投手

五十嵐 英樹

馬力型 リリーフ型

右投右打
東海大工高〜三菱重工神戸 横浜93ドラフト3位〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 9年 245 0 31 28 9 431 446 33 214 302 198 4.13
横浜優勝時の中継ぎエース。大魔神・佐々木に引っ掛けて「ヒゲ魔神」と呼ばれた。96年に9勝。94年から98年まで5年連続30試合以上登板。アーム式の投法で重い速球が武器だった。晩年は故障で早い引退に。

今中 慎二

本格派、大エース型

左投左打 最多勝(93)、最多奪三振(93)、ベストナイン(93)、Gグラブ(93)、沢村賞(93)
大阪桐蔭高 中日89ドラフト1位〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 13年 233 74 91 69 5 1395 1/3 1315 115 421 1129 489 3.15
90年代のドラゴンズを象徴するエース。2年目に早くも10勝、93年17勝から4年連続二ケタ勝利。威力ある速球に100キロ台の大きなスローカーブで打者を翻弄した。97年以降は故障で満足に投げれず。短い現役が惜しまれる。

ナルシソ・エルビラ

本格技巧、オーソドックス型

左投左打
近鉄00〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 2年 33 2 7 8 0 135 1/3 124 14 67 89 72 4.79
1年目6勝どまりもノーヒットノーラン達成で残留。しかし2年目はわずか1勝で戦力にはならず。下位に低迷していたチームの起爆剤にはなれなかった。

斎藤 雅樹

横投げ本格派、大エース型

右投右打 最多勝(89,90,92,95,96)、最優秀防御率(89,90,96)、ベストナイン(89,90,92,95,96)、沢村賞(89,95,96)、MVP(90)、Gグラブ(90,92,95,96)
市立川口高 巨人83ドラフト1位〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 19年 426 113 180 96 11 2375 2/3 2040 198 636 1707 732 2.77
90年代日本最高の投手。若い頃は度胸がなく野手転向一歩前までいっていたが、サイドに転向して以降完投型の投手として大成。89年には21完投で1.62の防御率。沢村賞三度は最多タイ。

杉山 賢人

中継ぎ専門、技巧派型

左投左打 新人王(93)
沼津学園高〜専大〜東芝 西武93ドラフト1位〜99途中、阪神99途中、近鉄00〜01途中、横浜01途中
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 9年 333 1 17 13 17 317 1/3 318 41 143 295 138 3.91
左のセットアッパーとして一年目から活躍。新人年にリーグ最多の54試合登板。高い制球力で完成度の高い投手だったが、徐々に衰退。99年以降はチームを転々。晩年は制球力も落ちていた。

中山 裕章

元速球王、球威型

右投右打
高知商高 大洋86ドラフト1位〜91、中日94〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 14年 423 10 51 71 62 961 933 114 364 669 409 3.83
甲子園で活躍した速球王で、3年目の88年に10勝24セーブをマーク。その後先発に転向したが、二ケタ勝利には届かなかった。前代未聞の不祥事で91年に退団。94年球界復帰以降はリリーフで活躍した。

西崎 幸広

正統派エース、故障多発型

右投右打 最多勝(88)、ベストナイン(88)、Gグラブ(88,96)
瀬田工高〜愛工大 日本ハム87ドラフト1位〜97、西武98〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 15年 330 117 127 102 22 2004 1723 200 839 1573 723 3.25
日本ハムを支えたエース。一年目から15勝を上げ5年連続二ケタ勝利。頼れる存在だったが故障も多く、91年以降は毎年一度は離脱していた。若い頃は先発専門だったが、西武移籍後の99年に初めて抑えをこなし20セーブ。

西村 龍次

縁起男、エース未満型

右投右打 カムバック賞(98)
寒川高〜ヤマハ ヤクルト90ドラフト1位〜94、近鉄95〜97、ダイエー98〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 12年 205 43 75 68 2 1234 1225 123 492 719 516 3.76
豊作90年ドラフト1位の一人。一年目から4年連続二ケタ勝利。しかし見切られるのも早く、95年に放出され低迷。97年に自由契約となったが、テストで入団したダイエーで二ケタカムバック。開幕投手を務めた年に優勝が続いたことから縁起男と呼ばれた。

槙原 寛己

素質上位、エース型

右投右打 新人王(83)
大府高 巨人82ドラフト1位〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 20年 463 113 159 128 56 2485 2240 243 834 2111 882 3.19
若い頃に当時最速の154キロをマークしたように、同世代の中でも抜群の素質の持ち主。斉藤・桑田らとともに90年代の巨人を支えた。セルフコントロールが下手で自己最多は13勝止まり、タイトルもなしだったが二ケタ勝利9回を記録。晩年は抑えに廻った。

ダレル・メイ

実戦派、問題児型

左投左打
阪神98〜99、巨人00〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 4年 89 5 32 31 0 556 1/3 506 72 196 540 227 3.67
鋭いスライダーで三振奪取の多かった投手。阪神時代は援護に恵まれなかったが、巨人移籍後は連続二ケタ勝利。気性が激しく、阪神で首脳陣批判、巨人でもトラブルは変わらず、メジャー復帰を表明して自ら退団した。

渡辺 秀一 (ヒデカズ)

即戦力、尻すぼみ型

右投右打 新人王(94)
作新学院高〜神奈川大 ダイエー94ドラフト1位〜01
試合 完投 勝利 敗戦 セーブ 投球回 被安打 被本塁打 与四死球 奪三振 自責点 防御率
通算 8年 140 8 27 30 0 518 1/3 558 53 198 345 224 3.89
バランスの良い投球で一年目8勝、イチローを1割台に封じ新人王。三年目にも9勝をあげたが以降故障で精彩を欠いた。スピードの衰えが激しく、若い引退となった。
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