横浜ベイスターズ

11 山口 俊

剛球右腕、抑え型

右投右打
柳ヶ浦高 横浜06ドラフト(高)1巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 16 0 1 1 0 2 23 2/3 10 1 28 16 1 2 2 0.76
09 横浜 51 0 5 4 18 7 55 44 7 68 17 4 5 20 3.27
10 横浜 54 0 2 8 30 2 68 2/3 57 6 78 24 1 3 20 2.62
11 横浜 59 0 2 6 34 1 61 1/3 46 5 48 19 4 3 17 2.49
通算 6年 191 0 11 24 82 12 249 2/3 200 31 253 94 13 14 88 3.17

横浜の新たな抑えとなった若手速球投手。150km超のスピードで押す力の投球が魅力。
高校2年時にエースとして神宮大会に優勝、続くセンバツでは初戦敗退も大会史上最速の151kmを計時し「高校生bP投手」とも呼ばれた。その後故障に苦しむも、秋の高校生ドラフトで1巡指名を受け横浜入り。期待の大器としてデビューは早く、1年目の6月末に初登板初先発、6回1失点の好投でいきなり初勝利を挙げた。さすがに粗くて後は続かず、翌年にかけて一軍では5連敗。ただ07年は二軍でオール先発で8勝をマークした。
3年目も8月まではずっと二軍。ただ下では着実に成績を良化させていた。そして9月に昇格すると、リリーフでかなりの好投。1ヶ月で16試合に登板し、わずか2失点と上々の結果を残した。10月にはリリーフ勝利で一軍での連敗をストップ。粗っぽいものの、奪三振率の高さと被打率の低さで力強さを存分に発揮。
この活躍から翌09年は当初から戦力と期待され、大きく飛躍に成功。シーズン序盤はセットアッパーとして好投し、抑え役の石井が乱調に陥ったことから、5月以降はストッパーとして回転することとなった。さすがに大安定とはいかず、チームの低迷からセーブ数も伸びなかったものの、51試合に登板して5勝18セーブの成績を残し、完全に主力に定着。
平均で150km前後の速球が最大の持ち味で、投球の7割を速球で押す豪腕タイプ。同時に粗っぽさも残る投手だが、デビュー当初に比べ随分四球は減った。先発で長いイニングをこなすよりはリリーフの瞬発力に適性。
当初先発転向予定の10年だったが、新外国人の評価が低く開幕直前になって抑えに戻ることに。バタバタした影響もあってかシーズンでは5月末までに5敗を喫するなど序盤は不安定。ただその後はだいぶ落ち着いてきた。最終的に8敗したものの、低迷するチームにあって30セーブの大台に到達。これで立場はすっかり不動となり、昨年は最初から抑え構想。チームは相変わらず低迷もコンスタントにセーブを積み上げ、前年を上回る34セーブを記録した。
一見成績を伸ばしているが、自責にならなかった失点が3あり、失点率では前年よりダウン。6敗というのは守護神としては少し多く、特に最後の1ヶ月に3敗を喫してしまった。課題は未だ残すが、抑えとして実績を残し今季もリリーフの中心。昨年奪三振率が低下したのが気がかり。

13 大沼 幸二

速球派、二重人格型

右投右打
尽誠学園高〜プリンスホテル 西武01ドラフト1位〜10、横浜11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 西武 52 0 2 4 1 7 83 79 5 64 36 3 4 34 3.69
09 西武 54 0 4 7 1 15 66 59 6 45 30 4 2 23 3.14
10 西武 16 0 2 1 0 0 23 1/3 30 2 15 10 1 2 20 7.71
11 横浜 14 0 0 0 0 1 11 2/3 13 3 9 10 0 1 11 8.49
通算 11年 247 2 17 30 6 25 442 469 55 327 236 11 22 248 5.05

リリーフが中心の豪腕タイプの右腕。西武時代抑え役を務めたこともあるが、粗っぽさも同居してなかなか安定しきれない投手。
社会人からドラフト1位で西武入り。もともと素材型と言われていた通り当初は戦力にならず、入団2年間の登板は一桁に留まっていた。浮上してきたのは3年目の03年。この年中継ぎ陣が崩壊したことからチャンスを掴み、翌04年は開幕から一軍入り。豊田が離脱した夏場には代役抑えもこなし、プロ初勝利を含む4勝3セーブの実績を残した。しかしここから伸び悩み。
05年は自己最多の5勝も、内容としては大きく後退。7点近い防御率では投手の駒不足に苦しむチームの助けにはあまりならなかった。開幕前は新ストッパー候補に数えられた06年だったが状態はさらに悪化。わずかな登板数で内容も散々。07年も大半を二軍暮らしで、完全に一軍半に逆戻りという形に。
ボールの威力は一級品。150kmに迫るスピードで圧倒してくるが、全体的に制球が高めで荒れ気味。はまれば凄いが手がつけられないほど乱れることも多く、そういう時は四球も多発。悪い時があまりに酷いため、どうしても全体的な印象が悪い。
長らく期待を裏切っていたが08年はリリーフの主力となる再浮上。開幕からコンスタントに投げ、終盤は一気に登板数が増えて自身初の50試合突破。内容もここ2年とは雲泥の差で、右の中継ぎの一人として戦力に。翌年も50試合以上登板でフル回転、4勝15ホールドという成績を残した。
ただこの2年もいい時と悪い時の落差は激しく、09年は終盤9月12試合で11失点と乱調。この不調は翌年に引きずってしまった。肩の違和感から開幕二軍スタート。5月末に昇格してしばらくは良かったが、6月後半から捉まるように。7月3年ぶりの先発登板で勝利という場面があったが、その後2試合の先発はいずれも序盤KO。8月中旬以降は二軍暮らしで、登板数激減、成績も数年前のレベルにダウン。
昨年は横浜に移籍。層の薄いチームで復調を期待されたが、むしろさらに悪くなってしまった。開幕からの5登板で3度失点し長期二軍落ち。8月の再昇格時も不安定な投球は変わらず、全く戦力になれず二軍生活が長いシーズンに終わった。登板数は減り、防御率8点台は自己ワースト更新。
これだけ四球を出しまくり、被打率も高いのでは敗戦処理としても厳しい。すっかり存在感が薄れ、今季はかなりの正念場。

14 小林 太志

中堅右腕、伸び悩み型

右投右打
富岡高〜立大〜JR東日本 横浜08ドラフト(大・社)1巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 31 1 6 5 1 0 128 2/3 136 19 69 43 11 0 63 4.41
09 横浜 12 1 1 8 0 0 66 1/3 69 5 37 24 4 4 33 4.45
10 横浜 20 0 0 2 0 0 37 2/3 42 8 26 17 2 2 26 6.21
11 横浜 17 0 4 3 0 0 62 1/3 61 5 40 19 3 0 24 3.47
通算 4年 80 2 11 18 1 0 295 308 37 172 103 20 6 146 4.45

先発入りを期待される投手。1年目に活躍するもその後伸び悩み、もうひとつ期待を裏切っている。
立大時代にも主戦として投げたが、社会人で大きく成長。大・社ドラフトで大場の外れ1巡で横浜入りとなった。投手層の薄いチームで期待はもちろん即戦力。開幕してすぐに一軍昇格し、しばらくリリーフ登板。4月末に初先発し、7回1失点の好投でプロ初勝利をマーク。これ以降一軍定着し先発を中心に投げるように。2勝目までは1ヶ月以上空いたが、7月にはチーム初完投となる完封勝利を記録。三浦に次ぐチーム2番目のシーズン6勝を挙げた。
140km台後半から150kmと充分なスピードを持つが、スライダーやチェンジアップを交えて打たせて取る投手。力で牛耳るタイプではなく、どちらかといえばバランスで抑える。6勝も4点台の防御率も地味な数字ではあるが、100敗に迫ろうかという大負けのチームにあって勝ち越しという結果を残した。
期待通りの即戦力となったが、2年目は一転泥沼の状態に。ボークや四球、自らのエラーなどから崩れる自滅傾向を見せ、4月中旬に1勝したきり5月から連敗地獄にはまり、6月に二軍落ち。9月再昇格するも2試合いずれも敗戦で、7連敗でシーズン終了。数字以上に印象の悪い負け方で、一気に信用を落としてしまった。10年も昇格当初こそ良かったものの、先発に廻った辺りから急激に成績悪化。派手な炎上もあり、防御率を6点台に落として終わった。前年からの連敗は9に。
二軍スタートの昨年も昇格当初はロングリリーフなどで好投し、先発に廻ると2年ぶりの勝利を記録。しかし続く3試合はまた派手に打たれ二軍落ち。前半に関してはこれまでと同じ姿だった。しかし再昇格した終盤先発で3連勝をマーク。久々に輝きを見せ、停滞を抜け出す気配を感じさせた。
脆さが顔を出さなければ、もっと成績を残せる力は充分に持っている。終盤の好調を何としても持続し、今季こそはシーズン通しての戦力になってもらいたいところ。このクラスの成長があればチームも随分変わってくる。

15 山本 省吾

技巧派左腕、先発定着型

左投左打
星稜高〜慶大 近鉄01ドラフト1位〜04、オリックス05〜10、横浜11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 オリックス 30 2 10 6 0 2 154 2/3 166 11 90 30 8 1 58 3.38
09 オリックス 27 3 9 7 0 0 159 2/3 176 18 110 47 4 1 75 4.23
10 オリックス 23 0 8 10 0 1 107 143 19 79 20 8 3 65 5.47
11 横浜 21 0 2 11 0 0 79 99 10 50 25 4 0 52 5.92
通算 11年 279 5 39 38 2 11 707 1/3 828 85 485 183 29 10 345 4.39

高校時代にエースとして何度も甲子園に出場し、六大学でも華やかな実績を残した左腕。なかなか起用法の定まらない状態が続いていたが、08年からローテーションに定着。
ドラフト1位としてまずは近鉄入り。即戦力の期待もあった1年目は悲惨な成績に終わったが、2年目の02年に躍進。切れの良いスライダーを武器に中継ぎで活躍し、高い安定感で4勝をマーク。後半には完全にリリーフの主力に定着した。
ピッチングのテンポが非常に良く、ポンポンと投げ込んでくるタイプ。制球も安定していて、打者をリズムに乗せないうちに打ち取るのが得意のパターン。ボール自体に強烈な個性はないが、打たせて取る技巧派で、どこでもいける利便性も持っている。
ただ04年不調に苦しみ、ここからしばらく隔年傾向が続くこととなった。先発候補に挙げられながら、リリーフが多いなど起用法も一貫せず、そのため印象も薄かった。リリーフ専念の06年は抑え役を務めた時期もあったが、平凡な成績。07年は後半良かったものの前半二軍暮らしで登板数半減。
しかし08年ついに殻を打ち破る大活躍を見せた。故障者続出で再編成となった先発陣に食い込み、安定した投球を披露。特に日本ハム(4勝)、ロッテ(3勝)の2チームをカモにし、コンスタントに勝ち星を重ね見事10勝をマーク。シーズン100イニング以上投げたのはこれが初めてで、もちろん自身初の二桁勝利。チームからは4人の10勝投手が誕生、全員が初の二桁勝利だったが、その中でも一番のダークホース的存在だった。これで自信を掴み、翌09年も先発として活躍し隔年サイクルから脱出。内容自体は前年に及ばないものの9勝。終盤1ヶ月で防御率を1点近く悪化させるも、チームで最多の先発数で、誤算の多かった投手陣を支える働きを見せた。
しかし10年は低調なシーズンに。ローテーションで投げ続けたものの開幕から不安定な投球が続いた。前半5点台の防御率ながら6勝と勝ちに恵まれていたが、後半は内容がさらに落ちて勝てなくなり終盤は二軍落ちも。8勝はしたものの二桁敗戦を喫し、5点台半ばの防御率と成績大幅悪化。
トレードで昨年は横浜へ。派手さはなくとも実戦的な戦力と期待され、開幕投手も任された。だが09年終盤から続く不振は環境が変わっても継続。5月頭の2勝目を最後にひたすら負け続けとなり、二軍調整を挟んでも改善されず泥沼の9連敗。ここで先発脱落となった。後半は二軍が長くなり、リリーフで投げるも内容はさっぱり。結局序盤の2勝止まり、2年連続の二桁敗戦となる大負けで、6点近い防御率と大誤算に終わった。
統一球の影響を受けてなおかつこの状態というのはあまりに深刻。とにかくどこを取ってもいいところがなく、2勝した阪神戦もその後は連続KOされリリーフでも失点。どうもここ数年技巧派の割に雑な面が出ており、制球の甘さが目に付く。昨年1年で随分信用も落とし、今季も悪いままだと後がなくなる。本来の投球を取り戻して巻き返さないと。

16 加賀 繁

即戦力サイド、技巧派型

右投右打
埼玉平成高〜上武大〜住金鹿島 横浜10ドラフト2位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
10 横浜 27 0 3 12 0 1 145 165 15 83 28 7 1 59 3.66
11 横浜 29 0 4 3 0 3 70 2/3 72 8 51 11 2 0 28 3.57
通算 2年 56 0 7 15 0 4 215 2/3 237 23 134 39 9 1 87 3.63

社会人からプロ入りし即戦力となったサイドスロー右腕。層の薄い投手陣にあって奮闘を見せる。
大学から投手となり4年秋にはリーグMVPに。社会人に進み、ドラフト2位指名で横浜入りとなった。即戦力の期待通り開幕一軍入りすると、当初2試合はリリーフもすぐに先発入り。4月末にプロ初勝利をマークし、ローテーション定着。シーズンのほとんどを先発で過ごし、チームでは清水に次ぐ24試合に先発登板。援護に恵まれず、チーム状態の悪さもあって3勝12敗と大幅に負け越してしまったが、終盤調子を落としながらもチームの先発で最もいい防御率を残した。
上下動の小さいブレの少ないフォームで、横手から丁寧にコーナーを突くスタイルの技巧派タイプ。飛び抜けて鋭いボールはなく被安打は多いものの、高い制球力で粘り強く攻める投球が持ち味。
2年目の昨年はリリーフでスタートし、開幕戦で早速白星。5月中旬までに20試合に投げたが、先発が不足となるや再転向。しかし4試合投げたところで肩の痛みを訴え、3ヶ月の長期離脱となってしまった。9月に復帰後は先発で投げ、最終的には前年を上回る4勝をマーク。
当初のリリーフで随分過密に投げており(チーム30試合中20試合に登板)、さらに急な先発転向と、さすがにこれは無理な起用だったという印象。試合をつくれる投手ということで、やはり先発のほうがいいか。

17 清水 直行

先発中軸、隔年型

右投右打
報徳学園高〜日大〜東芝府中〜東芝 ロッテ00ドラフト2位〜09、横浜10〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ロッテ 25 7 13 9 0 0 165 2/3 151 13 108 41 1 4 69 3.75
09 ロッテ 23 2 6 7 0 0 144 2/3 177 14 88 42 1 5 71 4.42
10 横浜 26 1 10 11 0 0 155 203 26 105 39 8 1 93 5.40
11 横浜 7 0 2 4 0 0 37 47 4 20 14 1 1 19 4.62
通算 12年 294 39 105 100 0 0 1677 1/3 1825 186 1154 486 45 46 775 4.16

黒木離脱のロッテ投手陣を救い、エースとなった先発右腕。3年目の02年初の二桁勝利をマークし、以来先発の軸としてコンスタントに活躍。
即戦力投手としてドラフト上位で入団したが、当初の印象は特徴のない選手。1年目から先発で起用されるもわずか3勝と結果を残せず、やや期待外れかと思われた。しかし2年目、シーズン途中から中継ぎに廻ると球速が飛躍的に伸び、MAX150kmまで成長。完全な速球投手として一本立ちした。そしてさらに向上したのが02年。シーズン当初から先発に定着し、同僚ミンチ―以上にチームの苦しい時をたびたび救った。防御率こそもう一つも堂々の14勝。翌03年は前半から抜群の安定感を発揮し、リーグで唯一200イニングを越えて15勝。防御率も向上し、一気にタイトルに手が届きそうな勢いを見せた。
スピードは一時に比べると落ちたが、速球を軸にカットボールとフォークを駆使して攻めるオーソドックスな投手。制球も安定し、球種の多彩なバランスの取れたタイプ。派手さにはやや欠けるが完投能力もあり、故障もなくローテーションを維持する。ただ一発病の気があり、被弾が多めなのが難点。
エースと目されていたが、チーム成績が上向いてくると逆に成績悪化で微妙な印象に。優勝した05年は後半絶不調で、10勝投手6人中最も防御率が悪く二桁敗戦。06年は巻き返して3年ぶりの勝ち越し、エースの意地を見せたが、07年は一気に急落の大不振。開幕から5連敗、その後も冴えない投球が続き、わずか6勝と大誤算のシーズンに。5年続けてきた二桁勝利が途絶え、またも二桁敗戦を喫してしまった。
近年はやや決め手不足の傾向があり、そのためか隔年傾向が顕著になっている。08年は7月以降8勝を上積みし、チームトップタイの13勝。自身も5年ぶりに「11勝の壁」を突破し、6度目の二桁勝利を達成。しかし09年は不安定となり、終盤は1試合おきにKOされる乱調。8年連続規定投球回到達とローテーションは維持したが、6勝と不本意な結果に終わった。
トレードで10年は横浜へ。実績豊富な先発右腕として開幕からローテーション入りし、不調の三浦に替わってほぼ最後まで軸に座り続けた。自身7度目の10勝はチームで唯一の二桁勝利。ただその投球内容はあまりいいものではなかった。6月以降急に派手な炎上を見せるようになり、出入りの激しい状態に。防御率は最終的に5点台半ばまで悪化し、6度目の二桁敗戦。
それでも先発の中心として期待された昨年だったが、故障の連続で散々な結果に。キャンプから順調さを欠き、開幕直後に登板したものの今度は試合中に肩を痛めすぐ離脱。7月に復帰し2勝したものの、8月後半には足の故障で長期離脱。シーズンの大半を棒に振り、登板数一桁、2勝はいずれもプロ生活で最少の数字。
隔年通りなら今季は復活の順番だが、36歳となるベテランで、故障が相次いだのは今後に不安を残す。近5年の防御率は4点台中盤と主戦投手としてはだいぶ物足りないもの。ベテランらしい粘りとしたたかさが求められる。

18 三浦 大輔

大黒柱、高技術型

右投右打 最優秀防御率(05)、最多奪三振(05)
高田商高 大洋・横浜92ドラフト6位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 21 4 7 10 0 0 144 137 22 111 29 4 4 57 3.56
09 横浜 28 6 11 11 0 0 195 1/3 175 28 138 37 4 2 72 3.32
10 横浜 16 0 3 8 0 0 79 2/3 108 12 58 23 4 2 64 7.23
11 横浜 18 2 5 6 0 0 111 1/3 96 9 74 31 7 1 36 2.91
通算 20年 448 69 143 147 0 0 2710 1/3 2574 291 2134 749 67 53 1079 3.58

長年横浜のエースに君臨する右腕。ドラフト6位の下位入団から主戦にのし上がった。「番長」のニックネームで知られるが、投手としてはオーソドックスな総合力タイプ。
格別速い球もなく、特殊な変化球も持たない。持っているボールは平均的で、変則のモーションとスローカーブを駆使した緩急を武器とする。しかしタイミングをはずすテクニックは見事な物で、高低・内外のコースをフルに使い、持てる技術を総動員して抑えるタイプ。低めを丹念につく制球力で、渋い投球術が持ち味。
高卒2年目には早くも先発勝利を挙げ、4年目の95年に8勝でローテーション定着。以降不調の年はあるものの、常に先発の中心を占めるように。大勝ちは望みづらいが安定感は非常に高く、97年からの5年間で4度の二桁勝利を記録した。それだけに02年以降故障が多かったのは、チームにとっても大きな痛手となった。離脱も多く、ただでさえ先発不足のチームが低迷する一因となってしまった。
アテネ五輪に代表参加した04年も6勝止まりと、冴えないシーズンが続いていたが、翌年は久々に完全復調。球の走りが良く、特に7月以降は2点そこそこの防御率と大安定。後半だけで9勝の活躍で、4年ぶりに二桁達成。だけでなく、防御率・奪三振のタイトルに輝き、自己最高のシーズンとなった。チームAクラス浮上にも大きく貢献。援護がもう少しあれば最多勝も狙えたかもしれないという内容だった。
二段フォーム規制強化で注目された06年は、序盤の不調に加えてやや安定感に欠け8勝止まり。それでもリーグトップの9完投・3完封など投球術は健在。そして07年は6,7月に6勝を稼ぐ好調で二桁復権を果たした。3完封は3年連続のリーグトップ。ただこの辺りから隔年傾向が強くなり、08年は開幕出遅れに続いて6月には肩の不調で離脱。再三の故障とチームの低迷から勝ち星は伸びず、7勝止まりに終わった。FA宣言も残留した09年は再び持ち直し、前半だけで7勝。計11勝で7度目の二桁勝利達成。ただ後半は数字が伸びず、負けも込んで4年連続二桁敗戦。
それでも主戦として投手陣を支えてきたが、10年はかつてないほどの大不調。調子が上がらず開幕二軍スタート、4月中に昇格するも非常に出入りの激しい投球で不安定。交流戦で3勝目を挙げて以降は全く勝てなくなり、夏場には調整のため二軍落ちという事態に。その後も立ち直れず、終盤も散々に打ち込まれ6連敗でシーズン終了。100イニングを割ったのは16年ぶりで、防御率7点台は自己ワースト。
さらに昨年も序盤は不調で、3試合投げたところで長期二軍調整。すっかり影が薄くなり、年齢的にもいよいよ厳しいかと思われた。しかし7月に再昇格すると前年来の不振から脱出し復調に成功。チーム状態の悪さから勝敗は五分だったが、防御率2点台半ば、平均投球回6以上と安定。7月以降だけでチームトップタイの5勝、先発陣では数少ない防御率2点台で、ベテラン健在をアピール。
2ヵ月もの二軍生活だったが、そこでの調整が功を奏しスピードが回復。結果的には隔年サイクル通りとなったが、崖っぷちというところから見事に立ち直ってきた。もう38歳のベテランで高望みはしづらいが、未だチーム内での存在感は大きい。そろそろ三浦に替わって先発を支える存在が台頭して欲しいところではあるが。

19 藤江 均

若手右腕、リリーフ台頭型

右投右打
上宮太子高〜NOMO・B.C〜東邦ガス 横浜09ドラフト2位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
09 横浜 9 0 0 4 0 0 37 1/3 54 8 24 10 1 3 27 6.51
10 横浜 15 0 2 3 0 1 40 2/3 54 10 34 11 3 1 34 7.52
11 横浜 47 0 3 0 0 15 45 2/3 33 2 41 12 3 2 8 1.58
通算 3年 71 0 5 7 0 16 123 2/3 141 20 99 33 7 6 69 5.02

昨年後半急成長を遂げ、主力リリーフとなった右腕。一軍定着を果たし、セットアッパー格として活躍。
クラブチームで急激に伸びた選手で、主戦投手として活躍。東邦ガスに移ったあとも活躍を続け、ドラフト2位指名で横浜入り。当然期待は即戦力だったが、1年目は一軍で計4連敗を喫した。しかし二軍では力を発揮し、9勝3敗で1点台の防御率。勝利数・防御率・勝率の3部門でイースタンのタイトル獲得。
そして期待を受けた2年目は開幕3戦目に先発登板し、1失点の好投を見せてプロ初勝利を挙げた。だが続く登板では初回に6安打2ホーマーを浴びる大炎上で1回7失点KO。これで前半は二軍暮らしとなった。7月に再昇格後しばらくリリーフで投げ、8月中旬からはまた先発。もう1勝上乗せしたものの、出入りの激しい投球で防御率は7点台。終盤はまた二軍落ちとなった。
ここまでは好不調の差があまりに極端で乱調癖がはっきりしていたが、リリーフに専念した昨年大きく伸びた。序盤は二軍スタートだったものの、6月後半に昇格。7月12試合で1失点という好投で信頼を掴み、後半は山口につなぐセットアッパーを任され、これをきっちりこなした。15ホールドはすべて8月以降の記録で、序盤二軍ながら計47試合に登板。防御率1点台と好結果を残し、一気にリリーフの中心格に。
140km台中盤の速球と、クラブ時代野茂から伝授されたというフォークが投球の軸。以前は非常に脆いという印象だったが、別人のように安定した。今季は開幕からフル回転が期待される。弱いと言われる投手陣だが、リリーフはなかなか戦力が揃ってきた。

20 須田 幸太

即戦力期待、先発候補型

右投右打
土浦湖北高〜早大〜JFE東日本 横浜11ドラフト1位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 17 0 2 6 0 0 85 93 16 52 32 3 4 50 5.29
通算 1年

ドラフト1位ルーキーとして即戦力を期待された右腕。大学では華やかな後輩達の陰に隠れた格好だったが、社会人で活躍しプロ入り。
ドラフトで大石の抽選に敗れた横浜が指名。奇しくも大学の後輩の外れ1位という形となった。質・量ともに不足するチーム状況から当然期待は即戦力の先発要員で、開幕直後に一軍昇格し先発登板。以降先発の一角で投げ続けた。ただいきなり活躍とはいかず3連敗スタート。6月8度目の登板でようやくプロ初勝利を挙げたが、直後また連敗。夏場は投球内容がかなり悪くなり、8月中旬7失点KOを喫すると二軍落ち。1年目は2勝に留まり、負け越しで防御率5点台とやや厳しい結果に終わった。
最速140km台中盤の速球を軸に、スライダーやシンカーを中心とした変化球を交える投手。力で牛耳るのではなく、幅広くバランスよく攻めるタイプか。1点以内に抑えながら勝てなかったゲームもあり、ある程度一軍で通じるものは見せた。ただチーム最多の16被弾は、登板数を考えると明らかに多すぎる。四球ももう少し減らしたいところで、制球力の向上が欲しいところ。先発陣は依然弱体で、今季も期待される存在。

22 高崎 健太郎

速球右腕、先発定着型

右投右打
鎮西高〜日産自動車 横浜07希望枠〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 11 0 0 2 0 0 17 30 3 17 9 0 1 15 7.94
09 横浜 56 0 4 0 1 5 74 81 5 59 16 1 2 33 4.01
10 横浜 7 0 1 1 0 0 15 23 3 9 4 0 0 13 7.80
11 横浜 29 0 5 15 0 0 177 1/3 182 9 127 36 2 3 68 3.45
通算 5年 112 0 12 19 1 5 313 1/3 351 23 235 79 5 7 147 4.22

速球とスライダーを武器とする本格派タイプの右腕。昨年ローテーションに定着し先発の中心的存在に。
社会人時代2年連続都市対抗準優勝など活躍し、希望獲得枠で横浜入り。1年目は二軍だったものの、10勝を挙げてイースタン最多勝を獲得した。117イニングもリーグ最多で防御率2位。終盤には一軍で先発連勝、この活躍から08年は開幕ローテーション入り。しかし2年目の飛躍は果たせず大きく期待を裏切ることとなった。連続KOで早々に二軍落ちし、再昇格後はリリーフ登板もこれもうまくいかず。最後は3試合連続失点を喫して6月頭に二軍落ち、以降再昇格なく終わった。
走者を背負うと投球がガタガタになる未熟さをさらしてしまったが、09年ようやく殻を一つ打ち破った。開幕からリリーフに専念し登板数大幅増加。5月乱れて二軍落ちした時期があったが、ほぼシーズン通して一軍定着。チームでは真田に次ぐ56試合に登板し4勝。8月にはプロ初セーブを挙げるなど成長の1年に。
だがこれを翌年に持続できず。二軍スタートの10年は6月末に昇格するも、リリーフ5試合中3試合で失点し二軍落ち。8月末に再昇格して今度は先発するが、3回持たずにKOされ即Uターン。大きく後退の1年に。
ただシーズン最終戦に7回無失点の好投で1勝を挙げ、昨年は開幕ローテーション入り。ベテラン勢が揃って姿を消す中、一皮むけた投球を見せて主力としてシーズンを送った。チーム状態の悪さから4月から6月にかけて6連敗、8月からも5連敗とひたすら負けが先行したが、最後までローテーションを守り続け規定投球回到達。5勝と寂しい数字ではあるがチーム勝ち頭に。
ただ統一球効果で全体防御率が1点前後良化した点を考慮すると、3点台中盤の防御率は物足りないところ。前半は勝てないまでもいい投球を見せていたが、8月以降の防御率は4点台半ばと失速。リーグ最多の15敗は援護のなさだけが理由ではなかった。しかし計算できない先発陣にあって高崎にかかる期待は大きく、今季はさらなるステップアップを望まれる。壊滅的とも言える投手陣を支える存在となれるか。

24 ブレント・リーチ

先発候補、大誤算型

左投右打
横浜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 8 0 1 7 0 0 39 1/3 47 3 36 21 0 4 26 5.95
通算 1年

昨年横浜入りの外国人投手。先発候補の左腕として期待されたが、震災で帰国し制限選手となるなどトラブルに。
09年リリーフで38試合登板したのが唯一のメジャー実績。2Aと3Aの狭間にいた選手で、10年は2Aレベルで先発7勝。チームに手薄な先発左腕を期待されて獲得。比較的順調な調整を見せていたが、3月東日本大震災の発生に伴い一時帰国。ところが再来日の目処が立たず、史上初の制限選手として公示されることに。
巨人バニスターの例もあり、そのまま退団という可能性も充分あったが、7月になってようやく再来日。支配下登録に復帰し、改めて先発候補として調整。二軍戦を経ず、7月末から一軍マウンドに立った。連敗の後、3度目の登板で好投し来日初勝利。
だがこれで良くなるかと思いきや、この後投球内容が悪化の一途。5連敗を喫し、最後の4試合はすべてKO。9月半ばに二軍落ちとなり、以降登板なく終わった。結局1年限りで退団に。中盤に手酷く捉まっていた辺り調整不足は顕著だった。チームとしては大きな誤算に終わった。

27 江尻 慎太郎

サイド転向、リリーフ再生型

右投右打
仙台二高〜早大 日本ハム02自由枠〜10途中、横浜10途中〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 日本ハム - - - - - - - - - - - - - - -
09 日本ハム 45 0 2 1 0 12 45 40 5 39 25 2 3 16 3.20
10 日本ハム 2 0 0 0 0 0 1 1/3 6 0 0 0 0 0 4 27.00
横浜 54 0 1 2 0 13 53 1/3 57 4 33 16 6 1 25 4.22
11 横浜 65 0 2 2 0 22 56 2/3 47 6 38 11 3 2 13 2.07
通算 10年 299 3 27 19 1 51 408 447 43 255 124 20 17 196 4.32

07年リリーフで一本立ちを果たした右腕。自由枠入団もなかなか安定しなかったが、30歳となってから大きく飛躍。
二浪して早稲田に進んだ経緯から、ドラフト時には「小宮山二世」とも呼ばれた。スピード豊かな好投手で、長身から角度もある。また140km前後のスピードで迫るカット気味のスライダーはかなりの威力。球種も豊富で、力で押すというよりはバランス良く攻めるタイプ。ただ惜しむらくは、全体的に制球が上ずり気味。
自由枠で日本ハム入りし、即戦力期待も1年目はわずか2試合の登板。翌年もほとんど二軍暮らしで完全に期待を裏切る形となっていた。04年ようやく浮上の兆しを見せて5勝、これで翌年は開幕ローテーション入りしたが、前半6勝も防御率は5点台後半。後半は二軍に逆戻りと期待に応えられず。06年も再び開幕から先発機会があったが、今度は6月まで持たず。チームが快進撃で沸く中、後半は名前さえ聞かれなくなってしまった。
2年続けての失態で伸び悩みの印象だったが、翌07年遅ればせながら台頭を見せた。開幕こそ二軍スタートも、4月下旬に昇格するとそこからリリーフで好投。特に5月は3勝を稼ぎ、入団後初めてシーズン通しての戦力となった。すべてリリーフ登板で自己最多の7勝をマーク。接戦をしぶとくものにしてきたチームにとって欠かすことのできない存在に。
年齢的に今度もダメなら…というところだったが見事に意地を見せた。肘の手術で08年は一軍登板できず、勢いを断ち切られる形となったが、翌年再び台頭。新たに腕を下げてサイドスローに転向しての復帰となった。序盤二軍で抑え役として安定した成績を残し、5月後半に昇格すると完全に一軍定着。07年を上回る45試合に登板し、重要な戦力となった。
10年開幕から2試合失点が続くと、直後に横浜へトレード。移籍後は貴重なリリーバーとして多用され、一時二軍落ちの時期がありながらもチーム2位の54試合登板。そして昨年はさらに存在感を増した。開幕からフル回転で苦しい投手陣を支える働き。8月体調を崩して一月弱離脱がありながらも自己最多の65試合登板。成績も前年より大きく良化し、2点台の防御率は自身初。チームトップの22ホールドをマークし、リリーフの中心格としてフル回転のシーズンに。
前年苦手とした対左が昨年は1割台。これまでは雑なところも多かった投手だが、これまでにない安定感を発揮した。そろそろベテランの域に入るが今が全盛か。今季も重要な戦力。

28 秦 裕二

先発候補、伸び悩み型

右投右打
智弁学園高 横浜02ドラフト1巡〜11
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 2 0 0 0 0 0 2 2/3 7 3 3 1 0 0 7 23.63
09 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
10 横浜 9 0 1 0 0 0 9 2/3 15 2 7 4 0 0 6 5.59
11 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 10年 89 0 9 9 0 0 196 1/3 218 33 105 92 6 7 99 4.54

なかなか一本立ちしきれない右腕。ドラフト1巡入団、以来期待を受け続けるがあと一歩のところで足踏みし、伸び悩み。
智弁学園のエースとしてチームを春夏連続甲子園出場に導いた好投手。バランスの取れたタイプで、高校時から完成度を高く評価されていた。その期待通り1年目から早くもプロ初勝利を記録。その後ちょっと停滞したが、05年先発で3年ぶりの勝利を記録。
驚くほどのスピードはなく際立った個性は感じにくいが、全体的なバランスで攻めるタイプ。やや迫力不足にも感じられるが、若いながらも幅の広さを持つ。ただこれといった決め手に欠ける面も。
06年は待望の一軍定着を果たし、先発にリリーフにと様々な場面で起用され33試合に登板、自己最多となる5勝をマーク。これでいよいよ先発定着が期待されたが、07年は大きく足踏み。前半二軍暮らし、後半昇格も内容いまいちで、1勝しかできずに終わった。移籍してきた同い年の寺原に大きな差をつけられる格好に。
課題は決め手不足に伴う四球の多さ。打たせて取るタイプにしては多すぎ、それが一向に減ってこない。そしてこれ以降は一軍が遠ざかってしまった。08年はわずか2度の登板、それもいずれも被弾で失点という散々な内容。翌09年は初めて一軍登板なし、二軍でも低調な成績に終わり、はっきり伸び悩み状態に。
10年夏場に昇格し、リリーフで3年ぶりの勝利を記録。少しだけ上向いたが、良かったのは短い間だけで、たちまち失点がかさむようになり二軍落ち。結局一軍滞在は1ヶ月未満だった。そして昨年はまたシーズン通して二軍暮らしに終わり、とうとう戦力外に。
28歳の年齢で一軍半にも一歩足りないという状態ではさすがに苦しい。06年の台頭を翌年につなげられなかったのが痛かった。

30 真田 裕貴

実戦派、リリーフ型

右投右打
姫路工高 巨人02ドラフト1巡〜08途中、横浜08途中〜11、巨人12〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 26 0 2 4 0 3 51 1/3 64 3 25 16 1 1 28 4.91
09 横浜 68 0 5 4 0 19 66 1/3 66 9 36 23 4 0 22 2.98
10 横浜 62 0 3 8 0 16 69 2/3 72 10 41 21 7 3 30 3.88
11 横浜 53 0 2 0 0 3 49 66 4 18 8 4 0 23 4.22
通算 10年 299 1 24 27 3 41 421 476 52 233 121 31 9 198 4.23

横浜移籍後主力リリーフに定着した右腕。新人時に活躍後伸び悩んでいたが、環境変わって再台頭。
高校時代はエースと同時に主砲として活躍し、寺原の外れ1巡で巨人入り。「打者としても」という評価もあったが、1年目から投手として結果を残した。高卒ルーキーながらシーズン途中からローテーション定着し、6勝をマーク。崩れそうでなかなか崩れない投球で、予想よりも実戦的な面を見せた。巨人の高卒投手6勝という数字は堀内以来36年ぶりの記録。
評判だったスピードはさほど発揮できなかったが、シュートとスライダーを軸とする左右の揺さぶりが持ち味。ただこの「崩れそうで崩れない」粘りが、2年目以降見られなくなってしまった。翌年は内容悪化で3勝止まり、04年はさらに悪くなり、ほとんど出番もないままシーズン終了。05年も伸び悩みは止まらず、わずか4試合の登板で、成績はさらに落ち込んでしまった。当初の期待感もだいぶ低下。
もっと出る、と言われ続けたスピードは停滞気味で、ちょっと小手先の技術に逃げてしまっていた印象も。06年は久々にいいところを見せ、シーズン途中に昇格してリリーフで好投。2ヶ月で20試合に登板し3年ぶりのセーブも記録。たださすがに登板過多だったようで、8月は疲労で失速。この傾向は翌年も出て、開幕当初はなかなか良かったが5月に入ると調子落ち、これ以降は一軍半の状態に落ち着き、登板数減少で防御率も悪化。
なかなか上に定着できずにいたが、08年途中横浜へトレード。投手に苦しむチームとあって出番が一気に増えた。先発では結果を出せずもリリーフでは健闘を見せて、移籍後は完全に一軍定着。そして09年は開幕からフル回転。リリーフ専念で1番手の存在となり、チーム最多のホールドを記録。特に5月と8月はかなりの安定感を見せた。シーズン完走でチームトップの68試合登板は同時に自己最多。
移籍で大きく視界が開け、リリーフに落ち着いたおかげか伸び悩んでいた球速も上昇。10年もリリーフの中心として再びチームトップの登板数。8敗を喫するなど内容としては苦しいところもあったが、2年続けてフル回転。
昨年も主力リリーフとして特に前半は好投。6月までに28試合に投げ失点5と安定していた。ところが7月に入った途端失点続きとなり、ガラッと状態が変わってしまった。後半は出れば打たれる繰り返しで、成績もみるみる悪化。防御率は最終的に4点台となり、登板数もやや減少。
7月以降の被打率は実に4割5分と滅多打ちに近い状態。それだけでなく、6月までの27イニングで15奪三振が7月以降わずか3と激減。後半は完全に別人の投球となっていた。評価を随分落としたところで、シーズン後突如ポスティングでの米移籍を志願。これまでそんな話題はなかったため驚かされた。マイナーからでも挑戦したいという意向が強く、球団は慰留せず自由契約に。しかし契約先は全く決まらず、開幕直前になって古巣巨人への復帰が決まった。やはり渡米は無謀といわざるを得ず、収まるべきところに収まったというべきだろうか。

32 ルイス・ゴンザレス

途中入団、粗削り型

左投左打
横浜11途中
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 2 0 1 1 0 0 7 16 0 4 1 0 0 10 12.86
通算 1年

昨年途中テスト入団の外国人左腕。先発候補の一人として獲得。
メジャー経験はなく、マイナーも2A〜3Aの間止まりといったところ。09,10の2シーズンは米独立リーグでのプレーで、実績面は乏しい。新外国人リーチが大震災以降帰国して再来日の目処が立たず、制限選手となったため、新たに左腕を補充するためテスト。10年限りで一度解雇となっていたランドルフとともに入団となった。
二軍で数試合投げたあと6月末に一軍昇格し先発登板。5回8安打4失点と褒められた内容ではなかったものの、援護に恵まれ初勝利を挙げた。だが続く登板では初回いきなり6失点の大炎上でKO。結局一軍登板はこの2試合だけに留まり、以降はずっと二軍暮らし。二軍でも防御率4点台で1勝6敗では魅力が薄く、シーズンが終わると退団となった。急場しのぎの補強にもなりきれなかった。

34 篠原 貴行

リリーフ左腕、故障多発型

左投左打 最優秀勝率(99)
沖学園高〜三菱重工長崎 ダイエー/ソフトバンク98ドラフト2位〜09、横浜10〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 ソフトバンク 21 0 0 0 0 7 14 16 0 11 5 0 1 5 3.21
09 ソフトバンク - - - - - - - - - - - - - - -
10 横浜 20 0 2 0 0 2 10 20 2 5 4 1 2 13 11.70
11 横浜 67 0 1 0 0 17 44 37 2 35 12 1 0 9 1.84
通算 14年 446 0 32 16 17 45 446 2/3 386 35 360 146 7 15 159 3.20

リリーフでの実績豊富な左腕投手。かつては切れの良い140km台中盤の速球でグイグイ押し捲る投球スタイルを身上とした。何度か低迷もしぶとく復活。
社会人からダイエー入りした1年目も登板機会は多かったが、さほど目立つ存在ではなかった。しかし2年目の99年に大躍進。伸びのある速球で打者を牛耳り、リリーフのみで14連勝の神がかり。勝率タイトルに輝き、「不敗神話」を築き上げチーム初優勝に大きく貢献した。とにかくこの時期はほぼストレートだけで面白いようにアウトを稼ぎ、奪三振率も非常に高かった。翌年も主力リリーフとして50試合以上登板し9勝。しかし疲労からか切れがやや鈍化。01年先発転向も計ったが、逆に泥沼にはまり、大不振に陥ってしまった。
先発に廻ることで球種を増やそうとしたのだが、これが逆に持ち味を奪うことに。三振奪取率が極端に落ち、もともと制球がまとまっているのが余計に打ちやすい球にしていた。チーム事情とはいえ、やはりこの先発案は無理があった。
02年からは再びリリーフに。この辺りから故障頻発でたびたび離脱するようになったものの、不振からは脱出に成功。スピードは落ちたが変化球でも勝負が出来るようになり、持ち味の切れを取り戻した。03年は後半ストッパーを務めて10セーブ。04,05年とほとんど投げられないシーズンが続くも、06年は再びリリーフの一角に。ショートリリーフ中心の起用でシーズン通して離脱せず、6年ぶりに50試合登板を果たした。貴重な左腕として主力に返り咲き。
ただ度重なる故障からスピードは目に見えて落ち、打者一人二人を何とかかわすという投球が目立ってきた。07年も登板機会は多く4年ぶりのセーブも記録したが、信頼感はもうひとつ。右より左によく打たれ、不満の残る内容だった。そして08年はまた故障発生で、一軍昇格が7月末と大きく出遅れ。後半のみで21試合に投げたが、良くも悪くもないという印象だった。09年も肘の不調に苦しみ、5年ぶりに一軍登板なし。二軍でもわずか2試合の登板に終わり、シーズン後戦力外に。
尾花新監督の横浜に移籍した10年は、前半二軍暮らしで内容もさほど良くなかったものの、夏場に昇格して20試合に登板。ワンポイント要員として起用され、8月には7年ぶりの勝利を記録した。ただたびたび失点して防御率は10点オーバー。終盤は再び二軍に。
年齢的にもそろそろ苦しくなってきたという印象だったが、しかし昨年逆転の大復活。開幕直後に昇格すると短いイニングを着実にこなし、目立たないながら堅実な働き。好調は持続し、7月頭から10月にかけて、約3ヶ月に亘り37試合連続無失点を記録。シーズン67試合登板は99年を越え自己最多更新、防御率も1点台とし、17ホールドを稼ぐ活躍を見せた。
35歳のシーズンでこの復調は予想外だった。どんどん落ち込んでいたスピードがこのところ戻り、昨年は久々に奪三振も多め。過去にもここまでかと思われるシーズンが何度かあったが、そのたびに復活を遂げてきた。切れが維持できるなら経験は非常に豊富な投手で、ショートリリーフとして充分計算できる。

35 牛田 成樹

長身右腕、体調不安型

右投右打
徳島商高〜明大 横浜04ドラフト4巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 23 0 0 2 0 3 24 18 6 28 13 0 1 14 5.25
09 横浜 4 0 0 0 0 0 6 9 1 10 2 2 1 7 10.50
10 横浜 41 0 2 1 0 23 52 28 4 69 28 1 3 7 1.21
11 横浜 45 0 2 1 0 19 46 1/3 37 7 61 16 0 1 19 3.69
通算 8年 154 0 9 7 0 46 226 169 35 267 81 5 9 79 3.15

長身から投げ下ろすフォークを武器とする右腕。06年チームの投手陣で一番と言っていいほどの台頭を見せ、リリーフの主力に定着。
大学では岡本篤(西武)と同期で、一場(ヤクルト)の一年先輩。入団から2年の一軍登板はいずれも2試合のみで、ほとんど二軍暮らし。全く戦力になっていなかった。しかし3年目の06年、6月に一軍昇格すると4試合9イニングを14奪三振1失点の快投。先発に抜擢されたヤクルト戦でも負けはしたが8回9奪三振2失点の好投。次の先発登板でプロ初勝利を挙げ、以降完全に一軍定着を果たした。実質4ヶ月の期間で28試合と充分な登板数をこなし、後半は完全に主力投手に。
カウント球としてカーブを使うこともあるが割合は少なく、球種としてはほぼストレートとフォークのみ。だが長身からのフォークは落差鋭く、絶対的な威力を誇る。奪三振率が非常に高く、追い込まれると対応の難しい投手。
大きな戦力として台頭したが、期待された翌07年は体調不良に悩まされほとんど登板できず。影響は08年も続き、故障もあって一軍登板は後半になってからだった。20試合以上登板と復活の道筋をつけたと思えたが、09年は一転4登板中3試合に失点と不調に陥りほとんど二軍暮らし。下では圧倒的な数字を残すも全く戦力になれなかった。
ちょっとすっきりしない状態が続いていたが、10年はトンネルを脱し急成長のシーズンに。開幕からセットアッパー的立場で回転し、序盤に3年ぶりの勝利。特に5月頭からは自責0という投球が続き、リリーフ陣の中で抜群の安定感を見せた。途中肩を痛めて3ヶ月も離脱したが、9月復帰以降は10試合でわずか3安打しか許さず、さらに圧巻の投球を展開。4ヶ月の実働期間ながら41試合に登板しチーム最多のホールドを記録。
四球はやや多めながらも、圧倒的に低い被打率と高い奪三振率で抜群の投球を見せた。ただ故障の多さは相変わらずで、昨年も腰を痛めて開幕に出遅れ。一軍登板は5月中旬以降だった。前年ほどの出来ではないながらも貴重な信頼の置けるリリーフとして登板を重ねたが、8月に入って6試合中4試合に失点する大乱調に陥り10月まで戦線離脱。登板数は前年を上回る自己最多も、成績はだいぶ落とし、またシーズン通しての働きは出来なかった。
防御率3点台半ばは統一球を考慮するとだいぶ不満の残るもの。それ以上に問題は離脱の多さで、もうチームに欠かせない存在ながらここまでシーズンフルの活躍がないというのがあまりに惜しい。ポテンシャルは非常に高いだけに、何とか体力面の課題を克服して欲しいところだが。まともならば鉄壁のセットアッパーになれる存在。

38 クレイトン・ハミルトン

長身右腕、いまいち型

右投右打
横浜11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 18 0 1 4 0 0 36 1/3 48 4 17 11 4 1 29 7.18
通算 1年

昨年横浜入りの外国人投手。リリーフでスタートし一時先発に廻るなど様々に起用された。
メジャー経験はなく、マイナー実績もだいたい2A止まりといったところ。目を惹く成績のシーズンも特になく、10年は先発をしていたが登板はわずか4試合のみとキャリアはパッとしないもの。秋季キャンプにテスト参加し横浜と契約。
開幕するとしばらくリリーフ。来日初登板でいきなり黒星を喫するなど、それほどいいとは言えない内容だったが、5月には先発に廻った。交流戦で6回零封の投球を見せ来日初勝利。だがそれ以外の先発5試合はすべて5回未満で降板し、計6試合の先発は21イニングで20失点という状態。二軍調整の後は再びリリーフも、1イニング5失点の大炎上を見せ、8月以降はずっと二軍でシーズンを終えた。
長いリーチから140km台中盤の速球にスライダーやシュートを交える投球スタイル。先発ではもう少しスピードは落ち、初回から失点してゲームを壊すケースが目に付いた。やはりキャリアの薄さは否めず、一軍レベルでは一段二段力不足という印象。とりあえず今季も残留だが、戦力となるには相当の変わり身が必要。

41 大原 慎司

即戦力左腕、リリーフ型

左投左打
明秀学園日立高〜常磐大〜TDK 横浜11ドラフト5位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 71 0 4 1 0 11 44 1/3 40 4 36 15 2 4 15 3.05
通算 1年

プロ入り1年目からチームトップの登板をこなし、即戦力となった左腕。ショートリリーフを中心にシーズン通して戦力となった。
アマチュア時代大きな舞台の経験は乏しく、ほぼ無名と言っていい存在だった。それでも社会人で力をつけ、ドラフト5位指名で横浜入りとなった。開幕は二軍スタートも4月末に一軍昇格。初登板は2ランを浴びるほろ苦いものだったが、その後もリリーフで投げ続け5月に逆転のピンチを断つ奪三振でプロ初勝利。以降ワンポイントを中心に積極的に起用されることに。最大で6連投など登板数を重ね、チーム最多、リーグでも3番目となる71試合に登板。4勝を挙げ期待以上の1年目となった。
体格は少し小さめながら腕を大きく振れる投手。自信を持っているのはスライダーで、投球の半分近くがこの球種という勝負球。制球はやや粗めで暴投が多かったが、物怖じせず投げ込むマウンド度胸の良さが光った。
先発が持たないチーム事情もあってとにかく連日のように投げていた印象で、実にタフなシーズンを送った。今季も出番は多そうなので、昨年の疲労はしっかり取っておきたい。

44 大家 友和

復帰右腕、技巧派型

右投左右打
京都成章高 横浜94ドラフト3位〜98、米メジャー99〜09、横浜10途中〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
(08 - - - - - - - - - - - - - - -)
(09 CLE 18 0 1 5 0 - 71 77 18 31 20 4 3 47 5.96)
メジャー通算 11年 202 5 51 68 0 - 1070 1182 140 590 329 34 35 506 4.26
10 横浜 22 1 7 9 0 0 121 2/3 145 16 62 22 3 2 62 4.59
11 横浜 7 0 0 6 0 0 32 2/3 41 6 14 10 0 1 25 6.89
日本通算 7年 63 1 8 17 0 0 211 2/3 247 26 100 79 4 6 123 5.23

メジャーで3度の二桁勝利、通算51勝の実績を残し、10年12年ぶりに日本球界復帰となった投手。11年に及ぶ米球界生活を経ての古巣横浜入り。
高校時代は倉(広島)とバッテリーを組み、ドラフト3位で横浜入り。高卒1年目から一軍15試合に登板し、プロ初勝利も記録した。5年目の98年にはイースタンの最優秀防御率投手に。ただ一軍では少し伸び悩み。当時の権藤監督の後押しもあり、この年限りで自由契約となって米球界挑戦ということになった。
すでに野茂や長谷川の活躍でメジャーとの距離が縮まっていたとはいえ、日本での実績がほとんどない23歳の投手に注目度は低く、当然マイナー契約でスタート。しかし渡米すると2Aで8勝負けなし、3Aでも7勝負けなしとマイナーで15勝無敗の圧倒的な活躍。1年目からメジャー昇格を果たし、初勝利も記録。翌年3Aで完全試合達成と非常に順調なスタートを切った。エクスポズに移ると02年には完全にメジャー定着してこの年13勝の好成績。翌年も10勝と充実期に入り、日本での注目度も大きく上がった。04年は故障に泣くも、05年はチームを変わりながらトータルで11勝をマーク。
日本人投手として野茂に次ぐメジャー実績を残したが、故障のあった06年以降振るわなくなる。たびたび戦力外となりチームを転々。10年は当初メキシカン・リーグに所属したもののすぐに自由契約となり、開幕後の4月初めに古巣横浜入りが決定。
入団当初は二軍調整。5月に一軍昇格し、先発で復帰登板を果たした。この試合で7回途中までを1失点の好投で16年ぶりの日本での勝利投手に。連勝の後4連敗と負けが先行したが、7月末には日本では初となる完投勝利を記録。完全にローテーションに定着し、シーズン7勝を挙げた。
大柄な体躯ではあるが、様々な球種を駆使してタイミングをずらし、打たせて取るのが持ち味の技巧派投手。もうベテランの域に近いとあって力はさほどないが、豊富な経験を感じさせる味のある投球を見せる。圧倒的に抑えることはない反面、常に6回を2〜3失点にまとめる投球で、なかなかの安定感を発揮。崩壊していた先発陣にあって、ペースをしっかり維持し続けた。
だが復帰2年目の昨年は一気にボロボロの状態に。開幕から2連続KO、計10失点の炎上で早々に二軍落ち。ファーム生活が長く続き、再昇格は7月になってから。しかし投げども勝ちがつかず、2戦KOが続くとまた二軍落ち。以降一軍登板なく、勝ちなしの6連敗でシーズンを終えてしまった。
統一球に変わって7点近い防御率ではさすがに問題。完全に攻略されてしまったという印象だった。シーズン後戦力外となり、今季の去就は未定。年齢的にもちょっと厳しいか。

45 福山 博之

速球右腕、力投型

右投右打
大東高〜大商大 横浜11ドラフト6位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 19 0 0 1 0 0 25 27 1 10 5 1 1 16 5.76
通算 1年

ドラフト下位入団ながら、1年目からなかなかの出番を得た投手。活きのいい投球で一軍に割って入ることを期待される。
高校までは内野手で、投手になったのは大学から。ここで力をつけ、ドラフト6位で横浜入りとなった。指名順位からいっても即一軍という期待ではなく、まずは二軍スタート。ファームの育成方針もあって、二軍でも実戦登板したのは7月になってからだった。しかし短い期間に10試合登板すると、8月中旬に一軍昇格。以降終盤までリリーフで起用され、19試合登板とまずまずのデビューとなった。
公称身長よりも小柄に見える体格ながら、売りはスピードを前面に押し出した投球。全身でぶつかっていくような躍動感あるフォームから、150kmに迫る速球を軸に攻める。投手歴が浅いということもあり球種はあまりなく、あとはスライダーが中心。粗削りな面が非常に強く、結果も通用したとまでは言いがたいものだったが、勢いを感じさせる投手で楽しみは多い。不慣れなためか攻め手に欠くためか、左打者を随分苦手にしていた。

49 福田 岳洋

中堅右腕、異色の球歴型

右投右打
大谷高〜高知大〜リッツB.C〜IL香川 横浜10ドラフト5位〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
10 横浜 18 0 0 0 0 1 24 17 2 15 16 1 2 9 3.38
11 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 2年

異色の経歴を経てプロ入りした右腕。ほぼ無名に近い存在ながら1年目から一軍登板を果たし好成績でデビュー。
一浪して国立大に入り、卒業後は京大大学院に進んだという、球界ではほぼ例を見ない経歴。大学卒業後一旦は野球を断念していたものの、その後クラブチームに入り、大学院を休学してアイランド・リーグでプレー。そしてドラフト5位で指名され26歳で横浜入りとなった。
即戦力という評価ではなく、1年目前半は二軍。しかし8月後半に一軍昇格を果たすと、そこからなかなか活きのいい投球を見せ存在感を上げていった。9月に入ると打ち込まれる場面も出てきたものの、最後まで一軍に留まり18試合に登板。3点台前半とまずまずの防御率を残し、上々のプロデビュー。
140km台中盤のスピードを持つ速球派で、四球はかなり多めだったものの被打率は優秀な数字。だが2年目の昨年は完全に停滞。シーズン通して二軍に留まり、そこでもあまりいい結果を残せなかった。プロ入りが遅かったため今季3年目でも29歳となるシーズン。何としても一軍に割って入りたいところ。

52 ブランドン・マン

外国人左腕、未知数型

左投左打
横浜11〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
11 横浜 12 0 1 1 0 1 23 1/3 19 1 17 8 3 0 3 1.16
通算 1年

昨年横浜入りの外国人投手。前半はずっと二軍にいたが、後半一軍でなかなかの好成績を残した。
メジャー実績はなし、マイナーも09年の2Aが最高で、10年は1Aと独立リーグでプレーとアメリカでの実績は乏しいもの。入団発表時26歳と若く、年俸も格安で半ば育成込みでの獲得。登録名は「ブランドン」に。
こういった事情から一軍戦力という想定ではなく、前半は二軍暮らし。しかし8月末に一軍昇格すると、リリーフで10試合連続無失点。さらに終盤先発起用されると6回を無失点に抑え来日初勝利を挙げた。続く先発では3失点で敗れたが、12試合で防御率1点台と好結果。
ゆったりしたフォームの長身から投げ下ろす左腕で、140km台前半の速球にスライダーやカーブを織り交ぜる。シーズン終盤のみの実績ということもあり、まだなんとも評価は難しいが、結果的に昨年在籍した外国人投手の中で期待値は低かったにもかかわらず一番結果を残した形となった。今季も残留で、この好投が持続するようなら面白い戦力。

58 阿斗里 (大田 阿斗里)

長身右腕、臥薪嘗胆型

右投右打
帝京高 横浜08ドラフト(高)3巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 5 0 0 2 0 0 12 1/3 17 2 9 2 3 0 11 8.03
09 横浜 1 0 0 0 0 0 2 2 0 1 2 0 1 1 4.50
10 横浜 16 0 0 7 0 0 47 56 10 28 16 4 0 34 6.51
11 横浜 3 0 0 1 0 0 6 1/3 4 0 1 2 0 0 2 2.84
通算 4年 25 0 0 10 0 0 67 2/3 79 12 39 22 7 1 48 6.38

190cmの長身から投げ下ろす若手右腕。高卒1年目から一軍に登板、結果は出ていないものの将来の主力を期待される存在。登録名は「阿斗里」。
かなり早い段階から名前の知られていた存在で、高校時代は3季連続甲子園出場。センバツでは1試合20奪三振の快投を見せた。最後の夏は不調でエースの地位になかったが、高校ドラフト3巡で指名され横浜入り。
最速151kmのスピードを持つ本格派投手で、プロ入りすると1年目から一軍登板を経験。5試合で2敗と苦い結果に終わったが、先発マウンドにも立った。プロ入り以来二軍ではほとんど先発登板。2年目は1試合の一軍に終わったものの、3年目の10年は登板数が大きく増えた。6月に一時昇格の後、8月に再昇格し、中旬から7連続先発。
ただそこまでのリリーフでも結果は出せておらず、この先発はチーム低迷による前倒し起用という印象。そして7度の先発はすべて敗戦投手になり7連敗。入団以来9連敗という非常に苦い結果を味わうこととなった。球速、投球スタイルの割に三振が取れず、被本塁打が多いと、まだまだ一軍では子ども扱い。
昨年は序盤リリーフで3試合投げたが、3度目の登板で敗戦投手となり、プロ入り以来の連敗が10に伸びてしまった。以降は一軍登板なく、やや停滞の感も。なかなか壁を突破できないが、5年目となる今季はそろそろステップアップしたいところ。

60 佐藤 祥万

若手左腕、切れ味型

左投左打
文星芸大付高 横浜08ドラフト(高)4巡〜
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
08 横浜 16 0 0 1 0 0 28 2/3 27 7 16 6 5 0 13 4.08
09 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
10 横浜 8 0 0 0 0 0 5 2/3 4 0 4 0 2 0 2 3.18
11 横浜 10 0 0 0 0 3 4 4 0 4 3 0 0 2 4.50
通算 4年 34 0 0 1 0 3 38 1/3 35 7 24 9 7 0 17 3.99

高卒1年目からなかなかの登板機会を得た左腕。チームの投壊状況から前半溌剌とした姿を見せた。
身長172cmと投手としては小柄ながら、強気で押す投球が持ち味。甲子園で活躍を見せてプロ入りとなった。球速はさほどないが、ボールの切れで勝負する。体格的にもまずは体作りと思われたが、オープン戦から一軍登場。開幕は二軍も、4月上旬には早くも昇格しプロ初登板を記録。リリーフで健闘を見せ、6月までに16試合に登板した。
リリーフでは良さも見せたが、3度の先発はいずれも早期降板。初先発時はリーグタイ記録の1試合4死球と荒れ、最後の2試合先発も連続KOで二軍落ちとなった。7被弾を浴びた辺りはやはりまだ力不足で、後半は二軍で育成となった。09年は改めて土台作りということか、一軍昇格はなく二軍登板も8試合のみ。
10年は5月昇格を果たし、ショートリリーフ中心に2年ぶりに一軍登板。腕を下げてサイドスローとして登場したが、これは一時的なものだったようで、秋には再び上から投げていた。昨年は開幕一軍入りで10試合に登板。3者三振など光るところも見せたが、5月以降はずっと二軍で上に定着は出来なかった。
ちょっと停滞気味の感もあるが、そろそろ1年目を越える結果を残したいところ。チーム状況からチャンスは多いはずで、リリーフ陣に割り込みたい。

68 スティーブン・ランドルフ

速球左腕、力勝負型

左投左打
横浜09途中〜10、11途中
年度 球団 試合 完投 勝利 敗戦 セーブ ホールド 投球回 被安打 被本塁 奪三振 四球 死球 暴投 自責点 防御率
09 横浜 8 1 5 2 0 0 55 33 2 59 34 4 0 12 1.96
10 横浜 16 0 2 9 0 0 91 77 9 83 52 3 4 43 4.25
11 横浜 - - - - - - - - - - - - - - -
通算 3年 24 1 7 11 0 0 146 110 11 142 86 7 4 55 3.39

09年途中に加入し、低迷するチームで一際光る活躍を見せた外国人左腕。力強い投球で終盤先発の軸に。
父が赴任していた関係から出生は沖縄。メジャー通算10勝の実績はあるが、キャリアのほとんどはマイナーで、3A通算49勝10セーブ。07年以降は主にリリーフを務めていた。09年途中横浜と契約し、8月半ばに来日初登板。敗れはしたものの7回途中までで12奪三振、ついでに初打席でホームランという鮮烈なデビュー。8月末に初勝利を挙げると、続く登板では手違いで先発したグリンの後を受け、初回一死から最後まで投げきり毎回15奪三振の「準」完封勝利。最後は正真正銘の完封も記録し、8試合で5勝という好成績を残した。初登板以降のチームの総勝利数は13で、その内4割弱を一人で稼いだことに。
150kmに迫る速球が一番の魅力。とにかく力強い投手で、奪三振率が非常に高い。一方四球もかなり多く粗っぽい投球なのだが、押し切ってしまうパワーの持ち主。被打率は1割7分という低さだった。
この活躍から残留の10年は、三浦の調整遅れもあって開幕投手に。二桁勝利は確実に狙えると目され、軸と期待されたがまさかの大誤算。一転して派手に打たれ開幕6連敗。さらに5月半ばには脇腹を痛め離脱してしまった。6月後半復帰してようやく1勝、その後は投球自体は立ち直ったものの、チームの低迷から勝ちにはつながらず。8月に再度二軍落ちするとそのままシーズンを終えた。2勝9敗と大きく負け越し。
とにかく序盤の状態が非常に悪く、5月までの9試合は3割近い被打率に8被弾と大乱調。復帰後は2点台に抑えていたものの終盤肘の故障もあり一旦戦力外。ところが新外国人リーチが震災の影響から帰国し制限選手となると、開幕後テストを経て再契約。しかし今度は一度も一軍で投げないまま、6月末に解雇と慌しい結果に終わった。
昨年二軍戦4試合の結果は防御率5点。「期待したレベルまで上がってこない」という解雇理由通り悪かったのだが、ならばテストを合格とした判断はどうなのかという話になってしまう。リーチの再来日が決まったため解雇という話にしろ、どうもこの再雇用は補強のポーズを見せただけという風に映ってしまう。ともあれ、すでに37歳という年齢からも再復帰はもうなさそう。