショートとして安定。08年は打撃の波が激しく、また守備でも16失策とやや精彩を欠いたが、リーグトップの22死球で出塁率はチーム上位だった。09年は序盤非常に打撃好調。5月捻挫で短い離脱があり、そこからしばらく低調な時期が続いたが、8月復調。最終的に打撃成績を向上させた。また守備では失策を大幅に減らし、パ・リーグのショートでトップの守備率を記録した。
ただ10年は序盤打撃不振。特に春先が状態悪く、6失策を犯すなど攻守に冴えなかった。打順は下位が多くなり、スタメン落ちの場面もあったが、6月以降は持ち直し。夏場はなかなか好調で、故障で一時離脱もあったが後半はだいぶ数字を持ち直した。ただ序盤の不振が響いて打率は前年より落とし、プロ入り後初めて規定打席に届かず。盗塁も自己最少だった。
それでも主力と目されていたが、契約更改を終えた一週間後電撃的に横浜への金銭トレードが決定。移籍した横浜では二塁を任され、開幕から主に2番セカンド。打順のほうは最終的に7番が一番多くなるなど一定しなかったが、シーズン通してレギュラーとしてしぶとい働きを見せた。目立って好調という時期もない代わりに極端な不調もなく、一年ペースが変わらなかった印象。
チーム方針からか盗塁企図事態が少なく、失敗も多く入団以来初の一桁に留まったが、リーグが変わっても二桁の死球を取るなどプレースタイルは変わっていない。今季は石川が二塁に廻って再び遊撃に戻る予定。

 3 ターメル・スレッジ

プルヒッター、長打安定型

左投左打
日本ハム08〜09、横浜10〜11、日本ハム12〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 日本ハム 113 395 114 21 2 16 187 69 0 0 4 44 3 88 .289
09 日本ハム 117 418 111 27 1 27 221 88 1 0 5 58 6 108 .266
10 横浜 129 469 118 27 0 28 229 78 0 0 0 60 4 136 .252
11 横浜 95 339 88 15 0 20 163 57 0 0 4 26 4 90 .260
通算 4年 454 1621 431 90 3 91 800 292 1 0 13 188 17 422 .266

左の長距離砲の外国人選手。確実性はそこそこもパワーが魅力で、来日からここまで比較的安定した成績を続けている。
しばらく在籍したセギノールに替わって08年に日本ハム入り。メジャーデビューの04年にレギュラーとしてシーズン15ホーマーの実績を持つ。やや打撃の弱いチームの中軸として期待され、開幕は4番でスタートしたが打率1割台と苦しみ5番に。4月前半までは2割そこそこと低調だったが、その後順応し、稲葉の次を打つ中軸打者に納まった。期待された一発は4月末までに6ホーマーもそれ以降はペースダウン。その代わり対応力の高さを見せ、安定した打率を残した。8月足を痛めて離脱という時期があったが、復帰した終盤は3割。
残留の09年は前半好不調の波が激しく、故障離脱もあってパッとしない状態。7月末時点で2割3分と冴えない成績だった。ところが8月3割5分の高打率を残すと、9月以降は9ホーマーで30打点を稼ぐ大活躍。8月以降13ホーマー43打点と最大の得点源として機能し、優勝への大きな戦力となった。前半とはまるで別人の好調はクライマックスシリーズでも続き、チーム総得点の半分近い10打点を記録してMVPに。シーズン27ホーマー88打点はいずれもチームトップ。
圧倒的な爆発力というタイプではないが、ツボにくればきっちりスタンドに叩き込むパワーの持ち主。また左投手を苦にせず、スライダー系統の変化球に強いなど意外と攻めづらい打者。日本ハムではもっぱらDHだったが、レフトと一塁を兼ねる。
交渉が折り合わず日本ハムを退団し、10年は横浜に移籍。スタートはまずまずも交流戦1割台と慣れているはずのパとの対戦で苦しみ、その後盛り返しはしたがそこそこ止まり。5番レフトにほぼ固定され28ホーマーはチームトップだったが、打率は低く三振も多かった。四球はよく選んだものの勝負強さも見せられず印象が弱かった。
打線全体が低調な中、ややマークがきつくなった面もあるか。引き続き残留した昨年は序盤好調なスタート。5月に大きく落ち込んだが、それ以降は常に同じペースで打ち続けた。しかし9月に入ると足の故障が深刻化し、離脱。終盤は戦列を離れ出場は95試合に留まった。
統一球の影響をあまり受けなかった打者で、打席数が減りながら20本塁打を放ち一発のペースはほとんど変わらなかった。打撃は安定しているものの、ネックは下半身に爆弾を抱え常時出場が難しいこと。それもあって横浜は契約を更新せず、今季は再び日本ハムに戻ることとなった。もう35歳となるベテランで守備についてのフル出場は不可能に近いが、DHに専念なら長打力は大きな戦力となりそう。

 4 荒波 翔

中堅新人、俊足型

右投左打
横浜高〜東海大〜トヨタ自動車 横浜11ドラフト3位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
11 横浜 28 86 22 1 1 0 25 1 6 5 0 1 0 23 .256
通算 1年

アマチュアでの豊富なキャリアを持つ俊足外野手。やや遅めのプロ入りとなったが、1年目終盤に一軍台頭気配。
高校時代は成瀬(ロ)と同期で、1年からレギュラー獲得と早くから名前の知られた存在。大きな舞台での活躍もあり、ドラフト候補として何度も名前の挙がってきた選手だった。なかなかその機会が巡ってこなかったが、横浜にドラフト3位指名され25歳でプロ入りに。
1年目二軍ではあったものの、主に1,2番でほぼレギュラー出場。夏場まではさほどでもなかったが、8月から急激に状態を上げ、9月以降は一軍登録。28試合の出場中20試合で先発と数多くチャンスを与えられ、まずまずの結果を残した。わずかな期間で6盗塁は少ないながらチーム3位の数字。二軍ではチームトップの20盗塁を記録。
社会人で同僚だった荻野貴(ロ)が「敵わない」と評したほどの高い走塁力が大きな武器。1年目はほとんど二軍での育成だったが、終盤一軍で結果を残し今季はレギュラー争いの期待もかかる。プロ入りが遅かっただけに1年1年が勝負。

 5 森本 稀哲

俊足外野手、堅守型

右投右打 Gグラブ(06〜08)、ベストナイン(07)
帝京高 日本ハム99ドラフト4位〜10、横浜11〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 日本ハム 121 478 121 15 1 0 138 21 12 17 1 49 4 81 .253
09 日本ハム 107 316 78 14 4 1 103 29 9 43 0 43 2 52 .247
10 日本ハム 115 408 111 11 3 2 134 30 10 55 1 36 5 71 .272
11 横浜 48 134 25 3 1 1 33 9 0 9 1 8 1 42 .187
通算 13年 1049 3132 818 120 24 30 1076 236 104 174 17 290 30 670 .261

鉄壁の守備力を誇る外野手。日本ハム時代の06年「新庄の後継者」として大きくクローズアップされ、1番定着で優勝に貢献。
高校時代からセンスの高さは評判で、俊足にスケールの大きな打撃でチームの将来を担う存在として早くから注目された。2年目の00年にプロ初ホームラン。翌年は若手育成に切り替わった後半からスタメンに定着し、まずまずの成績を残した。早い抜擢に応えていたが、しかしその後壁にぶつかって伸び悩み。
翌年1割台の低打率で大きく後退し、開幕から1番で積極的に起用された03年も不振に喘いでチャンスを掴めず。翌年は新庄の加入で外野が埋まり、ほぼ守備・代走要員に専念。3年連続で打率1割台と、確実性の低さに泣いてきた。
俊足・強肩に加えて力強いスイングの持ち主で、身体能力は抜群。ただ以前は打撃技術が低く、バットのヘッドが遠回りしすぎて脆さばかりが目立っていた。歯がゆいシーズンが続いていたが、05年ようやく壁を突破。打撃開眼で出場機会大幅増。下がりかけていた期待値も再び上昇。
そして06年は一気にレギュラー定着のシーズンに。開幕は控えだったものの、すぐにスタメンとなって以降はほとんどフル出場。4月以降は1番に定着し、初めて規定打席に到達。2割8分とまずまずのアベレージを残し、シーズン100三振の荒々しさを残したまま確実性アップに成功。かねてから期待されていた才能がついに開花した。
新庄引退でセンターとなった07年はさらに向上、不動の主力選手に。特に前半はずっと3割キープと絶好調だった。夏場に調子を落として、最終的には4毛届かなかったが、四捨五入で初の3割。タイトル争いを繰り広げた盗塁もリーグ3位の31を記録。そしてリーグトップの91得点で、チームの貴重な得点源となった。1番森本から3番稲葉までの流れがチームにとっての生命線に。
主力として充実のシーズンを続けたが、この後一転して不調。08年は骨折で1ヶ月離脱し、8月以降1割台と打撃が低迷。大幅にシーズン打率を落とし、一発も出ず。2番レフトに廻った09年はリーグ最多の犠打を記録し確実なつなぎ役を務めたが、打撃のほうは状態上がらず。さらに夏場またも死球骨折で離脱し、4年ぶりに規定打席に届かなかった。それでも翌10年は復調気配を見せ、2番として好調田中と中軸のつなぎ役として貢献。2年続けてリーグ最多の犠打を記録し、打撃成績も向上。
シーズン後FA宣言し昨年は横浜へ。外野の要はもちろん、ムードメーカーとしての存在感も期待された。しかし開幕すると近年でも一番の大不振。開幕からずっと1割台という低打率続きで、一向に浮上の気配もない状態。これでは堅守といえどもポジションは覚束なく、スタメン落ちもたびたび。7月になってようやく調子を上げてきたかと思いきや、自打球を当てて足を故障し、後半をほとんど棒に振る長期離脱。結果出場48試合に留まり打率1割台と大きく期待を裏切るシーズンに終わった。低出塁率と故障の影響もあり、実に11年ぶりに盗塁0に。
後半はアクシデントという面もあったものの、前半の打撃も随分悪すぎた。元来オーバースイング気味でムラッ気の強い打者ではあったものの、昨年はレギュラー獲得以前のような粗っぽさに逆戻りしていた。一流の守備力もレギュラーを維持できなければ魅力は半減してしまう。移籍2年目の今季は何としても力を発揮しないといけない立場。

 6 松本 啓二朗

ドラ1外野手、バランス型

左投左打
千葉経大付高〜早大 横浜09ドラフト1位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
09 横浜 22 44 6 0 0 0 6 1 1 0 1 2 0 10 .136
10 横浜 34 44 13 1 0 2 20 6 1 3 0 7 0 10 .295
11 横浜 47 104 22 4 1 0 28 11 2 6 2 4 0 15 .212
通算 3年 103 192 41 5 1 2 54 18 4 9 3 13 0 35 .214

ドラフト1位入団の外野手。一軍定着を果たせていないが、レギュラー候補と期待される存在。
甲子園優勝投手でもある父が監督を務める高校で、エースとして夏の甲子園ベスト4の実績。大学で外野に転向すると早くからレギュラーとなり活躍。三拍子揃った強打者として評価され、ドラフトでは2球団が競合。横浜が交渉権を獲得し、4位指名を受けていた同期細山田とともに入団。
期待は即戦力で、1年目開幕スタメン出場。しかしプロの壁は高く、極端な低打率が続いて二軍落ち。出場22試合で打率1割台前半と戦力にはなれなかった。2年目も二軍での育成が続いたが、8月以降一軍昇格し、終盤にはプロ初ホームランも記録。出場数は微増も成績を大幅に向上させた。
これで3年目は一気にジャンプアップといきたかったが、序盤振るわずシーズン中盤は二軍暮らし。出番が増えたのは終盤になってからだった。出場47試合に伸ばし、先発27試合もあって打席数が100を突破。いずれも自己最多ではあったが、一軍定着とはいかず打率も2割をやっと越える数字でパッとしないものに終わった。
出場機会こそ増えたものの停滞という印象。現状ではどうにも特徴に欠け、何か売りになる部分が欲しいところ。レギュラーを争うには向こう1,2年が勝負で、この辺りではっきりしたブレイクスルーが望まれるが。

 7 石川 雄洋

レギュラー定着、俊足型

右投左打
横浜高 横浜05ドラフト6巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 83 259 63 4 5 1 80 13 10 6 1 6 1 60 .243
09 横浜 134 463 112 15 3 2 139 24 19 15 1 13 3 98 .242
10 横浜 131 521 153 23 6 0 188 18 36 38 1 21 3 91 .294
11 横浜 125 466 121 11 1 0 134 22 12 32 0 30 2 95 .260
通算 7年 494 1735 452 53 15 3 544 78 78 92 3 72 9 352 .261

石井の後のショートを託された若手内野手。脚力が売りで、08年から出番急増、09年は初の規定打席到達。
地元横浜高出身で、涌井(西)とは同期。3年夏の甲子園で14打数10安打の活躍を見せ、ドラフト下位指名でプロ入り。プロ入り後一時スイッチに挑戦するなどした。3年目の07年は開幕一軍入りを果たす大きなチャンスを掴み、プロ初安打も記録した。が、練習中に打球直撃を受けて負傷離脱。
不運で遠回りした格好だが、08年巻き返し一軍に進出して来た。シーズン序盤は結果を残せなかったものの、6月再昇格後は出番急増。チームが早々に最下位に沈み、若手起用に切り替えた状況に乗った。主に1番で起用され60試合のスタメン出場。五輪期間は村田の代役サードだったが、村田帰国後はショートでほぼ固定。
「ポスト石井」として先行していた野中や藤田を抜き、一番手に浮上。その石井が抜けた09年はさらに出番が増え、一気にレギュラーに定着。出場のほとんどをスタメンで記録し、規定打席に到達。チームトップの19盗塁も記録した。ただ常時出ることで攻守両面に課題も多く残した。打率も出塁率も低すぎるため下位を打つことが多く、足を活かしきれたとは言いがたい。左投手に非常に弱かったのもマイナス。また守備では17失策を記録し、守備率の低さからも安心感には程遠かった。
レギュラーとなって2年目の10年は、打撃が前年から大きく向上。出足からなかなか好調、5月には3割後半の高打率をマークし、その後も極端なスランプに陥ることなくシーズンを過ごした。最終打率は3割にあと一歩に迫る数字に。打順はシーズン通して1,2番の上位となり、盗塁数はほぼ倍増してリーグ2位の36個。38犠打もリーグで3番目の多さで、大幅な成績アップに成功。守備面でも前年から大幅に失策減少。
昨年も引き続きショートレギュラー。ほとんどの試合で1,2番を打ち、シーズン通して立場が変わらなかった。打撃は前半に比べて後半ムラが強く、打率がやや下降。また成功率がだいぶ堕ちて、盗塁数が激減と数字としてはもうひとつの結果に終わった。
これで3年レギュラーで過ごしたが、多く残る課題はなかなか改善されず停滞感もある。四球は少しずつ増えてはきたが、依然上位を打つには出塁率が低レベル。三振が多く、どうにも粘れないという印象が強い。特に左には弱く、三振率も大幅に跳ね上がる。
まだ25歳でレギュラー継続中というのは立派だが、そろそろもう一歩進境を見せてほしいのも確か。どうも範囲が心許なかったショートから今季はセカンドに転向。

 8 筒香 嘉智

長距離砲候補、期待株型

右投左打
横浜高 横浜10ドラフト1位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
10 横浜 3 7 1 0 0 1 4 1 0 0 0 2 1 1 .143
11 横浜 40 145 35 10 0 8 69 22 1 0 1 13 1 51 .241
通算 2年 43 152 36 10 0 9 73 23 1 0 1 15 2 52 .237

地元出身、「未来の」ではなく、「明日の」主砲候補として絶大な期待を集める若手スラッガー。2年目の終盤にその力を発揮し、いよいよその期待値は高まっている。
早い段階からスラッガーとして知られた存在で、強豪高で入学即4番。2年時の甲子園では3ホーマーを放つ活躍でその名を轟かせた。地元の貴重な逸材ということでドラフトで横浜が1位指名しプロ入り。
そしてその力はプロでもいきなり実証された。1年目から二軍の4番に座り、いきなり26ホーマー88打点でイースタンの二冠獲得の活躍。終盤は一軍にも登場し、唯一放ったヒットがプロ初ホームランと弥が上にも期待の高まる結果。
そして迎えた2年目だが、当初は故障に苦しみ長期実戦から離れていた。そんななかでも二軍では57試合で14ホーマー。そして8月末に一軍昇格すると、ここからはほぼフル出場。一塁に座り、3番か5番の中軸に立った。そして40試合の出場で8本塁打を放ちその素質の片鱗を発揮。一軍でも長打力が本物であることを早くも見せ付けた。
スイングスピードの速い選手で、統一球の昨年でも非常に雄大な飛距離を見せた長距離砲。もちろん確実性はまだまだ乏しく、一塁・三塁の守備も課題が山積だが、これだけの素質を見せられるとどうしても期待は大きくなる。今季はさらにジャンプアップでレギュラー確保となるか。

 9 一輝 (嶋村 一輝)

中堅内野、台頭停滞型

右投右打
宇部商高〜九州国際大 オリックス04ドラフト4巡〜10、横浜11〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 オリックス 48 139 41 10 0 5 66 20 1 1 2 10 1 34 .295
09 オリックス 58 142 34 7 0 3 50 28 1 1 1 4 2 53 .239
10 オリックス 16 48 11 0 2 0 15 1 1 2 0 3 0 6 .229
11 横浜 49 58 12 3 1 0 17 6 0 1 0 0 0 21 .207
通算 8年 194 423 102 20 3 8 152 55 3 6 3 17 3 130 .241

08年突然のブレイクで一気にレギュラー候補入りした内野手。大卒プロ入りして4年結果を残せなかったが、節目の5年目に急台頭。
九州六大学リーグで活躍してオリックス入り。入団以来二軍では好成績を残しており、1年目から一軍出場も果たした。ただこれまでは常に一軍の壁に跳ね返されており、二軍を脱し切れなかった。07年登録名を「一輝」に変更も、一軍出場なしに終わりきっかけにはできず。
ラロッカの故障で一軍昇格した08年も当初はあまり出番がなかったが、少ない機会にしっかり結果を残して存在感上昇。特に6月末に5打席連続ヒットの活躍を見せ、大引や後藤の故障もあってチャンスはさらに拡大。7月は完全にレギュラー級となり、そこでも3割超の高打率。前半を終えて3割中盤の高打率に5ホーマーと見事な結果を残し、野手の新星として大ブレイクを果たした。
思い切りの良い打撃で代打でも5打数4安打1ホーマーと素晴らしい結果。だがオールスター以降は1割そこそこと失速、勢いを持続することは出来なかった。翌09年出番はさらに増えたものの、いい結果は残せず。得点圏打率3割中盤と勝負強さは見せたが、安定感に欠けポジション争いからは半歩後退。守備機会23試合で4失策と二塁守備にも疑問符がつき、足踏みのシーズンに。
10年は背番号が54から3に変わったものの、さらに後退し一軍半まで落ち込んでしまった。序盤から散発的に出番はあり、そのほとんどはスタメンだったものの、目立つ働きは出来ず。結局出場数を大きく減らし、シーズンの大半を二軍で過ごすシーズンに終わった。
やや停滞したところで昨年は横浜に移籍。出場数は盛り返し、そのほとんどを代打で起用。代打成績は40打数10安打となかなかのものだったのだが、一方先発出場の時にさっぱり打てず。トータルでは2割をやっと越える打率に終わった。
代打で悪くなかったのにそれ以外がさっぱりだったのはもったいなかった。また右投手が21打数2安打と極端に打てず、ほぼ対左専門に。条件さえ揃えば打力はある選手で、今季も控えからアピールを続けたい。守備は多数のポジションをこなせるが守備力はいまいち。

23 藤田 一也

準レギュラー、好守型

右投左打
鳴門一高〜近大 横浜05ドラフト4巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 46 108 26 5 0 1 34 6 1 7 1 2 2 13 .241
09 横浜 120 346 93 7 5 4 122 20 6 24 3 7 1 34 .269
10 横浜 106 201 62 8 0 1 73 15 2 11 0 6 2 33 .308
11 横浜 96 188 57 8 1 1 70 15 0 3 0 10 7 20 .303
通算 7年 487 1061 285 35 6 7 353 64 13 62 5 32 14 125 .269

大学時代から守備の評価が高い内野手。「ポスト石井」と期待されるもやや足踏みしていたが、09年レギュラー級に台頭。
1年目はほとんど二軍暮らしも、夏場には一軍も経験。守備はすでに充分戦力レベルで、評判に違わぬ動きを見せた。2年目は出番が大幅に増加。セカンドを中心に先発機会も増え、どうやら一軍定着を果たした。
グラブ捌きが良く、堅実な守備力が最大の売り。ただ打撃のほうは課題が多く、二軍では良くても一軍レベルでは少し物足りない状態だった。パワー不足に加えて左投手に徹底的に弱く、これがネックとなって07,08年はやや頭打ち。
停滞中に石川が台頭し少し微妙な立場ともなったが、09年ようやく壁を突破。村田の出遅れから開幕スタメン、その後は控えに戻っていったものの、交流戦で少ない打数ながら3割4分などこれまでと一味違うところを見せ始めた。そして仁志の大不振で空いた二塁に後半から完全定着。課題だった打撃に長足の進歩を見せ、コンスタントに率を残した。初めて出場数が100を越え、打席数も400に迫るなどほぼレギュラーへ飛躍に成功。
柔軟なバットコントロールを見せるようになり、左投手への苦手意識も消滅。10年は二塁にカスティーヨが入り、スタメン機会が大幅に減ってしまったが、打撃は前年以上に好調。序盤から常に高打率を維持し、打席数は約半減もシーズン打率3割を記録。結果は伴わなかったものの代打起用も数多くされた。準レギュラー格として活躍。
どうやら完全に打撃のコツを掴んだ模様。昨年も準レギュラー扱いで出場数は横這いだったが、代打で数多く起用され、3割4分という高い打率を叩き出した。守備のほうでも無失策でシーズンを終え、攻守ともに地味ながら堅実な活躍。
フルに出た経験が少ないためレギュラーでこのペースを維持できるのかは不明だが、準レギュラーに留めておくのは非常に惜しいという印象。石川が二塁に廻る今季はショート、或いはサードのポジションをうかがうチャンス。

25 村田 修一

主砲、長距離型

右投右打 本塁打王(07,08)、ベストナイン(08)
東福岡高〜日大 横浜03自由枠〜11、巨人12〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 132 489 158 25 2 46 325 114 0 0 3 55 7 113 .323
09 横浜 93 343 94 16 1 25 187 69 0 0 0 21 5 80 .274
10 横浜 144 565 145 30 0 26 253 88 0 0 3 45 4 124 .257
11 横浜 144 530 134 28 1 20 224 70 0 0 6 44 12 103 .253
通算 9年 1158 4131 1100 219 10 251 2092 732 8 10 39 369 90 1009 .266

横浜の不動の4番を務めてきた大砲。強いリストから放たれる一発長打が最大の魅力。
「松坂世代」の一人で、高校時代は投手として甲子園にも出場したが、大学で野手転向。東都リーグで通算20本塁打を放ち、大学bPの野手として自由枠で横浜入り。かつての主砲・田代の系譜を継ぐ存在と目され、その才能は1年目からいきなり発揮された。開幕一軍入りを果たしてほぼレギュラー定着。この年は二塁での起用が多かった。前半はさほどでもなかったが、9月に10本塁打を量産し、シーズン25本塁打でデビュー。三塁に専念するようになった2年目は、確実性を意識したのか、三振が減った代わりに一発も減少してしまったが、05年再び20ホーマーを突破。
そして翌06年は快調なスタートを切り、大不振の佐伯に替わって6月から4番に定着。30ホーマー100打点の大台突破に成功、名実ともに主砲に定着を果たした。開幕からフルシーズン4番の07年は、オールスターまでに13ホーマーと前半は意外と地味だったが、後半大爆発。8月3割後半に8ホーマーで火がつき、9月以降で13ホーマーを量産。1ヶ月余りで8本差をひっくり返す大まくりで、見事本塁打王のタイトルを獲得した。チームの本塁打王はウッズ以来だが、日本人選手となると59年の桑田武以来48年ぶりという快挙。
年々成績を伸ばし続け、チームが低迷の08年も不動の4番として君臨。7月に4割近い打率と11ホーマーを記録し、五輪代表にも選出。帰国した9月以降に14ホーマーを量産し、自身初の40本台到達。五輪参加で1ヶ月近く不在という大きなハンデがありながら、ラミレスを1本差で振り切り2年連続の本塁打王に輝いた。打点もリーグ2位で、そして初の3割達成。
もはやリーグを代表するスラッガーに成長。しかし持続していた成績上昇は09年再三の故障でストップした。代表出場したWBC期間中に太もも肉離れで途中帰国し、開幕にも出遅れ。さらに夏場また太ももを痛めて約1ヵ月半離脱。プロ入り後初めて出場が100試合に届かず。
そしてこの辺りから少し停滞感も見せるようになった。体調を戻して改めて活躍を期待された10年は開幕から低打率が続き、一発も少なめ。8月3割2分に8ホーマーと復調気配を見せかけたが、例年強い終盤にまた急ブレーキ。4番でフル出場も30ホーマーに届かず、冴えないシーズンに終わった。昨年も4番サードでフル出場、統一球でも20本塁打をクリアしたが、夏場に長いスランプ。また得点圏打率1割台と主砲としては期待はずれの数字で、下位に沈むチームを押し上げる働きは出来なかった。
年々成績を伸ばしていた一頃から見ると、ここ数年は少し物足りないところで落ち着いてしまった感がある。オフにFA宣言し、今季は巨人へ移籍。ここでの環境の変化が吉と出るかどうか。昨年広島戦にはかなり相性が悪かった。

26 井手 正太郎

一軍半外野手、平凡型

右投右打
日南学園高 ダイエー/ソフトバンク02ドラフト8巡〜10途中、横浜10途中〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 ソフトバンク 23 68 22 4 1 0 28 8 2 1 1 3 0 13 .324
09 ソフトバンク 8 18 1 0 0 0 1 0 0 3 0 0 0 3 .056
10 横浜 49 104 21 8 0 1 32 5 1 3 0 7 0 22 .202
11 横浜 13 23 5 0 0 0 5 1 0 1 0 0 0 6 .217
通算 10年 208 453 101 22 3 5 144 45 3 16 2 25 1 103 .223

一軍半から抜け出せない外野手。何度か活躍を見せてレギュラー候補に浮上するも、そのたび後退で伸びきらない。
高校時代は寺原のチームメイトで、ドラフトは一番低い指名順位でダイエー入り。前評判が高くなかったこともあって、一部ではいわゆる「人質」ではないかとまで言われていた。しかし2年目にはファームでポジションを奪い、一気に成長株と認められる存在に。3年目の04年は開幕スタメンも射止め、一時はそのままレギュラーを獲るほどの勢いを見せた。故障でシーズンのほとんどを棒に振ってしまったが、05年はシーズン中に昇格するとプロ初ホームランも記録。
決して長距離砲ではないが、なかなかのパンチ力は持っている。外角の捌きが得意で、05年放った2ホーマーはいずれもライトスタンド。守備走塁に関しては平凡だが、高い打撃センスの持ち主。
06年は伸び悩みを見せて完全に足踏みしたが、07年は後半チャンスを貰って再アピール。そして08年は出遅れた大村に代わって開幕スタメンを勝ち取り、過去最高の好調さを見せた。長打は少なかったが、課題だった内角も柔軟に打ち返し、3割5分の高打率。一気にポジション定着の勢いを見せたが、活躍期間は短く4月中旬に捻挫でリタイア。復帰は大幅に遅れ、また序盤の好調もどこかへ消え去ってしまった。終盤一軍に戻ったが、春先の勢いは消失。09年は序盤に一軍出場があったが、7試合の先発もありながらわずか1安打と、前年とは別人の姿で二軍落ち。5月上旬からシーズン終了までずっと下で過ごした。翌年も二軍にいたところで、開幕から一月ほどで横浜へトレード。
横浜では移籍直後から一軍登録され、積極的に起用された。5月には3年ぶりの一発も放ったが、しかし確実性には乏しいままで、徐々に出番も減少。後半は一軍半という状態で、久しぶりにシーズン100打席を越えたものの、辛うじて2割という低打率。多かったチャンスを活かしきれなかった。昨年はシーズンの大半を二軍。ファームではレギュラーとして中軸を打ち続けていたが、一軍には終盤に少し出ただけだった。前年より大幅に出場数減少。
脚力は平凡で守備もあまり良くない選手だけに打撃でアピールする他ない。ただ若い頃からヘッドが遠回りするスイング軌道で、速球に弱く内角に苦しい課題がなかなか解消されない。年齢的にそろそろ二軍に留まっているのは危険な状況。

29 新沼 慎二

大型捕手、下積み型

右投右打
仙台育英高 横浜98ドラフト2位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 14 12 1 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 4 .083
09 横浜 34 69 11 0 0 1 14 2 0 1 0 4 1 21 .159
10 横浜 27 49 13 1 0 0 14 3 0 1 0 2 0 7 .265
11 横浜 45 62 15 2 0 1 20 6 0 2 0 5 1 18 .242
通算 14年 139 213 42 3 0 4 57 14 0 5 0 14 2 53 .197

身長185cmと大柄な控え捕手。非常に下積み期間が長かったが、30歳を越えてから出番が増えてきた。
高校屈指の捕手としてドラフトでは2位ながら3球団が競合し、抽選の末横浜入り。将来の正捕手として大いに期待されていた。最初の5年間は二軍暮らしで、03年に一軍初出場。しかし相川が正捕手へとなっていくこれ以降も出番がほとんど増えず、鶴岡の2番手の地位も脅かせなかった。一時期スイッチにも挑戦したが取りやめ。
06年プロ初ヒットがホームラン、翌年も唯一のヒットがホームランだったが、基本的には打撃の弱い選手。08年途中鶴岡が移籍したこともあって若干出場が増え、11年目にして初めて一軍出場が10試合を越えた。後半に入るとまた二軍暮らしとなり、実績と呼べるほどのものは残せなかったが、わずかながら前進。
プロ入りから10年以上が経過してようやく視界が開けてきた。オフに肘の手術をして迎えた09年は、FA加入の野口が期待を裏切ったことから出場数増加。あくまでサブという位置からは抜け出なかったものの、先発出場も22試合を記録した。さらに橋本が加入、そして武山が正捕手格として起用された10年は7月まで二軍暮らしが続いたものの、8月昇格するとそこから27試合に出場。これまで弱かった打撃が非常に好調で、出場の半分以上が代打起用と印象の違うシーズンとなった。一軍で2割以上打ったのはこれが初めてで、二軍で1割台とは思えない結果を残した。
正捕手が固まらない状況下で、昨年も主に控えとして出場。先発機会は少なく地味な存在ではあったが、45試合は自己最多の出場数となった。8月には2年ぶりの一発も記録。昨年も25回走られて刺したのは3度だけと肩の面ではだいぶ不足し、特につきぬけた要素はないため正捕手候補と見られることはほとんどないが、ひそかに存在感は増しつつある。混沌状態の捕手事情の中で生き残ることが出来るか。

31 吉村 裕基

スラッガー、急失速型

右投右打
東福岡高 横浜03ドラフト5巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 142 530 138 30 4 34 278 91 9 2 1 30 11 135 .260
09 横浜 144 528 131 26 2 16 209 54 13 0 4 45 11 134 .248
10 横浜 49 132 27 4 0 3 40 11 0 1 3 5 0 41 .205
11 横浜 81 220 44 8 1 5 69 11 0 2 1 15 7 59 .200
通算 9年 684 2356 611 114 12 109 1076 322 32 10 16 137 45 589 .259

高校時代から評判だった打力を大きく開花させたスラッガー。中軸打者として急成長を見せたが、近年急失速で伸び悩み。
高校の先輩・村田とは同期入団。下位指名だが、その打力は非常に評価されていた。1年目二軍で12ホーマーを放ち、一軍でもプロ初ホームラン。2,3年目は一軍の出番こそ乏しかったものの、二軍ではいずれも二桁ホームランを記録。
そして開幕一軍入りを果たした06年は、故障欠場の多い多村の代役として先発機会が急増。そのチャンスに結果を残し、大飛躍のシーズンとなった。5月に3割7分の高打率でレギュラーに定着。死球骨折で6月に離脱も、復帰後も勢いを維持して8月は10ホーマーを量産。3割26ホーマーの好成績で、新人王候補にも挙げられた。4年目に一気の大ブレイク。
思い切りのいいスイングから放たれる一発が何よりの魅力。400打席で四球はわずかに10という辺りに、荒々しいまでの勢いを感じさせた。後半も落ちずに3割を維持し続けたのは立派。
07年は守備位置を一塁に固定。打率も本塁打も下がってしまったが、ほぼフル出場で20ホーマーをクリア。そして足と肩を活かすべくライトに廻った翌年は、一発を大幅に増やしてきた。前半2割台前半と低打率に苦しんでいたが、7月に入ると高打率で復調。村田不在の五輪期間は4番も務め、シーズン30ホーマーをクリア。前半の不振が響いて打率低下、三振大幅増と粗っぽかったものの、大砲としての存在感を見せた。
ここまで順調な成長で中心打者の一人となったが、09年停滞。序盤打率はそこそこも打球が上がらず、交流戦までに2ホーマーという状態。交流戦24試合で7ホーマーを放ちペースが上がってきたかと思いきや、後半は完全な不振に。前年より一発半減、シーズン打率も大きく落とした。打順も中軸をはずれ6番がメイン、7月には一時期1番を打っていたことも。
そしてこの年を境に長い不振のトンネルに突入することに。10年は前年来の不振から抜け出せず、5月前半に一旦二軍落ち。再調整を経ても状態は一向に上向かず、8月前半に再度二軍落ちするとそのままシーズンを終えてしまった。辛うじて2割を越す打率で、4年続いていた二桁本塁打もストップ。出場49試合、先発32試合に留まりポジション失陥。昨年は開幕直後非常に好調で、待望の復調かと思わせたが、5月に入ると急降下。ポジションは維持できず、打撃の状態は落ち込む一方となった。打席数こそ若干増えたものの内容はほとんど変わらず、スランプ継続。
勢いのみで駆け上がってきた分、躓いた時の修正が出来なかったか。もがく中で打撃フォームや構えも二転三転し、本来の形も見えにくくなってしまっている印象。3年も不振が続くと活躍も完全に過去のものになってしまう。今季こそは復調の兆しだけでも欲しいところ。

33 橋本 将

打撃型捕手、再台頭型

右投左打
宇和島東高 ロッテ95ドラフト3位〜09、横浜10〜11
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 ロッテ 93 280 87 28 1 11 150 55 1 2 2 45 0 58 .311
09 ロッテ 94 252 59 14 0 2 79 27 0 1 2 32 1 80 .234
10 横浜 43 134 33 3 1 2 44 13 0 0 0 13 1 40 .246
11 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 17年 727 1834 429 101 7 44 676 229 2 18 17 251 9 476 .234

パンチ力を秘めた打撃面に特徴のある捕手で、長年里崎とロッテの正捕手を争ってきた選手。10年FAで横浜に移籍。
高校からロッテ入りすると1年目から一軍を経験したが、5年目まではほぼ二軍。しかし6年目の00年、「サンデー登板」で連勝を重ねた小野とコンビを組む形で一軍に台頭し、77試合と一気に出場数を増やした。当時の捕手陣ではほぼ唯一打力のあるタイプで、この年は打率が低かったものの意外な勝負強さを見せ、翌年は代打中心で活躍。しかし相棒の小野が故障がちになると、つられるように橋本も不調に。02年大きく出番を減らすと後進の台頭に押されて低調なシーズンが続いた。
転機は首脳陣の替わった04年。里崎の伸び悩みからチャンスを掴み、93試合と大幅に出番増。ほぼレギュラーとして1年を過ごした。やや見切られていた守備面も持ち直し、打撃も二桁本塁打を放つ意外性で活躍。その勢いは里崎が再台頭した翌年も続き、二人でスタメンマスクを分け合うチームの特徴ともなった。左腕には非常に弱かったものの、この年は四死球が大幅増。打率は低くとも出塁率はチームトップレベルで、打撃面でもチームに貢献。
パンチ力は純粋に打者として見てもなかなかのレベル。確実性が低いのが難だが、下位打線にあってはなかなか怖い打者となる。打率の割に出塁率がいいのも特徴。ただ守備面はやや見劣りし、特にスローイングには難が多い。
この後は里崎が中心選手として充実していき、自身は故障などもあって06,07年と押され気味で出場数減。影も薄くなっていたが、08年序盤里崎が故障で守れなかったことからスタメンマスク急増で盛り返してきた。自身も故障で戦列を離れる時期があったが、打撃が過去にないほど好調。再びスタメン併用という形となり、自身初の3割に4年ぶりの二桁本塁打を記録。チーム3位タイの55打点をマークするなど自己ベストのシーズンとなった。これほどの活躍は2年続かず、翌年はまた確実性の低い状態に戻り成績は大幅ダウン。ただDHでの起用が多く、出場数はキープ。
オフにFA宣言し、正捕手不在に悩む横浜に移籍。だが開幕から低打率が続き、それ以上に肩の弱さが足枷となった。さらに4月後半には骨折で1ヶ月以上離脱。復帰後も武山がメインで起用されたため、ほぼ控えに廻ることとなった。出場数は前年より半減し、先発は38試合に留まった。巻き返したかった昨年はさらに落ち込み、腰痛の影響もあって12年ぶりに一軍出場なし。シーズン後には戦力外に。
FAで移籍してきた選手が2年で戦力外というのは非常に寂しい。移籍先は見つからず、今季はアイランド・リーグ愛媛でプレーしNPB復帰を目指すことに。ただ今季で36歳というベテランで近年故障続き、前途はかなり厳しそう。

36 細山田 武史

正捕手候補、守備型

右投右打
鹿児島城西高〜早大 横浜09ドラフト4位〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
09 横浜 88 177 28 7 0 0 35 11 0 11 0 13 2 51 .158
10 横浜 19 32 3 1 0 0 4 1 1 0 0 1 0 6 .094
11 横浜 84 130 27 3 0 1 33 11 0 13 1 8 5 54 .208
通算 3年 191 339 58 11 0 1 72 23 1 24 1 22 7 111 .171

09年、新人ながらチーム最多の先発マスクで筆頭捕手となった選手。相川退団後の正捕手候補としてデビュー。
高校時代から評判だった選手で、大学では2年からレギュラーに。首位打者や4度のベストナインなど活躍を見せ、早い内からドラフト候補と言われていた存在。ドラフト4位で横浜入りすると、即戦力として開幕一軍入りを果たした。
当初メインの捕手は移籍のベテラン野口だったが、予想以上に動きが悪くなっており、開幕5戦目には早くもスタメン出場するようになった。以降メインでマスクを被ることとなり、終盤9月二軍落ちするまでほぼレギュラーという扱い。チームの捕手陣で最多の62試合に先発出場し、暫定的とはいえ1年目から筆頭捕手という存在に。
さすがにいきなり一軍のメインに据えられて、経験不足は否めないところもあった。が全体としてはなかなかの健闘で、守備面では大きな破綻を見せなかった。一方で低迷するチームの、特に苦しい投手陣をリードするのに一杯一杯で、打撃のほうまでは気は廻らず。月間打率が2割を越えたのは4試合しか出ていない9月だけだった。
2年目の10年は橋本の加入、シーズンに入ると武山がメインで起用され、大幅に出場数減。まだ体力的にも課題が多いとあって、後半はほぼ二軍暮らしで改めて育成中心の年となった。しかし3年目の昨年は大幅に出場数増加。再び正捕手を争い、最終的にチームトップの54試合で先発マスクを被った。終盤プロ初本塁打を放った打撃は前半ずっと打率1割台前半という極端な低さだったが、後半どうにか2割台に。
昨年チームで最も出番の多かった捕手であり、正捕手に近い立場にいるが、終盤強肩で鳴らす黒羽根が台頭しマスクを独占。筆頭候補とは言い難い状況になってきた。強力な武器はないだけに、全体的なレベルアップで信頼を掴んでいく他ない。

37 早川 大輔

俊足外野手、ラフプレー型

右投左右打
県立船橋高〜立大〜本田技研 オリックス02ドラフト5巡〜06、ロッテ07〜09、横浜10〜11
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 ロッテ 133 369 92 14 4 5 129 32 18 13 3 18 13 60 .249
09 ロッテ 84 175 39 6 1 1 50 12 5 6 1 6 1 34 .223
10 横浜 31 79 15 1 0 1 19 6 6 9 0 11 1 14 .190
11 横浜 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
通算 10年 632 1646 425 59 18 18 574 138 76 75 9 99 54 305 .258

俊足で鳴らす外野手。ロッテ移籍後レギュラーに急浮上し活躍。
ドラフト5巡でオリックス入りすると、1年目はチーム全体が不振に喘ぐ中積極的に起用された。打撃は全く冴えなかったが、6盗塁で足は充分戦力になることを証明。新人としてはまずまずのスタート。2年目はほとんど二軍暮らしに終わったが、それでも課題の打撃は徐々に向上。翌年それを実証し、一軍定着で準レギュラー格まで成長。俊足を活かした転がす打撃を確立し、内野安打で率も大きく稼いだ。6月以降は常にハイアベレージを維持し、村松・谷が五輪で離脱した8月はセンター定着。3割マークで一気にレギュラー陣に割って入る成長を見せた。
これを契機にステップアップしたかったが、この後足踏み続き。05年は前半高打率をキープも5月以降急落し、後半は出番激減。その不調は翌年も脱出できず、2割に届かない打率で二軍生活のほうが長くなってしまった。レギュラー獲りを目前にして後退、存在感のないままシーズン終了。
一時の期待もしぼみ、07年ロッテへ移籍。しかしこれが大きな転機となった。序盤から波に乗り、なかなか手の届かなかったレギュラーについに定着。2番センターに座り初の規定打席到達。リーグトップの三塁打などあらゆる面で自己ベストを記録。久々に取り組んだスイッチもほぼ完璧にこなし、西岡との俊足コンビはチームの大きな得点源となった。
自身にとってもチームにとっても大収穫の移籍だったが、これを持続できないのが痛い。翌年は一転大不振で、開幕からずっと打率が低空飛行。8月末で2割2分という状態だった。終盤好調で大きく持ち直し、盗塁だけは自己最多を更新したが、前年よりだいぶ成績を落とした。打撃不振は翌09年も続き、序盤の不調でレギュラーは大きく遠のいた。終盤だけはまた好調でもシーズン打率はさらに下げ、出場機会も減少。年齢的なものか盗塁成功率も低く(二軍では刺されることのほうが多かった)、冴えないままのシーズンに終わった。
攻撃的なプレースタイルと評されるが、ややラフプレーに走る傾向が見られる。特に捕手へバットを投げつける行為が複数回あり、09年は守備妨害を宣告された。成績では目立たなかったのにその面で悪名が広まってしまった。
金銭トレードで10年は横浜へ。センターレギュラーと期待され開幕からスタメン出場したが、08年から続く打撃不振を脱出できず。5月には出番が減り始め、6月以降はずっと二軍暮らしに。すっかり存在感を失い、昨年はずっと二軍暮らし。シーズン終了を待たず現役引退を表明した。
引退理由として武器としてきた脚力の衰えを挙げており、年齢的にもやむをえないところか。横浜での2年間は全く戦力にならずに終わってしまった。今季からは古巣オリックスのスカウトとして活動。

39 内藤 雄太

内外野汎用、中距離型

右投左打
横浜商工高〜八戸大 横浜06ドラフト(大・社)3巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
09 横浜 69 87 22 5 1 5 44 14 1 1 0 7 0 22 .253
10 横浜 32 32 4 0 0 0 4 2 0 2 0 1 0 12 .125
11 横浜 99 184 41 8 0 1 52 20 0 0 3 11 0 58 .223
通算 6年 202 307 68 13 1 6 101 36 1 3 3 19 0 93 .221

4年目の09年出番を増やしてきた選手。打力を期待される存在で、代打での起用も数多い。
八戸大では青山(楽)と同期。シュアな打撃の中距離打者と評価され、大・社ドラフト3巡で横浜入り。1年目は湘南唯一の規定打席到達。数字は低かったが、一軍出場も果たし初ヒットも記録した。ただ2年目も二軍で低打率に苦しみ、少し足踏み。07,08と2年間一軍から遠ざかった。それでも08年は持ち直して、ファームの中軸を打ち10ホーマー。
そして開幕一軍の09年は序盤代打を中心に出番が急増。先発出場機会もあり、大学の先輩川島亮(ヤ)からプロ初ホームランを放った。8月以降は一軍定着を果たし、シーズン5ホーマーとパンチ力を発揮。登録は外野ながら一軍でも一塁や三塁でも先発出場。ヒットの半分が長打という魅力ある結果。
ただこの勢いを持続することは出来ず、翌年は打撃低迷。開幕から一軍にいたものの、4月半ばから2ヵ月近くノーヒットなど低打率に喘ぎ、後半は二軍暮らしに。前年より出場数半減でわずか4安打と後退。
一歩後退となったが、昨年は再び大きく前進。特に前半打撃好調で、外野に加えて一塁・二塁で先発するなど出場機会増加。勢いを見せていたが、7月以降急停車。後半はずっと1割台と急に打てなくなり、成績もどんどん下降していった。最終的に自己最多の99試合出場、打席数も200弱となったが、打率は2割台前半と随分下げてしまった。
ポジション獲りの可能性もあっただけに後半の失速はもったいなかった。代打起用数はチームトップの50回を数えたが、前年同様成績は1割台とどうも振るわない。ここでも打てるようだと相当に使い勝手のいい選手となるのだが。ともあれ一軍に食い込むことに成功、利便性の高さでさらにアピールしたい。

40 桑原 義行

好打外野手、一軍半型

右投右打
日大豊山高〜日大 横浜05ドラフト8巡〜11
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
09 横浜 20 18 5 1 0 1 9 3 0 0 0 2 0 5 .278
10 横浜 5 5 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 4 .200
11 横浜 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
通算 6年 35 45 14 3 0 1 20 3 1 1 0 3 0 11 .311

もうひとつ一軍台頭しきれないでいる外野手。06年終盤に活躍後、しばらく鳴りを潜めていたが、09年久々に再浮上。
大学時代は那須野と同期で、1年年長の吉原とは高校・大学でチームメイトだった。東都大学リーグでは首位打者も獲得し、3度のベストナイン選出。指名順位は低かったが好打の外野手としてプロ入り。しかし1年目は膝の靭帯を断裂、2年目も再び足を手術といきなり故障に泣かされることに。だが2年目の終盤10月に昇格すると、高打率をマークしてアピール。わずかな期間で存在感を上昇させた。
これで脚光を浴びたが、翌07年、08年と2年続けて二軍暮らし。好成績を残しながらも停滞が続いた。09年も前半はずっと二軍だったが、後半久しぶりに一軍に登場。守備についたのは1度だけでほとんどが代打出場だったが、8月にプロ初ホームランを放つなどなかなかの好成績を残した。
走攻守にまとまった能力を持つ選手で、安定した打力を見せている。ただ突出した部分に欠けやや平凡な印象も。10年はまた出番が大幅に減り、交流戦の時期に5試合出ただけ。1安打放った以外はすべて空振り三振を喫した。二軍でも7ホーマーは放つも低打率で、パッとしない状態だった。
昨年は序盤に代打の1度だけで、あとはずっと二軍暮らし。そのファームでも1割台と振るわず、一軍から声はかからなかった。一軍から遠ざかる一方で、シーズン後戦力外に。30歳近い年齢からも現役続行は厳しく、今季からは球団職員となることとなった。

42 ブレット・ハーパー

途中入団、強打者型

右投左打
横浜10途中〜11
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
10 横浜 64 225 71 6 0 19 134 56 0 0 4 28 4 58 .316
11 横浜 103 320 89 17 0 9 133 39 0 0 3 27 0 87 .278
通算 2年 167 545 160 23 0 28 267 95 0 0 7 55 4 145 .294

10年途中入団でいきなり強打を発揮した外国人選手。テスト入団の格安契約ながら予想以上の活躍を見せた。
ツインズの正捕手として活躍した父を持つが、自身は一度もメジャー経験なし。マイナー通算122本塁打、2A〜3Aクラスで結果を残しているものの、そこからもうひとつ脱皮しきれていなかった。10年は当初独立リーグでプレー後3Aに戻ったが、1ヶ月未満で解雇に。6月中旬に来日して横浜の入団テストを受け、シーズン途中入団となった。
こういった事情からかなり低い条件での入団だったが、6月後半からまずはファームに出場するといきなり2戦連発。7月頭に一軍昇格すると、こちらでも2打席目に来日初ホームランを放った。その後もハイペースで打ち、逆転サヨナラ満塁弾の離れ業も。オールスターまでの14試合で4割後半という高打率、6ホーマーの大活躍。3番に定着し、8月は打率が落ちて停滞したものの、終盤はまた盛り返して打率3割をキープ。64試合とシーズンの半分に満たない出場で、チーム3位タイの19本塁打、同4位の56打点を記録した。
一発長打が魅力の長距離砲。もっと粗っぽいかと思いきや、意外に四球も選べる。半分の9ホーマーが2ストライク後からと、追い込まれた状況でもよく打った。若干低かった対左投手の打率も充分及第点の数字。
この活躍から当然残留の昨年だったが、予想以上に統一球の影響を受ける結果となった。打率はまずまずの水準も本塁打ペースは激減。こうなると球界でも一、二を争うほどの鈍足などマイナス面も目立ってくる。打率のほうは常に一定のペースを維持し続けたが、後半はさらに長打が減少。最後の本塁打は球宴前の7月中旬で、9月には筒香起用が優先され出番が減少。抹消され帰国、そのまま退団ということになった。
およそすべてといっていい打者が長打を減らした昨年だが、64試合で19本塁打が103試合で9本塁打というのはあまりに予想外。上述の超鈍足に加えて極端に後ろに重心を残す打法のため一歩目も遅く、併殺打が非常に多い。単打では魅力のない選手であり、退団はやむをえないところ。

50 下園 辰哉

レギュラー定着、出塁役型

左投左打
宮崎日大高〜九国大 横浜07ドラフト(大・社)4巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 19 53 11 1 0 0 12 1 0 1 0 4 0 15 .208
09 横浜 81 198 51 7 0 6 76 11 2 1 1 20 1 34 .258
10 横浜 131 402 115 21 3 3 151 28 1 6 2 49 2 82 .286
11 横浜 85 298 79 10 1 4 103 25 2 5 0 45 2 54 .265
通算 5年 344 980 262 41 4 13 350 65 5 13 3 121 5 196 .267

09年台頭、10年レギュラーに飛躍した外野手。一気に一軍戦力、それも主力にジャンプアップした。
大学では1年から主力として活躍し、所属リーグの通算安打記録を樹立(広島入りの1年後輩松山が翌年更新)した好打者。分離ドラフト4巡で横浜入り、1年目はシーズン途中に一軍昇格し主に代打で起用された。2年目は一軍出場を減らしたものの、ファームでは11ホーマー、44打点でチームの二冠王。終盤昇格後は積極的に先発で起用された。
09年も開幕は二軍スタートだったが、そこで3割中盤の高打率、35試合で42安打の活躍を見せ5月中旬に昇格。前半はそれほどではなかったものの、夏場に入ると調子を上げ、金城とセンターのポジションを分け合うように。また代打でも26打数8安打1ホーマーと好結果を残した。準レギュラークラスとなり、一躍主力候補に浮上。
そして10年は一気に外野の一角を確保。吉村・金城・早川といったところが揃って不振に喘ぐ中、序盤から安定した打撃を見せレギュラーとなった。センターを中心に100試合以上に先発出場。打順も定まらない中一定の状態をキープし続け、シーズン完走。4年目で規定打席に到達。
選球眼の高さが持ち味の選手で、10年の四球はチームでスレッジに次ぐ多さ。打率は3割未満ながら出塁率では内川とほぼ拮抗していた。脚力に特徴はないが出塁役が期待できる存在。守備力は決して高くないことから打順やポジションが流動的になりやすいタイプ。
レギュラーとして期待された昨年だったがオープン戦でフェンスに激突、骨折の重傷を負い開幕に大幅に出遅れ。一軍合流は交流戦も終わった6月の末だった。それでも復帰初打席で本塁打を放ち、以降はレフト、ライトで出場。当初今ひとつだった調子も徐々に上げ、主に1番を打った。打率は前年より下がったものの、四球が相変わらず多く出塁率は非常に高かった。
役回りがはっきりした選手(一方で望めない部分もはっきりしているが)で持ち味を充分に心得たプレーが魅力。確かな戦力となりつつあるが、前年に続き今季は肘の状態から開幕に遅れそうな状況で、故障続きというのは少し心配。

55 喜田 剛

スラッガー、流転型

右投左打
沖学園高〜福岡大 阪神02ドラフト7巡〜07途中、広島07途中〜10途中、オリックス10途中、横浜11
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 広島 66 92 22 2 1 4 38 11 0 0 0 6 2 22 .239
09 広島 78 126 32 12 0 2 50 20 0 0 0 6 2 30 .254
10 広島 10 8 1 0 0 0 1 0 0 0 0 2 0 4 .125
オリックス 10 17 4 2 0 0 6 2 0 0 0 0 0 5 .235
11 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 10年 239 409 102 29 1 9 160 46 1 1 0 29 5 100 .249

2年連続ウエスタンの二冠王を獲得したスラッガータイプの選手。なかなか一軍出場の機会に恵まれなかったが、07年途中広島に移籍して急上昇。
大学から阪神入り。ドラフトではかなり下位での入団だったが、1年目からファームのレギュラーに。以来二軍では堂々の主砲として活躍し、05,06年と続けてウエスタンの本塁打王と打点王を獲得。特に05年はリーグでは城島以来9年ぶりの20ホーマー突破を記録した。
これだけの数字を残しながらも、一軍にはなかなか浮上できず、常に一桁の出場に留まってきた。上のレギュラーが固まっていたために大いに割を食ってきた印象。07年も二軍にいたが、5月にトレード成立でチャンス到来。早速一軍登録されるといきなりスタメン起用。待望のプロ初ホームランも放ち、嶋の不振もあってライトのポジションを獲る勢いを見せた。
元来一軍で出番がなかったのが不思議な選手でもあり、もはや二軍では別格の存在。移籍なければ埋もれたままになっていた可能性も考えられ、実に大きな転機となった。ただ勢いは後半途絶え、特に8月後半から約1ヶ月ノーヒットが続き打率も急降下。終盤はガタガタになってしまった。08年は新井の抜けた三塁獲りに意欲を見せたが、出場数は横這い。それも大半が代打でのもので打席数は大幅に減った。それでも09年は再び巻き返し、チームトップの起用数54回で代打の1番手に。一発は2本のみだったが、出場数は増えて打点を伸ばしてきた。ただ起用数は多かったが代打での打率は2割ちょうどと成功率はいまいち。2ホーマーはいずれも先発時のものだった。
広島移籍後は一軍戦力として定着していた感もあったが、10年は結果を残せず二軍暮らし。すると5月にトレードが決まり、今度はオリックスへ移籍となった。しかしこちらでも大半が二軍生活で、一軍出場機会はわずかなもの。2チームのトータルで20試合の出場に留まり、4年ぶりに打席数が100を切ってしまった。
二軍でもほとんど一塁しか守っていないように、守備力には難がある。となれば打撃面、特に代打でアピールする他ないが、二軍では良くても一軍レベルにはちょっと粗すぎる印象。昨年は横浜へ移籍したが、シーズン通して二軍暮らし。下でも目立った結果を残せず、シーズン後戦力外となった。
近年はめっきり一軍が遠ざかり、チームを転々。年齢的にもさすがにもう後がなく、今季からはアイランド・リーグ徳島のコーチとなることとなった。広島移籍後チャンスを掴んだかに見えたが、活躍期間は短かった。

59 黒羽根 利規

若手捕手、強肩型

右投右打
日大藤沢高 横浜06ドラフト(高)3巡〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
09 横浜 10 10 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 3 .100
10 横浜 17 27 5 1 0 0 6 2 0 1 0 0 0 4 .185
11 横浜 45 97 17 3 0 1 23 5 0 6 0 11 0 27 .175
通算 6年 73 135 23 4 0 1 30 7 0 7 0 11 0 34 .170

徐々に出場数を増やし存在感を上げつつある若手捕手。まだ経験は足らないが、若さと強肩で期待される。
肩を始めとする守備面を評価され、高校生ドラフト3巡で横浜入り。素材型の高卒捕手ということで当初は二軍で育成。1年目は二軍戦出場も多くなかった。少しずつでも着実に前進し、3年目には1試合のみだが一軍初出場。この辺りからファームではメインでマスクを被るようになった。09年10試合と出番を増やしプロ初安打を記録すると、翌年はさらに17試合に増加。先発出場も6試合経験し、緩やかに一軍に接近中。
持ち味はチームトップと言われる強肩で、10年一軍でも6回中3回盗塁を刺した。そして昨年は急激に出番増加。前半はずっと二軍にいたものの、8月に昇格すると以降はほとんどメインでの起用に。自己最多の45試合出場の内、スタメン38試合。チーム内で2番目の多さで、終盤に限って言えばほぼ正捕手状態。
プロ初本塁打を放った打撃は相変わらず弱々しかったが、強肩という目立つ武器を持っているのは強い。鶴岡が加入するとはいえ正捕手は依然流動的な中、将来性の点では一番期待される存在。今季は一気に正捕手格となる可能性も。

61 武山 真吾

中堅捕手、急前進後退型

右投右打
享栄高 横浜03ドラフト10巡〜11、西武12〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
08 横浜 33 74 17 3 0 0 20 5 0 3 0 3 1 23 .230
09 横浜 49 120 29 5 0 0 34 5 1 2 0 7 1 35 .242
10 横浜 95 257 48 8 2 1 63 22 0 16 2 20 1 56 .187
11 横浜 46 88 11 3 0 1 17 5 0 6 1 4 3 26 .125
通算 9年 223 539 105 19 2 2 134 37 1 27 3 34 6 140 .195

08年の一軍初出場から10年筆頭捕手まで急上昇を果たした選手。正捕手有力候補として急台頭。
強肩強打の捕手として高校からドラフト下位でプロ入り。入団から5年は二軍で鍛えられてきた。徐々に力をつけ、07年は二軍でチームトップタイの9ホーマー、3割と打撃でアピール。1歳違いの斉藤とともに次の正捕手候補として浮上。
そして6年目に環境が大きく変化することに。5月末に昇格して守備で初出場、するとそのわずか10日後に鶴岡のトレードが決まり、いきなり2番手という立場となった。終盤9月以降は14試合に出場し、シーズン合計で22試合にスタメンマスクと一気に出番増加。相川が抜けた翌年は前半こそ二軍も、後半昇格すると混沌とする正捕手争いに参戦。49試合の内42試合で先発マスクを被り、これはチームで細山田に次ぐ数字だった。
そして翌年はさらに大きな前進のシーズンに。FA加入の橋本が不振に喘ぐ中、序盤非常に打撃好調。橋本が故障で離脱すると一気にポジション奪取となった。そのまま1番手としてシーズンを過ごし、前年から倍増の95試合に出場。81試合でスタメンマスクを被り、実質正捕手という立場に。
実績者の移籍からチームは2年続けてFA捕手を獲得したが、流動的な状況下の間隙を突いて台頭してきた。だが一方で売りの打撃はメインとなると急ブレーキ。昨年は序盤こそメインの捕手だったものの、再台頭の細山田に押され出番減少。黒羽根が台頭した後半は二軍暮らしと一転して大きく落ち込むシーズンとなった。出場数は半減し、正捕手争いから実質脱落。
4割台という高い盗塁阻止率をマークするなど光る部分もあったのだが…。シーズン後はトレードが決まり、今季は西武へ。この2年で環境が激変しているが、一軍に留まりアピールしたいところ。

99 中村 紀洋

フルスイング、紆余曲折型

右投右打 ベストナイン(96、99〜02)、Gグラブ(99〜02,04,07,08)、本塁打王(00)、打点王(00,01)、最高出塁率(01)
渋谷高 近鉄92ドラフト4位〜04、(米ドジャース05)、オリックス06、中日07〜08、楽天09〜10、横浜11途中〜
年度 球団 試合 打数 安打 二塁打 三塁打 本塁打 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四球 死球 三振 打率
メジャー通算 17 39 5 2 0 0 7 3 0 0 0 2 0 7 .128
08 中日 140 493 135 20 0 24 227 72 0 10 3 50 1 119 .274
09 楽天 77 263 58 11 0 2 75 26 0 1 1 29 0 41 .221
10 楽天 129 473 126 23 0 13 188 64 0 1 2 44 1 84 .266
11 横浜 62 115 24 3 1 1 32 14 0 0 2 9 0 27 .209
日本通算 19年 2006 6968 1847 318 11 379 3324 1216 20 26 41 942 40 1543 .265

豪快なフルスイングで名を馳せた大砲。全力で球を叩き潰すような独特のバッティングで、近鉄いてまえ打線の4番として君臨した。1年アメリカでプレーし、06年から日本復帰。
若い頃からそのスイングは注目され、4年目に20ホーマーを放ちレギュラー定着。なんといっても圧巻は98年以降で、ここからの5年間で190ホーマーを量産。00年に二冠に輝き、さらに翌01年は打率も3割、自己最多の46ホーマーをマーク。MVPのローズとともに優勝の立役者となった。日本シリーズではいいところを見せられなかったが、それでも翌年も数字を大きく落とすことなく安定した成績。状況によって右にも打てる柔軟さも再三見せた。
しかし02年オフにFA宣言、メジャーを巻き込んでの騒動の挙句残留。ここから急激に負の部分が目立つようになってしまった。03年は23ホーマーも打率大低迷。翌年は前半不振で20ホーマーにも届かず。後半巻き返したが帳尻合わせの印象は拭えなかった。打点も60台と少なく、チームの不振に一役も二役も買ってしまった。
膝や手首の故障に悩まされるようになり、そのためかかつての柔軟さが消失。やたらに強引に打撃に終始するようになってしまった。ショートもこなしたほどの守備も、膝の影響からか動きがちょっと鈍化。
近鉄消滅に伴ってポスティングで渡米した後、06年はオリックス入り。打線強化の目玉と期待されたが、前述の傾向はさらに悪化して2割をやっと越す低打率に喘ぎ、12ホーマー止まりと大誤算。手首の負傷から欠場も多く、終盤は完全に離脱。全く期待はずれな結果に終わった。シーズン後契約交渉で大揉めし、越年の末自由契約に。
なかなか契約が決まらず浪人もありうる状況だったが、キャンプ中に中日と育成契約。もちろん育成選手というレベルではなく、開幕前に支配下登録を果たした。一度どん底を見たためか、移籍後はかつてのしたたかさも甦った。時に右打ちを見せる柔軟さを取り戻し、安定した打棒を発揮。07年は3割には届かなかったが4年ぶりの20ホーマー到達。復活を果たし、08年は打率を下げるも一発増加。中心打者の一人として活躍。
見事に復活を見せてオフにFA宣言し、今度は楽天に移籍。中軸の大砲として大いに期待されたが、過去2年が嘘のような大不振に逆戻り。開幕カードに活躍もその後はさっぱり打てなくなり、ずっと低打率に。二軍調整を挟んでも一向に調子は上がらず、8月頭を最後に以降二軍暮らし。低打率もさることながら、シーズンわずか2ホーマーというのが深刻で、全く存在感のないシーズンだった。
それでも翌10年はレギュラーに返り咲き、交流戦では3割3分に8ホーマーと活躍。ただ同一リーグとの対戦ではパッとせず、特に後半は2割2分と低迷。前年よりだいぶ成績は上向き、2年ぶりの二桁本塁打も放ったものの、打率は最終的に平凡な数字に終わった。
主力としては物足りず、まして主砲とは言えない結果ではあったが、この成績でシーズン後戦力外に。またもや浪人の危機に陥ったが、開幕後の5月後半横浜入り。ただ成績のほうは冴えなかった。昇格してすぐに代打で一発を放ったが、それがシーズン唯一の本塁打。夏場は1割台前半という低打率に喘ぎ、最終的にも2割を越えるのがやっとだった。プロ入り初の二塁スタメンが話題になった程度で、目立つ場面は乏しかった。
衰えもあろうが、きちんとした調整をせずのシーズンインというのは無理があった。統一球環境でかつての豪快な一発というのは望みにくくなっているが、どこまで存在感を見せられるか。